第718話 お弁当お弁当嬉しいな~♪

 フロストワイバーンを倒したところで藍大はそろそろ昼食の時間だと気づいた。


「昼食にするか」


「『賛成!』」


「腹ペコなのだ!」


「良いと思う」


 藍大の提案に食いしん坊ズが元気に返事してサクラも後から頷いた。


 ダンジョン内でレジャーシートを広げるのはいかがなものかと思い、藍大はインゲルに訊ねてみる。


「ハンセンさん、DMU本部の小会議室って今日は貸し切りだったりしません?」


『私が聞いた限りでは貸し切りです。リルさんの力で転移できる以上、いつお使いになるかわからないので丸一日確保したとのことです』


「それは助かります。では、小会議室に戻りましょう。リル、頼める?」


『任せて!』


 リルの<時空神力パワーオブクロノス>のおかげで藍大達はすぐにDMUの小会議室に移動できた。


「藍大~、お弁当出して~」


『お弁当お弁当嬉しいな~♪』


「桜色の奥方、<浄化クリーン>をお願いするのである」


「わかった」


 サクラが<浄化クリーン>を使えば藍大達は手どころか全身が清潔になった。


 インゲルは藍大が収納リュックからどんな弁当を取り出すのだろうかと期待して待っていると、藍大は収納リュックから重箱を取り出した。


『ジャパニーズ重箱!?』


 まさか重箱が出て来るとは思っていなかったらしく、インゲルは目を大きく見開いた。


 そんなインゲルに舞が説明する。


「ハンセンさん、私達の食欲が市販のお弁当箱サイズで満たされると思ったら大間違いだよ」


『なるほど。ちなみに、これは師匠の手作りなんですよね?』


「勿論です。みんな楽しみにしてますので。今日は各種サンドウィッチとトリニティワイバーンの唐揚げ、ミラリカントの卵焼きです。それとこれを忘れてました」


 藍大はそう言って収納リュックから鍋を取り出した。


 蓋を開けるとそこにはミネストローネが入っていた。


「ヒヒィン・・・」


『ご主人、カイゼルが美味しそうだって』


 インゲルの隣にいるカイゼルはミネストローネにとどめを刺されて感想を漏らし、それをリルが通訳した。


『うぅ、ごめんね。私がまだそんなに料理ができないから』


「ヒヒン」


『早く料理のレパートリー増やしてってカイゼルが言ってるよ』


 藍大は元々料理ができるのでレパートリーを増やしてくれと言われることはない。


 それに対してインゲルは調教士に転職してから自炊するようになったため、まだまだカイゼル達に食べさせてあげられる手料理の種類が少ない。


 だからこそ、カイゼルは今がチャンスとばかりにもっと色々食べたいとアピールしたのである。


「頑張るからもうちょっと待ってて」


「ヒヒン」


 カイゼルはわかったと頷いた。


 インゲルも収納袋から弁当箱を取り出し、アイネとオストを召喚して昼食の準備をした。


 召喚されたアイネとオストの視線は美味しそうな匂いに釣られて視線が藍大達の重箱と鍋に向けられる。


「ヒヒィン」


『あれは彼等のものですか。残念です』


「「ガウ」」


 アイネはインゲルの従魔の中では唯一話せるらしい。


 しかし、喋ることができなくともカイゼルとオストの気持ちはアイネと変わらないことが容易に見て取れた。


 インゲルやその従魔達は一口味見してみたいなんて思ったりしたけれど、その甘い幻想は藍大がいただきますと号令をかけた瞬間に打ち砕かれた。


 食いしん坊ズが猛烈な勢いで弁当を食べ始めたからである。


 この勢いで弁当が余るはずないとわかれば、インゲル達はおとなしく自分達の料理を食べ始めた。


 (今日も今日とてみんな気持ちの良い食べっぷりだ)


 藍大はそんなことを思いつつ、<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を解除したゲンが食べる分を取り分けてから自分も食べ始める。


 怒涛の昼食が終わって食休みに入ったタイミングでインゲルは藍大に話しかける。


『師匠、1ヶ月あたりの食費はおいくらですか?』


「ダンジョンのモンスター食材との食材を使ってますから買ってるのはダンジョンで手に入らない調味料ぐらいですね」


『家庭農園ですか? 家庭菜園ではなく?』


「規模を考えると家庭菜園とは呼べないんですよ。メロを筆頭に色々作ってますから」


 藍大の回答にインゲルは固まってしまった。


 自分と自分の従魔達は戦闘で助けてもらう関係だが、藍大とその従魔達は戦闘だけでなく生活面でも協力している。


 それを聞いてインゲルは藍大との間にある差が途轍もなく広いと感じたのだ。


 固まっているインゲルに対し、藍大も気になったことがあったので訊ねる。


「ハンセンさん、貴女はいつもどれぐらいの時間を従魔達と過ごしてますか?」


『ざっとですけど1日6時間ぐらいでしょうか。ダンジョン探索と食事、ケアの時は一緒にいますので』


「そうですか。日本で合宿に参加した時と比べてかなり増えましたね」


『はい。カイゼル達は体が大きいので家の中には入れませんから、庭でみんなと一緒にご飯を食べたりマッサージしたりして触れ合う時間を確保するようにしてます』


 インゲルは合宿の初日の昼休みにカイゼルを送還して自分だけカレー屋に行っていた。


 そこからすればかなり従魔と過ごす時間を増やす意識付けができたと言えよう。


「良いことだと思います。先程言ってたケアはマッサージだけですか?」


『それとお風呂ですね。体を洗ってあげてます。オストはお風呂を嫌がりますが』


 インゲルに話を振られてオストはどちらの頭もインゲルから視線を逸らす。


 聞こえていない振りをしてやり過ごすつもりのようだ。


 オストが風呂を嫌がると知ってリルが首を傾げる。


『オストはどうしてお風呂が嫌なの? お風呂は気持ち良いよ?』


「ガウガウ」


「ガウガウガウ」


 オストの左右の頭が嫌がる理由をリルに説明した。


『毛がぺったんこになるのが嫌なのと、水がかかる感じが嫌なんだね。でも、乾かしてもらえば僕みたいにフワフワに仕上がるよ?』


「「ガウ・・・」」


 オストはリルの毛並みを見て羨ましそうな視線を向けた。


 お風呂は嫌でもリルみたいな毛並みには憧れるらしい。


『ご主人に体を洗ってもらうのも気持ち良いよ?』


「「ガウ?」」


 オストは体を洗ってくれる人でそこまで変わるものだろうかと訊ねているようだ。


 それを受けてリルは藍大の方を向く。


『ご主人、ちょっとだけオストを撫でてあげて』


「ハンセンさん、オストを撫でても構いませんか?」


 リルに頼まれたことを実行する前に藍大はインゲルから許可を取るべく声をかける。


 他所の従魔に対してその主人を無視した行動を取るのは良くないからだ。


 インゲルは藍大の撫でスキルを見て盗む気で頷く。


『構いません。私も勉強させてもらいますのでやって下さい』


「わかりました」


 許可を得た藍大はオストの2つの頭を同時に撫で始める。


 その瞬間、オストの体に電流が走った。


「「ガフ~ン♪」」


 一瞬で虜になってしまったようでオストは藍大に甘え出す。


「これが主の実力。主に初めて撫でてもらって抗える者はいない」


 サクラが藍大はすごいんだと胸を張った。


 その一方でインゲルは膝から崩れ落ちた。


『オストがこんなに甘える所は見たことがありません。さすまじです』


 オストが撫でてもらっている姿を見て羨ましくなったのか、リルとサクラ、ブラド、ゲンもその後ろに並んだ。


 藍大はオストの後にリル達も順番に撫でてあげた。


 その間、インゲルは藍大から何処をどのように撫でると良いかアドバイスを貰い、カイゼル達に試してみた。


 オストとしてはインゲルの撫で方では物足りなく感じたようだが、カイゼルとアイネは今までよりも気持ち良く感じて高評価だった。


 食休みも十分に取ったため、藍大達は再びオーロラダンジョンの4階に戻った。


「リル、4階に人が隠れられそうな所はありそう?」


『ないと思う。隠しエリアの痕跡もなければ宝箱もないよ』


「リルがそう判断するなら4階に用はないな。5階に進もう」


 世界一の探索能力を持つリルがそう言うならば、藍大達はリルの判断を信じて5階に移動する。


 5階はオーロラが出ている夜空と氷の小島が海の上にポツポツと浮かんでいる内装である。


 このフロアに足を踏み入れた途端、リルはピクリと反応する。


「何かあったかリル?」


『うん。4階までにはなかった感じがする。この感覚はそう、神域と同じだね』


「N国に来た甲斐があったな。その神域を探そう。リル、案内を頼む」


『任せて!』


 リルはやる気満々な様子で藍大に応じた。

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