第717話 何処の世界の常識なのだ!?

 12月10日、藍大は舞とサクラ、リル、ゲン、ブラドを連れて現地時間で午前8時にN国にやって来た。


 飛行機で移動すると騒ぎになることに加え、リルが<時空神力パワーオブクロノス>で行ったことのない場所にも瞬間移動できるようになったことから飛行機ではなくリルの力で移動した。


 入出国の手続きや瞬間移動が目立たない場所でできるようにするため、茂が5日で諸々手配してみせた。


 舞の母親かどうかを問わず、インゲルが藍大達に送った動画に映っていた日本人らしき人物が誰なのか茂も気になっていたので最優先で作業を進めたのだ。


 移動先の座標はN国のDMUの小会議室と決められている。


 いきなり大勢の前に藍大達が瞬間移動で現れるのは心臓に悪いから、現地の職員達には既に藍大達が来ることは周知済である。


 リルが<時空神力パワーオブクロノス>を発動したことにより、藍大達は一瞬で日本からN国のDMUの小会議室まで移動できた。


『到着~』


「えっ、もう着いたのか?」


「家じゃないからそうなんじゃない?」


「あっという間」


「優月の気配が全く感じられなくなったからN国に間違いないのだ」


 室内から話し声が聞こえたため、部屋の外にいる者が入室の許可を求めてノックした。


『師匠、もう到着しましたよね? ドアを開けて入っても良いですか?』


 ドアの向こうから聞こえる声はインゲルのものだった。


 既に翻訳イヤホンを装着しているので、藍大達は外国語にもばっちり対応できているから聞き取れた。


「どうぞ」


『失礼します』


 藍大から許可を得てインゲルが室内に入った。


『師匠、お久しぶりです』


「久し振りですね、ハンセンさん。動画見ましたよ。頼りになる従魔が増えてましたね。連係プレーもしっかりできてたと思います」


『ありがとうございます!』


 自分の従魔達は連係プレーが得意という自負があったため、師匠藍大にそれを褒めてもらえてインゲルは嬉しくなった。


「早速で申し訳ないんですが、オーロラダンジョンへの案内をお願いできますか?」


『勿論です。表に車を用意してるのでそれに乗って行きましょう』


『車乗るんだ・・・』


「よしよし。帰ったらリルの背中に乗せてもらうからな」


『うん!』


 インゲルの口から車というワードが出た途端、自分が藍大達を乗せて走れないとわかってリルはしょんぼりした。


 藍大はリルに外を走らせてあげたかったけれど、N国に来ていきなりリルに全力で走らせたらN国人がびっくりして影響が出てしまうと判断してこの場では我慢してもらうように言った。


 その代わりに帰ったら好きなだけ付き合うと言外に告げたため、リルはすっかり機嫌を直している。


 ちなみに、インゲルが言った車は彼女が用意したものではなくN国のDMUが用意したものだ。


 インゲル自身も基本的にはカイゼルに騎乗して移動するのだが、今回は周囲への影響を考慮して絶対に車に乗ってくれとDMU本部長から念押しされており、それを断ることができなかったのである。


 藍大達はインゲルの案内でDMUの玄関に停めてある黒塗りの高級車に乗った。


 リルが小さくなって藍大に抱っこされるのを見て、舞はごく自然な感じでぬいぐるみ形態のブラドを抱っこした。


「騎士の奥方! どうして吾輩を当然のように抱っこするのだ!?」


「藍大がリル君を抱っこしてるんだよ? 常識的に考えて私もブラドを抱っこする流れだと思うな」


「何処の世界の常識なのだ!?」


「ブラド、車内では静かにしなきゃ駄目だよ?」


「ぐぬぬ、誰のせいで騒いでると思ってるのである」


 ブラドも車内で騒ぐのはよろしくないと思っているらしく、仕方なく舞に抱っこされたままオーロラダンジョンに到着するまで我慢する覚悟を決めた。


 移動している間、インゲルが藍大に動画を見てアドバイスはないかと質問したので藍大達は誤魔化すことなく良いところは良い、悪いところはどのように改善すべきか述べた。


『なるほど。勉強になります。私の従魔達は連携が得意なことからそちらばかりに気を取られてしまい、切札になり得るアビリティの獲得が疎かになってました』


「従魔は主を守るためにいるの。どんな劣勢でも跳ね返せるアビリティがあるだけで主に安心感を与えられる」


『自分にはご主人に頼ってもらえる力があるって思えれば、どんな相手にも心で負けたりしないよ』


「Lv100が相手でも雑魚モブモンスターが相手ならワンパンできるぐらいが理想である」


 サクラ達が従魔目線でインゲルにアドバイスをするが、最後のブラドの助言は今のインゲルにとってハードルが高過ぎるだろう。


 アドバイスをしている間に車がオーロラダンジョンに到着したため、藍大達は車から降りて早速ダンジョンの中に入った。


 インゲルも普段の藍大達の戦い方を見て、それを自分の糧とするべく同行する。


 護衛としてカイゼルを召喚し、自分に寄って来た敵は勝手に処理するからお構いなくというスタンスである。


 もっとも、そんなことが起こるはずもないとインゲルはすぐに思い知ることになるのだが。


 用事があるのは4階ということで、藍大達は1~3階をハイペースで進んで行く。


 藍大と舞がリルの背中に乗り、サクラとブラドは空を飛んで移動する。


 現れた敵を移動しながら倒し、戦利品はサクラの<百万透腕ミリオンアームズ>で回収するのを見てインゲルの口が驚きのあまり開いたまま塞がらなくなった。


 3階のフロアボスを倒したところでカイゼルが辛そうなので休憩する。


『師匠達の探索はクレイジーですね。こんなの誰も真似できませんよ?』


「普段からこんな感じって訳じゃないですよ。今日は4階に用事があるので短縮バージョンです」


『短縮バージョン・・・。これが世界最強なんですね』


 インゲルは自分達と藍大達の間に広がる圧倒的な差を実感して苦笑いしかできなかった。


『ご主人、ちょっと良い?』


「どうした? 何か見つけた?」


『うん。こっちに来て』


 リルが藍大達を呼び出してから穴を掘ると、そこには宝箱があった。


『3階にも宝箱があったなんて・・・』


 リルに宝箱を見つけられてインゲルは膝から崩れ落ちた。


 実は1階で宝箱を見つけたのはインゲルのパーティーだったのだ。


 それで自分達に見つけられなければ宝箱はないだろうと思って2階と3階を進んだのだが、3階にはこうして自分達が見落としていたことを突き付けられればがっくり来るに違いない。


 ブラドは宝箱をリルに見つけられて落ち込むインゲルを見て優しい目をしていたけれど、これは立場が違えどリルに宝箱を見つけられて凹んだ気持ちに共感できたからだろう。


「流石はリルだな」


「クゥ~ン♪」


 藍大にわしゃわしゃと頭を撫でられてリルは嬉しそうに鳴いた。


 流石にこの場でサクラが宝箱を開けると不味いから、宝箱は持ち帰って開けると言って収納リュックにしまった。


 もしもこの場で宝箱をいつも通りに開けてしまえば、サクラのLUKのおかげでなんでも好き放題に引き当てられることがバレかねない。


 その事実がニュースになってしまうと面倒なことになる。


 だからこそ、早く開けたい気持ちはあっても宝箱を持ち帰ることにしたのだ。


 カイゼルの休憩が終わって藍大達は4階へと進んだ。


 (ここから先は慎重に探すか)


 3階までのような短縮バージョンで探して見落とすようなことは避けたいので、藍大達はリルの背中から降りて歩いて探索を始める。


 アイスゴーレムやフロストレイス、ブリザードフラワーが現れるが、舞達が容易く倒していくのを見てインゲルとカイゼルが仲良く目を見開いている。


『本当にワンパンじゃないですか』


「ヒヒィン・・・」


 1階から3階までの流れ作業の戦闘もヤバいけれど、通常の戦闘でもあっさりLv70以上のモンスターをサクサク倒していく姿はインゲルとカイゼルにとって衝撃でしかない。


「オラオラオラァ!」


「N国のダンジョンはこの程度なの?」


『ワッフン!』


「弱い! 弱過ぎるのである!」


 いつの間にか舞達が”掃除屋”のアイスガーゴイルも倒しており、インゲルは掃除屋って巻き込まれるように倒せるものだったかしらと自分の中の常識が壊されていくのを感じた。


 あっという間に4階のモンスターを狩り尽くしてしまい、フロアボスのフロストワイバーンLv80がやられてなるものかと上空から奇襲をかける。


「ウィアァァァァァ!」


『ウェルカム!』


 リルが<雪女神罰パニッシュオブスカジ>で寒さに適応したワイバーンだろうと関係なくあっさり仕留めてみせた。


「リル、良かったな。新種のお肉だぞ」


『うん♪』


 インゲルは藍大達のやり取りを見て師匠達半端ないわと表情を引き攣らせた。

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