第712話 私だって頑張ればミステリアスにもなれるもん

 朝食の後、藍大が舞とリルと出かけようとしたタイミングで伊邪那美に声をかけられた。


「藍大よ、ちょっと良いかの?」


「どうした?」


「お主達はこれから孤児院に行くんじゃろ? その間に妾達の方で舞の両親について探ってみるのじゃ」


「どうやって探るんだ?」


「それは舞と似通った波長をもつ日本人を探すんじゃよ。日本に結界を張っておるのは妾達じゃから、結界内でスキャンすればそんなに時間はかからないはずじゃ」


「何それ便利」


 伊邪那美の調査方法を聞いて藍大は素直にすごいと感じた。


「舞、調べても構わぬか?」


「うん。育ての親は義父さんだけど、生みの親が全く気にならない訳でもないからお願いするよ」


「わかったのじゃ。舞の両親が生きてるなら候補者が引っ掛かるはずじゃから、そこそこ期待しとくが良いぞ」


「そこそこなんだ?」


 期待のハードルを下げさせるような枕詞が付いたので舞がツッコミを入れた。


 それに対して伊邪那美は堂々と答える。


「妾達も全知全能ではないゆえ、絶対とは言えぬのじゃ」


「それもそうだよね。わかった。程々に期待してるね」


「うむ」


 話が終わって藍大達はシャングリラの隣にある立石孤児院に移動した。


 院長の裕太は他のスタッフに子供達の世話を任せてから藍大達を応接室に通した。


「舞、今日はいきなりどうしたんだい?」


「義父さんに訊きたいことがあって来たの」


「訊きたいこと?」


「子供の頃に訊いた時は知らないって言ってたけど、本当に私を孤児院に置き去りにした親について何か知らない?」


 舞にその質問をされて裕太は一瞬目を見開いてから観念したような表情になった。


「・・・以前その質問をした時はまだ子供だったから言えなかったが、全く知らない訳じゃない」


 (いきなり当たりか。どれだけの情報が引き出せるかね?)


 裕太が知っていることを話してくれるとわかり、藍大は運が良かったと感じた。


 彼が少しでも多くの情報を持っていれば、伊邪那美達に調べてもらうのに絞り込みができるかもしれない。


 だからこそ、藍大は裕太からどれだけ情報を引き出せるかと期待した。


「どっちについて知ってるの? 父親? それとも母親?」


「母親だ。あいつは、愛は俺の妹だ。小さい頃から寡黙で何を考えてるのかわからん奴で、結婚したことも生まれたばかりのお前を俺に託した時に初めて聞いた。やらなきゃいけないことがあると言い残してから愛とは全く連絡がつかなくなった」


「そうなんだ。写真とかないの?」


「ちょっと待っててくれ。大人になってからのものはないが、学校の卒業式の写真とかはあったかもしれん」


 それだけ言って裕太は席を外した。


 今まで藍大の膝の上でおとなしくしていたリルは舞に話しかける。


『舞のお母さんって話の限りではタイプが違うね。何を考えてるかわからないんだもん』


「私だって頑張ればミステリアスにもなれるもん」


「『え?』」


「え?」


 藍大もリルも舞の口から出た言葉を聞き間違えたのではと思ったため、今なんて言ったんだろうかと訊き返した。


 それに対して舞は聞き取れなかったのかなと首を傾げた。


 舞の仕草を見てどうやら聞き間違えた訳ではなさそうだと判断し、藍大は舞の額を手で触る。


「熱はないな」


『ご主人、鑑定結果も元気だったよ』


「藍大もリル君も酷くない?」


「『酷くない』」


 藍大とリルは悩むことなく息ぴったりに同じ回答をした。


「そんなぁ」


「舞は表情が豊かで謎めいた感じが全くない」


『舞は顔に感情がよく出てるよ』


「ぐぬぬ・・・」


 何か藍大とリルに自分がミステリアスにもなれると証明できるものがないかと唸っていると、裕太がアルバムを抱えて戻って来た。


「舞、唸ってどうしたんだ?」


「聞いてよ義父さん。私がミステリアスにもなれるって言ったら藍大とリル君がそれはないって言うの」


「それはないだろ。舞は愛と違って隠し事が全くできないじゃないか」


「うぅ・・・」


 裕太にも一蹴されてガーンという効果音が聞こえそうなぐらい舞は落ち込んだ。


 決して舞を悪く言うつもりではなかったので、藍大は慌ててフォローする。


「俺は舞の表情が豊かなところを気に入ってるぞ」


「本当?」


「勿論だ。料理を作った時に美味しそうに食べてもらえるのと無表情で食べられるのだったら、絶対に前者の方が嬉しいからな」


『そうだよ舞。無理にミステリアスであろうとせずにありのままでいようよ。僕もその方が舞っぽくて好きだよ』


「そっか! ありがとう!」


 舞はニッコリと笑って藍大とリルを順番に抱き締めた。


 感情を抑えるよりも開放してこその舞と言えよう。


 ちなみに、藍大もリルも口にしなかったけれど、戦闘モードの舞は何処からどう見ても寡黙やミステリアスから遠い存在だと思っている。


 それに触れなかったのは紛れもなく藍大達の優しさである。


 舞の機嫌が直ったところで裕太はアルバムを開いた。


「愛はこれだ。高校の卒業式の写真が最後かと思ったら、ギリギリで大学の入学式の写真があった」


 裕太が指差した写真を見て藍大とリルはそれと舞を見比べた。


「黒髪の舞だな」


『でも不愛想だね』


「外見は似てるが舞とは性格が正反対だと思うぞ。愛から舞が産まれたとは思えないぐらいだ」


 藍大とリルの発言を受けて裕太が自分の知る愛について述べた。


 その一方で舞は困ったような表情でぽつりと呟く。


「・・・これが母さんなんだ」


「今まで本当のことを話せずすまなかった。言い訳をさせてもらうと、愛についてどう説明すれば良いのかわからなかったんだ。愛がやらなければならない事柄なんて見当もつかなかった。その上、孤児院の子供達に舞が姪だと知られて贔屓したとトラブルになってほしくなかったからそれも言えなくてな」


「義父さんが悪い訳じゃないよ。母さんが大事な部分を何も言わずに何処かに行っちゃったのがいけないんだもん」


 舞は裕太のことを責めるつもりなんて微塵もない。


 裕太は子供のコミュニティは大人よりも好き嫌いがはっきりしているから、舞が自分との関係を明らかにしたせいで虐められてほしくないと考えていた。


 母親の話を聞き、裕太が孤児院の院長という立場から舞を贔屓にして院内で舞の立ち位置を悪くしたくないと思う気持ちも今なら理解できたからだ。


 もっとも、舞は高校で煙草とバイクでの危険走行はしないが喧嘩一本でレディースの総長になっており、舞を虐められる者なんて誰もいなかったのだが。


 その喧嘩だって同級生を虐めるようなものではなく、不良から喧嘩を売って来て倒すのを繰り返していっただけだから、裕太も舞が総長になったことで見捨てる真似はしなかった。


 裕太のおかげで舞は人としてドロップアウトせず、冒険者として藍大と共に大成し、今では子供も生まれて戦神にもなった。


 舞が裕太に感謝することはあっても恨むことなんてあり得ないだろう。


「本当に愛にも困ったものだ。警察にも捜索願は出したんだが、ダンジョンの発生した大地震で行方不明者が多発して捜索は打ち切られてしまった。正直、もう愛と生きて会えるとは思ってない」


「普通はそうだよね。でも、大丈夫。私、神だから。母さん捕まえてなんで私を義父さんに預けて消えたのか問い詰めてやるんだ」


「初めて舞が神になったって聞いた時は愛と通じるものを感じたぞ。あいつは読書が好きで、よく神話体系の話とか読んでたし」


 (その話は重要な気がする)


 黙って聞いていた藍大は裕太の話を聞き、手掛かりになりそうな気がして舞とアイコンタクトする。


 舞はもっと情報を引き出すべく訊ねる。


「義父さん、母さんはどの神話体系に興味があるとかわかる?」


「どうだろう? メジャーなものもマイナーなものも読んでたと記憶してる。強いて言うなら北欧神話がその中でもお気に入りだったかな」


「なるほど。少しだけ見えて来たね、藍大」


「そうだな」


 愛が北欧神話好きと聞いて藍大と舞は頷き合った。


 裕太はピンと来ていないので首を傾げた。


「どういうことなんだ?」


「これは他の神様に聞いた話なんだけど、私の父親ってマグニ様っていう北欧神話の神様らしいの。あっ、マグニ様って雷神トール様の息子だよ」


「愛が神様と結婚してた・・・だと・・・?」


「義父さん、ありがとね。母さんについてわかったことがあれば連絡するよ」


「あぁ」


 衝撃の事実を聞いて裕太は一瞬頭が真っ白になったけれど、藍大達が帰る時と聞いてすぐに正気に戻った。


 それでも藍大達を送り出した後、再び裕太が呆然としてしまったのは仕方のないことである。

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