第60章 大家さん、舞の家族を探す

第711話 ふざけない俺なんて俺じゃないだろ! 痛っ・・・

 12月4日の未明、藍大と舞、リルは伊邪那美と狼の着ぐるみを着たロキのいる神域に来ていた。


「舞も神になったから来れたのか」


「ここが夢でしか来れない神域なんだね~」


『言った通りで何にもないでしょ?』


「うん、何もない!」


 舞はリルに夢の神域ってどんな場所かと訊ねていたらしく、実際に来てみてリルの言う通り何もないことを知った。


「伊邪那美様、今日は何でここに呼ばれたんだ? 他の神様じゃなくてロキ様しかいないけど」


「藍大、1日遅れてしまったが誕生日おめでとう。ちょっと気になることがあって君達にここに来てもらったんだよ」


『ロキ様、そーいうとこ良くないよ。ご主人の誕生日を1日遅れで祝うなんて先輩の神様としてどうなの?』


「ぐっ、またリルからの好感度が落ちてしまった」


 ロキはリルに嫌われるのは悲しいようだ。


 どうせ祝うならちゃんと当日に祝うべきというリルの主張は間違っていないから、伊邪那美もロキをフォローしたりしない。


 藍大は自分の代わりに物申してくれたリルの頭を撫でてからロキに声をかける。


「ありがとう。それで、ロキ様は何が気になったんだ?」


「俺が気になったのはそこの彼女のことだ」


「私?」


 ロキが自分を指差すものだから、何が気になるのかと舞は首を傾げた。


「そうだ。君は藍大の妻だね?」


「うん。逢魔舞。新しい戦神だよ。よろしくね~」


「・・・まったく、藍大も君も本当に精神がタフだねぇ」


 いくら自分が狼の着ぐるみを着ているとはいえ、北欧神話でも名の知られた自分を前にこんな呑気な喋り方をするなんてやれやれだとロキは首を横に振った。


「ロキよ、そんな些細な事を気にしても意味がないのじゃ。それよりもさっさと本題に入るが良いぞ」


「へいへい。じゃあズバリ聞こう。舞は父親と母親について知ってることはあるか?」


「知らない。物心ついた時には孤児院にいたもん」


「そうか。そうするとあり得ないとも言い切れないな」


「なんのこと?」


 ロキが勝手に納得しているので舞は詳しく話すように促した。


「俺には舞の父親に心当たりがある」


「ふ~ん」


 舞が大して興味なさそうな反応なのでロキは首を傾げた。


「あれ? 知りたくないのかい? ここは教えて下さいロキ様ってなるところじゃね?」


「さっさと喋ってくれよロキ様」


『勿体つけるなんて酷いね。そーいうところも嫌い』


「ぐはっ、また嫌われてしまった」


「自業自得じゃろう」


 普通に話せば良いところを無駄に勿体つければ聞く方は苛立つ。


 藍大が苛立つのは当然だし、リルがロキをもっと嫌いになるのも無理もない。


 伊邪那美の言う通り、全てロキの自業自得である。


「わかったよ。ちゃんと話すからカリカリしないでくれ。実際に見て確信したんだけど、舞の父親はマグニだ」


「誰それ? 外国の人?」


 舞はピンと来ていなかったけれど、藍大はそれが誰なのか理解して驚いた。


 そして、ロキの行き届いていない説明を補足する。


「マグニ様はミョルニルの元の持ち主であるトール様の息子だ。仮にロキ様の言うことが正しいなら、舞は半人半神ってことになる。元々神じゃなかったことから考えると、舞のお母さんは人間、それも日本人なんだろう」


「良い勘してるぜ藍大。俺は賢い子は大好きだよ」


「俺はストレートなんで」


「ちゃんと女性になるからBLじゃないぜぇ?」


 ロキが余計な一言を添えた瞬間、舞が右手を前に出してミョルニルをこの場に召喚した。


「「「え?」」」


 舞が夢の神域にミョルニルを取り出したことで藍大と伊邪那美、ロキが目を見開いた。


 リルは特に驚いた様子がなく、そのままじっと見つめているだけだ。


 舞は目の笑っていない笑みを浮かべ、ミョルニルを振りかぶってからロキの正面で寸止めした。


 その瞬間、衝撃波が生じてロキは後ろに吹き飛ばされてしまう。


「私の藍大に手を出したら殺すぞ? ああ゛ん?」


『舞、やっちゃえ!』


 戦闘モードに入った舞を後押しするリルの姿を見て、立ち上がったロキがちょっと待ってほしいと訴える。


「リル!? それはちょっとあんまりじゃないかい!? お父さん死んじゃうよ!?」


『僕、最初からロキ様を親だと思ってないよ。僕の家族はご主人達だけだ』


「神は死んだ」


 (それ、神自身が言うセリフじゃなくね?)


 藍大はロキに心の中でツッコむのと同時にロキにはまだまだ余裕があると感じた。


「ふむ。ロキの歪んだ性格もミョルニルで叩けばまともになるやもしれぬ。舞、妾もやって良いと思うのじゃ」


「伊邪那美ぃぃぃ! そこそこ付き合いながいんだから俺のことを案じてくれても良いんじゃないかい!?」


「妾、別にロキに親しみなんて感じてないのじゃ。胡散臭い知り合いよりも自分の家族の方が大事なのは当然じゃろ?」


 伊邪那美の言い分に藍大とリルもその通りだと頷く。


 ロキはすっかり追い詰められてしまった。


「くっ、味方なんていなかった。一体どうすれば助かる? 選択肢は3つだ。1つ目は逃げる。2つ目は謝る。3つ目はこの場で神の力を完全に取り戻す。1つ目と3つ目は無理だから」


「さっさと謝れよゴラァ!」


「へぶっ!?」


 舞がミョルニルを投げたことにより、それがロキの腹に命中した。


 クリティカルヒットしたらしく、ロキは仰向けに倒れてからすぐに立ち上がれずにピクピクと震えている。


 手元にミョルニルが戻って来た舞はロキに近づいて胸倉を掴み上げる。


「おい、二度と私の藍大にちょっかい出そうとすんじゃねえぞ」


「ことわ」


「あ゛?」


「すみませんでした! 絶対に藍大には手出ししません!」


 舞はロキから聞きたい言葉を聞けたため、ロキを近くに放り投げてからミョルニルを送還した。


 それによって舞が戦闘モードからいつものゆるふわな感じに戻り、藍大に振り返ってにっこりと笑う。


「藍大~、ロキ様の躾が終わったよ~」


「躾かぁ。うん、躾だな。お疲れ様」


 大先輩の神を躾という名目で一方的に懲らしめた舞に戦慄しつつ、藍大は戻って来た舞を労った。


『舞、カッコ良かったよ!』


「ありがとうリル君」


 リルは舞の強さに感動しているせいで尻尾をぶんぶんと振っている。


 舞はリルにお礼を言いつつわしゃわしゃとその背中を撫でた。


 舞とリルが戯れている間にロキはようやく立ち上がれるようになり、ゆっくりと藍大達の前に戻って来た。


「ロキよ、これに懲りたら余計なことをするでないぞ」


「舞の前ではそーする。マジでシャレにならないくらい痛いぜぇ」


「舞がいない時にふざけたことを言うようなら舞を呼ぶのじゃ」


「ふざけない俺なんて俺じゃないだろ! 痛っ・・・」


 痛いのを忘れて大きな声を出したせいでロキを痛みが襲う。


 馬鹿なロキに余計なことを喋らせると脱線すると判断し、藍大は軌道修正を試みる。


「ロキ様、話を戻すぞ。マグニ様はなんで日本に来た? 母親は誰でどこにいる? マグニ様は復活できるのか?」


「マグニが日本に来た理由は知らない。消息を絶った神の真意なんてわかんないからねぇ。俺は日本に明るい訳じゃないから舞の母親の消息まではわからんよ」


「舞に興味を持ったのは何故だ?」


「そりゃミョルニルを使えるようになったからさ。ありゃ元々療養中のトールの物だ。それをマグニが受け継ぎ、マグニが消息を絶ったら今度は舞が所有者として選ばれた。トールと関係があると思って調べたくなるのはおかしいことかい?」


 ロキの考え方に藍大はおかしな点を見つけられなかった。


「いいや、おかしくないな」


「そうだろ? でも、舞は間違いなくトールの孫でマグニの娘さ。だってあの怪力だもの。トールの家系なら異常なまでのパワーにも頷けるねぇ」


 トールもマグニも力が強いことを知っていたため、藍大は舞がその系譜ならブラド本体を持ち上げられた怪力にも得心がいった。


 他にもトールが大食漢であることは舞と共通しているし、戦いになるとスイッチが入る点も共通していると言えよう。


「まあ、舞が何者だろうと関係ないさ。舞は俺の妻だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「藍大、愛してる!」


 藍大とロキの話を聞いていた舞は藍大の発言に感動して抱き着いた。


 リルと伊邪那美は舞が藍大に抱き着く姿を頻繁に見ているので驚かないが、ロキは自分にダメージを与えられる舞に抱き着かれても怯えない藍大の姿に驚いた。


「うん、君達はそのまま仲良くしててほしいねぇ。その方が世界は平和だ。確認したいことは確認できたしそろそろ帰るよ。バイバイ」


 ロキはニヤリと笑って手を振ってから姿を消した。


 それから少しして、藍大達も夢から醒めて朝を迎えた。

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