第700話 話は聞かせてもらったのよっ

 Web会議が終わった後、藍大のスマホに連絡が入る。


「有馬さん?」


『逢魔さん、この後ってお時間空いてませんか?』


「会議が長引いても良いように午前は予定を入れてませんが、何か用事でもあるんですか?」


『はい。実は、先程の会議もシャングリラの近くに停めてある車の中から参加したんです。相談させていただきたい案件がありまして、今からそちらに伺ってもよろしいでしょうか?』


「正午までに終わる内容であれば構いません」


『問題ありません。それでは5分ぐらいで伺います』


 白雪はそれから5分後にやって来た。


 今は他の家族が地下神域にいるため、地上にいるのは藍大とリルだけだ。


 藍大は白雪に向かいの席に座ってもらった。


「ギリギリのアポイントになってすみません。予想以上に今日の会議が短く終わったものですから、駄目元でお時間をいただきました」


「忙しさで言えば女優の方が勝るんじゃないですか?」


「最近は従魔との時間もしっかり取れるようにスケジュールを組んでますから、一時期よりはゆとりがありますよ」


「それは結構です。それで、今日はどんな用件ですか?」


 お互いに多忙自慢をしても良いことはないので、藍大は早速本題に入るよう促した。


「逢魔さん、ダンジョン探索の配信に興味ありませんか?」


「配信ですか?」


 予想外な切り口で質問されて藍大は困惑した。


 そんな藍大を見て白雪は話を続ける。


「配信です。よくあるのはダンジョン探索の録画放映ですが、それをライブ中継するんです。フロンティアのダンジョン探索をエンタメにしてみませんか?」


「そうは言ってもダンジョン内は電波が届きませんよね? その問題が片付かなきゃ配信できないと思うんですが、まさか解決したんですか?」


「解決しました。”ホワイトスノウ”の職人チームが私に配信させたい気持ちだけでダンジョン内でも電波が通じるドローンと視聴者のコメントを音にして出力してくれるイヤホンを完成させたんです」


 (ファンの情熱が尋常じゃねえな)


 ”ホワイトスノウ”のクランメンバーは白雪のファンばかりなので、もっと白雪とその従魔を売り出したい、ダンジョンの中にいる白雪も生でその様子を知りたいと考えていた。


 それを実現する手段を作り上げてしまうあたり、ファンというものは恐ろしい。


「実物は今ありますか?」


「勿論です。今取り出しますね」


 白雪は収納袋の中から正面にカメラの埋め込まれた球体のドローンとイヤホンを取り出した。


 それを見てリルがすぐに鑑定し始める。


『こ、これは・・・』


「どうしたんだリル?」


『すごいよご主人。本当にダンジョン内でも電波が繋がるみたい』


「マジか」


 リルの鑑定結果に藍大が素直に驚いているのを見て白雪は満足そうに頷いた。


「リルさんの鑑定にかかればまるわかりかもしれませんが、電気や音波を使うモンスターの素材をふんだんに使いました。MPを満タンまで注げば6時間ぶっ続けで配信できますよ」


「すごいですね。というか、もう配信できるだけの機材があるんですから、有馬さんが配信を始めてしまえば良いのではありませんか?」


「そうなんですけど、”ホワイトスノウ”だけ配信してても寂しいじゃないですか。逢魔さんも一緒に配信やりましょうよ」


 白雪が藍大に誘いをかけた直後、藍大達の背後から仲良しトリオの声が聞こえる。


「話は聞かせてもらったのよっ」


「聞かせてもらったです」


『o(`▽´)oキカセテモラッタゼ』


「あれ、いつからこっちに?」


「白雪さんがドローンとイヤホンを取り出したところからいたんだからねっ」


「伊邪那美様が白雪さんの訪問を教えてくれたです」


『(つ´∀`)つ抜け駆けダメ、絶対』


 逢魔家で最も配信に興味がありそうな3人がこの場に集まってしまった。


 いつもストッパーになってくれるメロも今日は興味津々であり、ゴルゴンとゼルと一緒にやる気満々のようだ。


「ゴルゴンさん、メロさん、ゼルさん、配信に興味ありますか?」


「あるんだからねっ」


「あるです」


『ワクワク"o(・ェ・o))((o・ェ・)o"ドキドキ』


「このセットを貸し出したら一緒に配信やりませんか?」


「やるのよっ」


「やるです!」


『(○´・ω・`)bOK!』


 (くっ、仲良しトリオが取り込まれてしまったか)


 白雪がここぞとばかりに仲良しトリオを味方につけた。


「ちょっと待って下さい。私はまだやるとは言ってません」


「そんなっ、あんまりなのよっ」


「やってみたいです・・・」


『(´・ω・`)ソリャネーゼ』


 仲良しトリオは配信できると思っていたため、藍大の発言にしょんぼりした。


 藍大は仲良しトリオに意地悪したくてそう言っている訳ではなかったから、3人の頭を順番に撫でつつ理由を話す。


「意地悪したい訳じゃないんだ。やらないって言った理由はいくつかある。まず、”楽園の守り人”で配信をする場合にこのドローンの耐久力に不安がある」


『ワッフン、僕達のアビリティが強過ぎるんだね♪』


「その通り。配信するぞって張り切ったら攻撃の余波でドローンを壊しそうなメンバーが何人かいるよな? 壊す可能性が高い物を借りてやるのはちょっとな・・・」


 その瞬間、ゴルゴンとゼルがそっと視線を逸らした。


 ゴルゴンは森のフィールド型ダンジョンで広範囲を燃やした前科があり、ゼルに至ってはド派手に何かやらかす気しかしない。


「待ってほしいです。確かにゴルゴンやゼルはドローンを壊すかもしれないですが、私は問題ないです。ちゃんと力加減できるし狙撃はお手の物です」


「自分だけ配信しようなんて狡いわっ」


『⊂(・ω・*)∩ソーダソーダ』


 ここで自分だけは大丈夫とメロが言うと、ゴルゴンとゼルが抜け駆けは認めないと抗議した。


「異議を申し立てるなら日頃の行いを思い返してみるです。加減せずにやらかしたりネタに走ったりしてないと思うですか?」


「メロ、正論で捻じ伏せて来るなんて卑怯なんだからねっ」


『(。+・`ω・´)ネタに走らない私は私じゃないのさ』


「ゴルゴン、正論の時点で卑怯じゃないです。ゼルは開き直らないでほしいです」


 ゴルゴンとゼルの言い分にメロは表情を引き攣らせた。


「逢魔さん家はとても愉快ですね」


『うん、毎日楽しいよ』


 白雪が羨ましそうに言うとリルがニコニコしながら応じた。


 藍大は仲良しトリオ達を説得するべく次の理由を述べる。


「配信に消極的な理由は他にもある。配信途中で考えなしに放映できない何かが起きたのを映したら、事後処理をする茂はどうなると思う?」


「・・・胃が痛くなるのよ」


「わがまま言ってごめんなさいです」


『(∵・ω・)ゴメンナサイ』


 (茂の胃痛って印籠か何かか?)


 アビリティの威力が強くてドローンを壊すリスクがあることよりも、茂の胃痛を引き起こすかもしれないという理由の方が響いたことに藍大は戦慄した。


 結果的に茂の胃痛を引き起こしてしまうことは多々あるが、藍大が意図的に茂の胃を攻撃しようとしてやらかすことはない。


 仮に茂の胃を必要以上に攻撃してしまった場合は珍しいモンスター素材や食材で補填だってしている。


 これまでの話を聞いていた白雪も申し訳なさそうな顔になった。


「そうですね。逢魔さんは色々とんでもない情報を引っ張ってきますもんね。芹江さんに迷惑をかけてしまうのは申し訳ないです」


 (茂、良かったな。日本一の女優から胃の心配をしてもらえてるぞ)


 藍大はこの場に茂がいないけれど優しい表情になっていた。


 それはそれとして、ゴルゴン達の発信したい気持ちを無理に我慢させるのもよろしくないと思ったので、藍大は仲良しトリオに代替案を用意する。


「配信は制約があって厳しいが、録画したものをホームページにアップするのはバティン戦でもやったことだ。毎回やるとは限らないけど、時々なら録画しても良いぞ」


「マスター、アタシは信じてたのよっ」


「流石はマスターです!」


『┐(*´▽`*)┌まったく、マスターは最高だぜ』


 仲良しトリオは藍大に抱き着いた。


 なんでもかんでも駄目と切り捨てるのではなく、できる範囲で自分達の希望を叶えてくれる藍大の優しさが嬉しかったのだ。


 結局、ダンジョン探索の配信はひとまず”ホワイトスノウ”だけで行うことになり、藍大達は公開しても良い探索の時だけ録画したものをホームページにアップすることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る