第59章 大家さん、ダンジョン探索を盛り上げる

第699話 定刻になりましたので会議を始めます

 11月6日の水曜日の朝、藍大は膝の上に小さくなったリルを載せてノートパソコンの前に座っていた。


 今日は”楽園の守り人”と三原色クラン、白黒クランに加えて茂も参加するWeb会議が開かれるのだ。


 茂がこの会議に参加する理由だが、それは今回の会議の主催者だからである。


『定刻になりましたので会議を始めます。皆さん、本日はお忙しい中ご参加いただきありがとうございます』


 時計の針が午前10時を指して茂が口を開くと、それに応じるように参加者のカメラとマイクがオンに切れ変わる。


 ”レッドスター”の画面には赤星誠也。


 ”ブルースカイ”の画面には青空瀬奈。


 ”グリーンバレー”の画面には緑谷大輝。


 ”ホワイトスノウ”の画面には有馬白雪。


 ”ブラックリバー”の画面には黒川重治。


 どのクランからもクランマスターが藍大のパソコンの画面に映っている。


『DMUの芹江です。本日の会議では司会を務めさせていただきます。皆様には会議の円滑な進行にご協力いただきたく存じます』


 茂のお願いに参加者全員が頷いた。


 今日の会議で取り扱う内容は昨日のニュースが関わっているであろうと全員が予想しているため、下手なことを言って自分達の損にならぬように会議の円滑な進行を妨げようという者はいなかった。


『皆様もご存じの通り、昨日、フロンティアの旧C半島国エリアはDMUの探索班と中小クランによってダンジョンを全て潰して安全が保障されました。国際会議での取り決めの結果、現在の当該エリアは日本の領地として認められており、昨日から北都府ほくとふと名称を変えました。ここまではよろしいでしょうか?』


 茂の問いかけに参加者全員が頷いた。


 いつまでも旧C半島国エリアなんて長い呼び名をする訳にもいかないから、K1ダンジョンを除きダンジョンが完全に潰された今、このエリアはフロンティアに繋がる安全な前線である。


 名前をどうするかということという議論はあったが、フロンティアに続く希望溢れる行政区画にしたいという願いから京都府を参考に北の都ということで北都府に決まった。


 それに伴って今の日本ではフロンティア=旧C国という扱いに変わった。


『ありがとうございます。本日、皆様にお集まりいただいたのはフロンティアの担当区域を決めるためです』


『担当区域ですか? 今日からフロンティアは我々も自由に探索して良い認識でしたがこれからは違うのですか?』


 瀬奈が茂の言葉に真っ先に反応した。


 この会議に参加しているクランに加え、”迷宮の狩り人”と”近衛兵団”、”雑食道”は”ダンジョンロード”以下のダンジョン管理者を従えるテイマー系冒険者を抱えている。


 ここから先は自分達も陣取り合戦に参加できると思っていたものだから、瀬奈はまだ我慢を強いられるのかと言外に訴えている。


「青空さん、落ち着いて下さい。仮に我々に探索するなと言うことであれば、DMUはわざわざ会議なんて名目で我々を集めたりしないはずです。最後まで話を聞きましょう」


『・・・そうですね』


 昔はともかく今は完全に力関係が逆転しているため、瀬奈は藍大がそう言えばこれ以上反論できなかった。


 茂から個人チャットでフォローありがとうと薬にバツ印の絵文字が送られて来た。


 どうやら茂はある程度瀬奈から詰められるだろうことを覚悟していたようだが、それでも藍大が間に入ったおかげで胃薬に手を伸ばさなくても済んだことを伝えたかったらしい。


『青空さんの疑問に回答しましょう。結論から申し上げますと、DMUはこの場にお集まりいただいた大手クランには中小クランを率いてフロンティアを開拓していただきたいと考えております』


『芹江さん、質問良いですか?』


 瀬奈への回答を聞いて今度は誠也が挙手する。


『どうぞ』


『それは中小クランにテイマー系冒険者がいないからでしょうか?』


『その通りです。北都府には既にK1ダンジョンを除いて他のダンジョンがありません。中小クランがダンジョンの間引きに成功したとしても、完璧に管理できる訳ではないからです。DMUは中小クランにダンジョンの管理を認めず、北都府でダンジョン探索をしたければK1ダンジョンに挑むよう案内をしています』


 この措置はクダオが”ダンジョンマスター”になって召喚したモンスターに殺されたことが原因である。


 日本のDMUは後にも先にもクダオの事件だけしかそんな馬鹿な真似をさせるつもりはない。


 中小クランのガス抜きのため、北都府は宛がわれたと言っても過言ではない。


 その結果、北都府のダンジョン資源はK1ダンジョンからの戦利品のみとなってしまった。


 それではフロンティアを日本の領土に組み込む意味が半減してしまうということで、今回の会議が行われた訳である。


『では、これから先に中小クランがダンジョンを攻略したい場合、踏破目前になったら我々のクランのテイマー冒険者を派遣するんですね?』


『緑谷さんの認識で合ってます。補足するならば、皆様には中小クランからダンジョンの管理権を買い取ってもらうつもりです』


『値段交渉はしても構わないんでしょうか?』


『DMUから2パターンの買取価格の算出式を提示しますので、買取はそちらに則っていただきたく存じます。これがその算出式です』


 茂は事前に用意していた買取価格の算出式を画面に共有した。


 2パターンになっているのはダンジョンを売るクランがそのダンジョンへの入場料を支払わずに挑めるパターンとそうでないパターンに分かれているからだ。


 安全に管理できる場合のみ、日本ではダンジョンが資産として認められる。


 そのため、日本の全てのダンジョンを掌握できた時から他所のクランが所有するダンジョンでは入場料を取ることが認められるようになった。


 クランによっては無料で開放しているクランもある。


 実際、”楽園の守り人”は無料で開放している。


 これは入場料よりもDPを優先した結果だ。


 ”楽園の守り人”には直接税の免除特権があるから稼げば稼ぐ程資産が増える。


 税金を払わずに済むのだから、入場料を設定すれば良いと思うかもしれないが、ブラドとモルガナがDPを求めたのでだったら入場料なんて取り払えば良いと無料開放している。


 シャングリラダンジョンの戦利品やDMUからの臨時の依頼で十分稼いでいるからこそできる判断である。


 ただ、この判断は”楽園の守り人”が強大な力を持っていても他のクランから疎まれずに済む理由にもなった。


 懐事情の厳しい冒険者にも優しければ、叩かれることはまずあり得ないのだ。


 脱線してしまったが、各クランマスターはダンジョン買取価格の算出式に納得したようだ。


 立地や出現したダンジョンによって式の中に変数が組み込まれているから、固定額で売買しろと言われるよりも了承しやすい。


 これは志保が考えた計算式だったりするが、今はひとまず置いておこう。


『反対意見はなさそうですので、話を進めさせていただきます。先程、青空さんとの話の中でも出ましたが、皆様の担当区域を決めたいと考えております。皆様がダンジョン探索をする場合、基本的にはその担当区域で探索するようにして下さい。それがフロンティアで不要な闘争を避けることに繋がります』


 茂はそう言った後に担当区域案を画面に共有した。


 (予想通り、俺達はシャングリラリゾート近辺か)


 藍大がそう思っているとリルがマイクをミュート設定にしてから話しかける。


『飛地にならなくて良かったね。わざわざ買い取るまで待つのも勿体ないし、僕達は自力でダンジョンを調達しようよ。僕、頑張るよ?』


「よしよし、愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


 リルが健気なことを言うので藍大はリルの頭をわしゃわしゃと撫でた。


 そうしている内に他のクランマスターも自分達に割り振られたエリアの確認を終えたようだ。


『”レッドスター”は異議なしです』


『”ブルースカイ”も異議ありません』


『”グリーンバレー”も同じくです』


『”ホワイトスノウ”も異議ありません』


『”ブラックリバー”も同意します』


「”楽園の守り人”も問題ありません」


 誰も異議を申し立てなかったことに茂はホッとした様子だった。


『それでは今後は担当区域内で探索いただきますようお願い申し上げます。本日はお時間をいただきましてありがとうございました。会議は以上で終了です。お疲れ様でした』


 茂の閉会宣言を聞き、藍大はWeb会議のミーティングルームから退室した。

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