第695話 現場の伊邪那岐様からだけど?

 神々との会合が終わって目覚めて朝食を取った後、藍大は伊邪那美に訊ねる。


「伊邪那美様、実際のところ何体の”大災厄”がフロンティアに来てるんだ?」


「アスタロトとフォラス、ストラス、ハルファスの4体じゃな。いずれも南半球から来ておるぞ」


「勝手なイメージだけど、アスタロトだけ他3体よりも強そう」


「そうじゃな。このまま放置すれば”邪神代行者”3号はアスタロトじゃろう。状況によっては残り3体から”邪神代行者”4号が誕生するかもしれんのう」


「今から移動したとして、”邪神代行者”が2体になってると考えた方が無難か」


 藍大がそう言った直後、伊邪那美がそれに応じずに黙り込んでいたので藍大は首を傾げる。


「伊邪那美様、何かあったのか?」


「シャングリラリゾートの神域に待機しておる伊邪那岐から連絡があっての。アスタロトがストラスを捕食して”邪神代行者”になったそうじゃ」


「まあ、そっちは予想がついてた。残ったフォラスとハルファスも戦ってる感じ?」


「うむ」


 現場の伊邪那岐からの話を聞き、藍大は真奈に電話をかけた。


『逢魔さん、おはようございます。朝からどうしたんですか?』


「”邪神代行者”の討伐に興味ありません?」


『誕生したんですか? 場所はどこですか?』


「フロンティアの旧C国エリアに1体です。ただし、”大災厄”2体が戦ってるのですぐに2体になるでしょう。1体はこちらでやりますが、両方やると欲張り過ぎかと思いまして」


 藍大のオブラートに包んだ発言を聞き、真奈は電話の向こうで苦笑した。


 彼女は国内のパワーバランスにおいて”楽園の守り人”が力を持ち過ぎており、三原色クランとの差が開く一方であることを承知しているのだ。


『お気遣いいただいてすみません。そうしましたら、私とリーアムで”大災厄”同士の戦いの勝者に当たります。実は、DMU出張所の天門さんからモフモフ喫茶の運営について相談を受けてまして、今日これからフロンティアに向けて出港する予定だったんですよ』


「ラッキーでしたね」


『はい。これもモフモフが私を導いてくれたに違いありません』


「相変わらずブレないですね。それじゃあ、わかってる情報はメールしときますので対処をお願いします」


 藍大は電話を切ってから伊邪那岐が現地で調べた情報を取り寄せ、フォラスとハルファスのデータをメールで送った。


 その直後に今度は藍大のスマホに電話があった。


「茂? ”大災厄”が4体フロンティアに来たことは知ってるぞ? アスタロトはストラスを捕食して”邪神代行者”になったこと、フォラスとハルファスが戦ってることを把握してる」


『情報の先取りがエグい。俺が知ってる情報じゃまだ”邪神代行者”はいなかったんだがどこ情報?』


「現場の伊邪那岐様からだけど?」


 藍大の言葉を聞いてしばらく茂は何も喋らなくなった。


 いや、正確には電話の向こうで胃薬を飲んでいるのだ。


 自分には想像もつかない方法で藍大が情報を収集していたため、”邪神代行者”の誕生と併せて胃が胃薬なしでは耐えられなかったようだ。


『伊邪那岐様を現地の局アナ扱いするんじゃねえよ』


「時差ツッコミ?」


『胃薬飲んでたんだよ! 先に飲まなきゃヤバかったんだよ!』


「お、おう」


 伊邪那岐が現地にいるのは伊邪那美の指示によるものだったが、茂の叫びを聞いて藍大は悪いことをした気分になった。


『はぁ、藍大はやっぱり藍大だな』


「そこでよくわからない納得をされるのは解せぬ」


『すまん、本題に戻る。今回の件、藍大達はどうするつもりだ?』


「放置してたら旧C半島国エリアもヤバいだろうし、アスタロトの方は俺達が狩るつもり。もう一方は真奈さんとリーアム君に任せた」


『もうそこまで決まってたのか。それなら安心だ』


 藍大が国内のパワーバランスを考慮して動いてくれたことに茂はホッとした。


 ”邪神代行者”を藍大のパーティーだけが狩れば、確かに問題が早く片付くからありがたい。


 しかし、それでは藍大達の負担を増やすことになるし、国内の大手クランですら実力差が開き過ぎてしまうので藍大の配慮は茂にとってもありがたかった。


「そうか。この後俺達はちょっとアスタロトを倒して来るつもりだけど、茂から何か他に話はあるか?」


『ちょっとで済んじゃうのが藍大クオリティだよなぁ。もう一つだけ用件があった。A国についてだ』


「A国? もしかして、昨日の俺の発言に怒って日本に戦争を仕掛けるって?」


 藍大の発言を聞いて茂は電話の向こうで苦笑した。


『A国にそんな度胸はないって。A国が何かやらかしたって訳じゃないんだ。ME国で至る所に不気味なオブジェを設置することに飽きた大災厄マルファスがA国に侵入した』


「不気味なオブジェ?」


『お前の興味はそっちに向かうか』


 A国がどうなろうと特に気にしない藍大の態度を茂は予想していた。


 だからこそ、マルファスが作り出した不気味なオブジェの写真を藍大に送った。


「ん? 写真じゃん。・・・うわぁ、これは不気味だわ」


 茂から藍大に送られて来た写真には殺した人の死体を使ったグロテスクなオブジェだけでなく、直視したらSAN値が持っていかれそうなオブジェもあった。


『ME国は撤去作業が大変だろうな。遺族が亡くなった人の死体を回収しようにも、中にはバラバラになったものもあるからその作業は時間がかかりそうだ』


「マルファスは酷いことするなぁ」


『ME国にとってはラッキーなことにそんな非道なマルファスがA国に飛んで行ったらしい』


「A国にも不気味なオブジェが量産されそうじゃん」


『量産されてるのはA国民から藍大への助けてってメッセージ付きの動画だけだ』


 茂の話を聞いて藍大は嫌そうな顔をする。


 それを察知したリルが近づき、藍大にいつでも撫でて良いよと目で訴えた。


 藍大はその気遣いに感謝してリルの背中を撫でる。


「クゥ~ン♪」


 藍大に背中を撫でてもらったリルはとても嬉しそうに鳴いた。


「動画は見たら=助けることを確約するみたいなA国民のメッセージがあったら困るから見ない」


『触らぬ神に祟りなしってことか』


「俺が神だ」


『僕も~』


 茂の発言に神になった藍大とリルが反応した。


 茂は違う、そういうつもりで言った訳じゃないと訂正した。


 よっぽどのことがない限り、幼馴染とその従魔が神になるなんてことはない。


 それゆえ、今の言い回しで脱線するのはイレギュラーな事態と言えよう。


「マルファスのことはA国に任せれば良いさ。結果的にも過程としてもバティンを他国に押し付けようとしたんだ。今度は自分達の番だろ」


『一理ある。A国に北上したマルファスについてはA国に勝手にやらせよう。うっ、なんだかA国までフロンティアみたいに”大災厄”が集まる未来が見えて来たぞ』


 茂の胃が痛みによって彼にそんな予想を幻視をさせたらしい。


 夢ではないから予知夢とは呼ばず、ある意味激戦を耐え抜いて来た茂の胃は鑑定士である茂とは別の成長を遂げているのかもしれない。


「茂、お前疲れてるんだよ。俺達はアスタロトを倒しに行く間、少しは胃を休めておくんだぞ」


『そうする。それじゃ、頑張ってくれ』


「了解」


 藍大は茂との電話を終えた。


 その時にはミオとフィアが藍大の傍にやって来ていた。


「今日は四神獣で行きたいニャ!」


『フィアも戦いたい!』


「そうだな。ここんところ四神獣で戦う機会も減ってたし、今日はドライザーも連れて四神獣で行くか」


「やったニャ! 感謝するニャ!」


『パパありがと!』


 藍大が自分達の意見を聞いてくれたため、ミオとフィアが喜んで藍大に甘えた。


 ミオとフィアが満たされるまで甘やかし、ゲンに憑依してもらった藍大はドライザーをピックアップしてリルの<転移無封クロノスムーブ>でシャングリラリゾートまで移動した。


 藍大達がやって来たのを感知し、伊邪那岐がその場に姿を現す。


「やあ、待ってたよ」


「伊邪那岐様、お疲れ様。何かこっちでアスタロトの動きに変化はあった?」


「うーん、”邪神代行者”になったらこのリゾートから距離を取ろうとしてIN国に向かってるかな」


「IN国に?」


「うん。このリゾートの近くにいれば藍大達にやられると思ったんだろうね。あっちに行けば、藍大達よりは弱いけどそこそこ強い冒険者がいて強くなるには丁度良いし」


「すぐに出発する」


 藍大はIN国の冒険者では”邪神代行者”に太刀打ちできないと判断してアスタロトを追い始めた。

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