第694話 不味いに悪があっても美味しいに悪はないんだよ

 9月25日の未明、伊邪那美は藍大とリルを連れて神域にいた。


 今回は見覚えのある象と猫、狼、隻眼のゴリラの着ぐるみに加え、豹の着ぐるみと少年牧師がこの会合に参加するらしい。


 象はガネーシャで猫はバステト、狼はロキ、ゴリラがヘパイストスなのは藍大とリルも理解しているが、初見の牧師と豹の着ぐるみは誰なのかわからなかった。


「全員集まったようじゃな。オルクスと西王母は藍大とリルが初見なので自己紹介してほしいのじゃ」


「君達に会えるのを楽しみにしてました。私はI国の死神オルクスです。ソフィアのおかげで昨日復活できました」


「オルクス、オルクス、オルクスゥ・・・」


「なんですかロキ?」


 自己紹介したオルクスに対してロキが悪い笑みを浮かべて話しかけた。


 オルクスはロキを鬱陶しいと思っていたが、無視してもっと鬱陶しくなられても困るから反応した。


「藍大に話題を掻っ攫われて目立てないなんて情けないねぇ」


「未だに復活できずに私を不快な気分にさせるしかできないなんて情けないですね」


 オルクスが復活した時、世界は藍大のA国要らない宣言で盛り上がりを見せている真っ最中だった。


 そのため、本来神の復活という誰もが注目するだろう出来事が魔神様ショックのついでのように報道されてしまったのである。


 ロキが早速そのネタで自分をいじって来たので、オルクスは現状ではロキは自分以下ではないかと反論した訳だ。


「ロキ様、リルの前で恥ずかしい真似をしないように頼みましたよね?」


「あっ、はい。すみません」


 藍大にジト目で言われるとロキはあっさりと謝った。


 それを見てオルクスが目を丸くする。


「鬱陶しいロキを黙らせる存在がいたんですね」


「枕詞が余計じゃないかねぇ!?」


「事実じゃ」


「事実ニャ」


「事実なんだな」


「事実だぞい」


 西王母は無言で頷いており、ロキに味方は誰もいなかった。


「ロキはどうでも良いのじゃ。西王母、お主が自己紹介する番じゃぞ」


「私は西王母。C国では不老不死の果実を管理する役割を持つ女神として知られてる」


「そんなC国はもう滅んだけどね☆」


『ご主人に言われて懲りないとか駄目だね。僕、ロキ様嫌い』


「がはっ!?」


 今度はリルに嫌いとストレートに言われて流石のロキも精神的にダメージを負ったらしい。


 本当に余計なことばかりする自業自得なトリックスターである。


 西王母は自分を祀る部族が3人生き残っているだけで、C国が滅んだことをかなり気にしていた。


 ロキに痛い所を突かれたせいですっかり気落ちしてしまっている。


 ただし、その見た目は豹の着ぐるみであるからして、言い合いに負けてしょんぼりする着ぐるみにしか見えなかった。


 藍大はしょんぼりする西王母の頭を優しく撫でる。


「西王母様、あんな奴の言うことなんて気にしちゃ駄目だ」


「・・・貴方、優しいのね」


「ちょっと待つのじゃ!」


「異議ありニャ!」


 西王母から不味い波動を感じたのか、伊邪那美とバステトは藍大から西王母を引き剥がした。


「何するのよ?」


「越えてはならない一線があるのじゃ」


「そうニャ。夫のいる身で妻帯者を誘惑するのは駄目ニャ」


 どうやら気分が沈み込んでいたところを優しくされ、西王母は恋に落ちる一歩手前だったと伊邪那美とバステトは判断したようだ。


 藍大はまだ自分からオルクスと西王母に名乗っていないことに気づいて名乗る。


「失礼、こちらの自己紹介がまだだった。俺は魔神の逢魔藍大。本来は従魔を統べる神なんだけど、伊邪那美様達の力のおかげで従魔と台所を司る神になってる」


『僕はリル。ご主人の従魔で”風神獣”だよ』


 リルが神獣であることよりも自分の従魔であることを先に説明してくれたので、藍大はそれが嬉しくてリルの頭を撫でた。


 リルは頭を撫でてもらえた嬉しさを隠さず藍大に甘えている。


「さて、自己紹介も終わったことじゃし今日の本題に入るのじゃ」


 伊邪那美がそう言ったことで神々が真剣な表情になる。


 ロキですら真剣な表情になったと考えれば、これからする話は重要であることは間違いないだろう。


 一体何について話すのやらと藍大が思っているところで伊邪那美が話を続ける。


「旧C国と旧C半島国、今はフロンティアと呼ばれておる地域に”大災厄”が集まっておるのじゃ」


「どうしてそんなことに?」


 悲しそうな表情で口を開いたのは西王母だ。


 滅んでなお自分の国に敵対する強敵が集まっていると知って悲しんでいるらしい。


 伊邪那美はその嘆きの答えを告げる。


「フロンティアに行けば”邪神代行者”になれると”大災厄”は感じ取っておるようじゃぞ」


「邪神がそのように”大災厄”の称号を持つモンスターの思考を誘導したのかもしれませんね」


 オルクスが伊邪那美の言葉を聞いて自分の意見を述べる。


 それに異論を述べる者はいない。


 藍大とリルはピンと来ていないようだが、この場に参加する神々は納得しているようだ。


「伊邪那美様、邪神ってどんな神? 字面からわかることじゃなくて具体的に何をするとかそーいう感じの説明がほしい」


「わかったのじゃ。妾は邪神とは破壊衝動の塊であり、世界を滅ぼすことでしか渇きを癒やせない迷惑な存在と考えておるのじゃ。その源となるのは地球上の全生物の悪感情じゃよ。モンスターやダンジョンを最初に創造したのも恐らくは邪神じゃろうな」


「その説明からして、会ったことはないから”邪神代行者”の称号からわかる情報を抽出して仮説を立てた感じ?」


「その通りじゃ」


 伊邪那美が頷いた直後、リルが悲しそうな表情になる。


『僕はそんな酷い奴によって創り出されたんだ』


「リルが悲しむ必要はない。だってリルはこんなにも愛らしくて頼もしいじゃないか」


「クゥ~ン♪」


 リルは藍大の言葉が嬉しくて甘えた。


 藍大はリルの頭を撫でつつ伊邪那美に反論する。


「伊邪那美様の仮説に一部異議がある」


「聞かせてほしいのじゃ」


「全てのモンスターとダンジョンを邪神が創り出したとは思えない。破壊衝動の塊が美味しいモンスターやそれを召喚できるダンジョンを創るだろうか? 勿論、悪意の塊なダンジョンもあるから伊邪那美様の言い分が当たってるところもあるけど、例外もあるんじゃないかな」


「確かにそうなのじゃ!」


「「「「「「え?」」」」」」


 藍大の反論に納得する伊邪那美を見て他の神々は目を点にした。


 藍大と伊邪那美は、それからリルには伝わる考えだけれど、それ以外の神々にとってその考え方はピンと来るものではない。


 伊邪那美が理解できたのは自分も食いしん坊ズだからである。


 ピンと来ていない神々に藍大は自分の考えを詳しく説明する。


「つまり、俺が言いたいのは破壊衝動や悪感情でモンスターを創り出したとして、それが美味しく料理できる食材になったら破壊に繋がらないってことだ」


「その発想はなかったんだな」


「言われてみればそうニャ」


「確かにねぇ」


「案外思いつきそうなことなんだがな」


「面白い考えですね」


「優しいだけじゃないのね。素敵」


 ちょっとした気づきではあったものの、自分達がモンスターやダンジョンをなんでもかんでも邪神のせいと考えるようになっていたと気づき、神々は自分達の視野が広がった気がした。


『不味いに悪があっても美味しいに悪はないんだよ』


 その説明を聞いてリルが自分なりにまとめた意見をドヤ顔で述べる。


「俺もそう思う」


『ワフン、ご主人の料理はどれも美味しいから善に間違いないね♪』


「よしよし。愛い奴め」


 藍大はリルが嬉しいことを言ってくれるからわしゃわしゃと撫でてあげた。


 リルは気持ち良さそうに目を細めている。


 藍大とリルを見てうっかり和んでいた伊邪那美だが、オホンと咳払いして話を戻す。


「藍大の仮説も取り入れるとして、今後の対応について2つ話し合うのじゃ。1つ目はフロンティアに集まる”大災厄”をどうするかじゃな。2つ目は”災厄”以下のモンスターについてじゃ」


「後者はそれぞれの国で対処すれば良いんじゃないの?」


「それはそうなんじゃが、一応この手の話は念のために合意形成が大事なのじゃ」


「なるほど」


 神々でも当たり前のことをわざわざ足並みを揃えるのかと藍大は不思議に思った。


 藍大の指摘に他の神々は同意した。


「前者は今のところ、日本の冒険者しか太刀打ちする余裕がないと思うんだな」


「儂もそう思う。悪いがそれは伊邪那美と藍大、リルに判断を委ねたいぞ」


 ガネーシャとヘパイストスの意見に他の神々が賛同し、最終的に日本のトップ冒険者を集めて事に当たれば良いと結論が出た。


 なんでもかんでも藍大達が解決すると今まで以上に”楽園の守り人”がパワーを持ってしまうことになるからだ。


 これにて話し合いは終わり、藍大とリルは夢から醒めて朝を迎えた。

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