第688話 胃薬要りますか? たくさんありますよ?

 藍大がシャングリラリゾートの人手不足を解消している時、DMU本部の本部長室では志保と茂が頭を抱えていた。


「A国がやらかしてくれましたね」


「本当にやらかしてくれました」


 2人揃って溜息をついた訳だが、日本時間で昨晩にA国のDMUと冒険者達がバティンをCN国に押し付ける作戦を決行したからだ。


 CN国はいつそんな非道な真似をされるかわからないと警戒していたこともあり、即座にA国に攻撃をして追い込む冒険者達のラインを崩した。


 バティンはそもそも追い詰められておらず、A国とCN国が戦った方が自分の敵が減ると考えてその作戦に引っかかった振りをしていた。


 だからこそ、A国とCN国が衝突するまでA国を煽るように立ち回り、いざ両国がぶつかったらあっさりとフロンティア方面に逃げてしまった。


「A国が全ての国際会議参加国から非難されてるのは当然として、CN国が圧倒的な実力差を見せつけましたね」


「そうですね。まさか、CN国が同国西部に面してるA国の飛地を譲り渡せと言うとは予想外でした」


 実力で敵わないA国はCN国に攻め込まれて割と早い段階で降伏した。


 過去に二度も非道な真似をしてくれたものだとCN国は激怒しており、A国はCN国の望む通りに飛地をCN国に割譲した。


 ついでに言えば、特別な事情がない限りA国人はCN国の土地を踏むことを禁止するという取り決めにも頷き、A国がパワーダウンしたことは誰の目から見ても明らかだった。


 A国が勝手に自滅してCN国が大きくなるのは構わないけれど、どの国にとってもフロンティア方面にバティンが逃げたという事実がいただけない。


 何故なら、フロンティアにはまだ未確認の”大災厄”がいるかもしれないからだ。


 仮に”大災厄”がいた場合、バティンがそれを倒して”邪神代行者”になってしまう可能性がある。


 ”大災厄”を倒すのがやっとの国にとって”邪神代行者”の誕生は絶望でしかないのである。


「フロンティアの出張所に現地の”大災厄”の情報は集まってないんですか?」


「残念ながら目撃情報はないそうです。現地入りしている中小クランからも情報をかき集めているらしいですが、今のところは成果なしです」


「”大災厄”がいないと決めるのはまだ早いですかね?」


「早いと思います。グラシャラボラスとロノウェが”大災厄”にもかかわらずひっそり力を溜め込んでいたならば、他に”大災厄”がいて冒険者に邪魔されないように潜伏しながら鍛えている可能性は高いでしょう」


「ですよねぇ。はぁ、胃が痛いです」


「胃薬要りますか? たくさんありますよ?」


 茂がどこから取り出したんだと思うぐらい様々な胃薬を一瞬にして用意したから、志保は苦笑するしかなかった。


「それは芹江さん専用の胃薬じゃないですか。後程、職人班に私専用の胃薬を用意してもらうことにします」


「それが良いと思いますよ」


 茂がとても良い笑顔で応じた。


 胃痛仲間の誕生は茂にとって好ましいからである。


 自分の苦しみをわかってもらえたならば、今後自分に胃痛を強いる案件が減って来るだろうとも思っている。


「芹江さん、今の状況を少しだけ楽しんでるでしょう?」


「いえいえ、そんなことは考えてませんよ。ようこそこちら側へとは思っていますが」


「モフモフが足りません。モフランドかモフリパークに行ってモフニウムを摂取しなくては」


「モフニウムなんて成分は存在しません。吉田さん、落ち着いて下さい」


 志保の口から出てはいけない言葉が出て来たため、茂は今回の案件が本当にヤバいことを再確認した。


「おっと、そろそろ視察の時間ですね」


「何を言ってるんですか吉田さん? この後は国際会議参加国のDMU本部長とWeb会議ですよ?」


「私にも会議中に膝の上に乗ってくれるモフモフが欲しいです! リル君みたいな子が良いです!」


「こいつは重症ですね・・・」


 茂は目の前の志保が精神的にかなりピンチであると悟り、スマホを取り出してとある番号に連絡する。


『もしもし、こちら赤星です。芹江さんからお電話なんて珍しいですけどどうされました?』


「お世話になってます。本部長の吉田が精神的にピンチでして、Web会議中におとなしく吉田の膝の上に乗っていられる従魔スタッフを派遣してもらえないかと思いまして」


『フロンティアにバティンが逃げた件ですね。わかりました。本来はそんなサービスはしておりませんが、モフランドのプラチナ会員である吉田本部長のためにアルミラージのアルルを派遣しましょう』


「本当ですか!? 助かります!」


『アルル到着まで30分ほどお待ち下さい。それでは』


 真奈が電話を切った。


「吉田さん、リルは流石に無理ですけどモフランドからアルルが来てくれるそうですよ? Web会議中は膝の上に乗ってくれるそうです」


「芹江さん、私は貴方ができる人だって信じてました!」


「この状況で言われたくないです!」


 とても嬉しそうな表情で自分を褒める志保に茂はツッコミを入れずにはいられなかった。


 頭の中がアルルでいっぱいになり、リラックスした志保を見てから茂は本部長室を出て自分の仕事部屋へと移動した。


 バティンの件について藍大に連絡しておかなければなるまいと考え、茂は藍大に連絡した。


 ところが、藍大のスマホが繋がらなかった。


「あいつ、今日は一体何やってるんだ? 地下神域とリゾートのどっちだ?」


 茂は仕方なく時間をおいて何度か電話をかけることに決めた。


 藍大に連絡が繋がったのは昼前のタイミングだった。


『すまん、何度か電話してたようだな』


「おう。今朝のニュースは見たか?」


『バティン、フロンティアに逃げたってよってニュース?』


「そんな映画のタイトルみたいな紹介される訳ないだろ。それで、藍大は電話に出ないで何やってたんだ?」


 藍大がボケたことを言うものだからツッコミを入れ、茂は彼がこれから話のできる状況か確かめた。


『何ってシャングリラリゾートの人手不足を解消してたんだ』


「ダンジョンで丁度良い従魔でもテイムしてたってことか」


『いや、違うぞ』


「え? ちょっと待った」


 茂はとても嫌な予感がした。


 その予感を裏付けるように自分の胃がどんどん痛くなっていく。


 今飲むべき胃薬を飲み込んでからスマホを手に取る。


「すまん、もう大丈夫だ。テイムじゃないってことは何をしてたんだ?」


『ドライザーにホムンクルス作ってもらってたんだ。料理ができるメイド型と見回り用の騎士型、係員的なスタッフ型の3種類で96体分な。全員護身術はできるし、三次覚醒した程度の冒険者じゃ簡単には倒せない強度にしてある』


「やだー、建国の準備してるじゃないですかー」


 茂は胃薬を追加した。


『建国なんてする気はないぞ? 伊邪那美様にもそう言われたけど』


「伊邪那美様にも建国すると思われてんじゃねーか。リゾートはいつからオープン予定なんだ?」


『別に商業目的じゃないからなぁ。とりあえず、ホムンクルスのテストでクランメンバーと孤児院の子供達は招待しようかな』


「芹江家は? ホムンクルスがどんなのか気になるんだけど」


『しょうがないな。招待してあげよう』


 胃が痛くなっても興味があるものをないとは言えない茂である。


「良かった。千春も衛もリゾートのことが気になってたから、帰って招待してもらえるって話したら喜んでもらえそうだ」


『ちゃんと家族サービスしてるじゃん』


「当たり前だ。まあ、藍大には負けるけど」


 大家族で従魔も含めてみんな甘えん坊の逢魔家と芹江家では家族サービスに入れる気合が違う。


 それを理解しての発言だった。


『家族サービスで勝ち負けを比べるのは止めとけ。家族のためにするはずが見栄を優先するようになるから』


「そうだな。すまん、失言だった。とまあリゾートの件は置いといて、さっきちょろっと口にしたバティンの件について話したい」


『バティンが”邪神代行者”になって手も足も出なくなったら手伝う。それ以前に手を出すと面倒だろ?』


「理解のある対応に感謝する。ただ、個人的にはそれもどうかと思う。はっきり言って中小クランじゃ”大災厄”でも勝てるか怪しい。今回のバティンはA国でパワーアップしてるしな」


『それなら近衛兵団の神田さんに協力を頼んでみたら? 彼女もそろそろ新しい二つ名が欲しいと思うし』


「そうするか。ありがとう。この後連絡してみる」


 茂は藍大にお礼を言って電話を切り、近衛兵団の神田睦美に連絡した。

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