第686話 まずは彼氏彼女の関係からお願いするニャ!

 シャングリラに帰還したパンドラはその足で102号室にやって来た。


 藍大に甘えやすいように九尾の白猫スタイルである。


「おかえり、パンドラ」


「ただいま」


 藍大が膝の上をポンポンと叩くと、パンドラが藍大の膝の上に飛び乗る。


 いつもはリルが座っている場所だけれど、今日は藍大がパンドラを労ってあげる約束なのでリルは気を遣ってリュカとルナと一緒に地下神域で遊んでいる。


「”大災厄”2体の討伐と未亜達のお守りは大変だったな」


「”大災厄”は弱かった。僕的には未亜と健太の世話をする方が疲れる」


 (未亜も健太もすごい。”大災厄”よりも苦労させられてるって断言されてる)


 戦闘力という点ではなく、2人の面倒を見てツッコむのは大変だと告げるパンドラの頭を藍大は優しく撫でた。


「宝箱を報酬に貰って来たんだろ? パンドラは何が欲しい?」


「う~ん、命の賛歌かな」


「あれ、前は要らないって言ってたのに気が変わったのか?」


「うん。僕は気づいたんだ。僕が三大欲求を手にしてそれを発散すればストレス解消になるって」


「そっか」


 パンドラが本当に疲れていたので藍大はミオが好きなマッサージを始めた。


 見た目が猫になっている今ならば、ミオと体の形が似ているから効果があると考えたのだ。


 その藍大の考えは当たっていたらしく、パンドラは気持ち良さそうに目を細めている。


「いつもすまないねぇ」


「それは言わないお約束だよ」


 藍大のボケはパンドラにとって未亜や健太のものとは違って心地良く感じるようだ。


 全く嫌そうにせずに応じているのだから間違いない。


 マッサージが終わった後、藍大はパンドラの要望に応える前に補足する。


「パンドラ、命の賛歌は宝箱からわざわざ出さずとも奈美さんに作ってもらったからストックがある。宝箱で何が欲しいかは別に考えてくれ」


「良いの?」


「勿論だ。命の賛歌は元々俺がパンドラに飲むかって訊いてたんだし」


「そうだったね」


 藍大は命の賛歌を収納リュックから取り出してパンドラに渡す。


「はい、おあがり」


「うん。いただきます」


 パンドラは後ろ足だけで立ち上がり、両前脚を上手く使って命の賛歌を飲み干した。


 それにより、パンドラの体が光に包まれてその中でパンドラに変化が生じる。


 光が収まった時にはパンドラが性別なしの状態から雄に変わっていた。


『おめでとうございます。逢魔藍大が性別のないモンスターを雄と雌それぞれに変化させました』


『報酬として月読尊の力が80%まで回復しました』


 (ゼルとパンドラで今回の報酬か。時間差だな)


 ゼルも最初は性別のないスライム系モンスターだったことを思い出し、藍大が今回のリザルトは時間差がかなりあったように感じた。


 その直後にパンドラの腹から可愛く空腹を告げる音がした。


「これが空腹?」


 パンドラが空腹という現象を実感して困っているのがおかしかったため、藍大は笑みを浮かべながらストックしていたフルーツタルトを取り出した。


 このフルーツタルトは地下神域で育てている果物をふんだんに使っており、食いしん坊ズも大好きな逸品である。


「食べてごらん。味は食いしん坊ズが保証してるぞ」


「いただきます」


 パンドラはフォークで一口分に切られたタルトを藍大に差し出されるとパクッと食べた。


「美味しい。もっとちょうだい」


「よしよし」


 パンドラは藍大に食べさせてもらうことでご機嫌なままフルーツタルトを完食した。


「美味しそうなものを食べてるね~」


「パパ、おやつたべたい」


「食べたい」


「食べたいのだ」


 いつの間にか舞と優月、ユノ、ブラドの姿があった。


 その後ろには他の家族もいた。


 全員がフルーツタルトの匂いに誘われてきたようだ。


「わかったわかった。おやつにしよう」


 これには家族全員にっこりである。


 おやつタイムに突入し、フルーツタルトはあっという間になくなった。


 おやつに夢中になっていたミオはおやつを食べ終えた時にパンドラを見てびっくりした。


「大変ニャ! パンドラが雄になってるニャ!」


「今更?」


「さっきはフルーツタルトで頭がいっぱいだったニャ! 食べ終わったらパンドラから雄の匂いがしてびっくりニャ!」


 ミオは確かに食いしん坊ズであり、先程までは目がフルーツタルトになっていた。


 フルーツタルトを食べたい欲求が満たされて落ち着いたことにより、冷静になった所でパンドラの違いに気づいた訳だ。


「まあ色々あって雄になったんだよ」


「ニャア゛ア゛ア゛!」


 (ミオさんや、もしかしてもしかするのか?)


 モンスター図鑑によると猫系モンスターの雌は普段発しないような高い声を出した時は発情期であると記されていた。


 ミオはそれからすぐにパンドラにダイブした。


 ミオに突撃されても困るのでパンドラは尻尾を駆使して優しくミオをキャッチした。


「危ないじゃないか」


「もう離さないのニャ! これを逃したら婚期が遅れるニャ!」


「え゛?」


 目がマジなミオを尻尾で捕まえたまま、パンドラは困惑した表情で藍大を見上げる。


「パンドラ、嫌なら嫌って言って良いぞ」


「別に嫌じゃないんだけど、雄になったばかりで押しかけられてもどうすれば良いか困る」


「まずは彼氏彼女の関係からお願いするニャ!」


「わかった。わかったから落ち着いて」


「ミーは落ち着いてるニャ!」


 (落ち着いてる場合、自分は落ち着いてるって宣言しないと思う)


 藍大は声に出したら野暮だと思って言わなかったが、ミオの発言に心の中でツッコんだ。


 その一方でリルがパンドラの肩をポンと叩いていた。


『パンドラもこっち側だね。一緒に頑張ろう』


「頑張る」


 パンドラは以前、スイッチが入ったリュカの相手をした翌日のリルを見たことがあり、リルの言葉の意味を知って安易にミオの彼氏になると答えたことを少しだけ後悔した。


 ミオのことは藍大に仕える従魔仲間だと思っているし、未亜や健太、麗奈のように自分の手を煩わせることがないからそこそこ気に入っている。


 それでも、まさか雄になった自分を見ていきなり発情するとは思っていなかったからミオの勢いに押されてしまったのだ。


『ちなみにご主人は僕よりも大変な夜を経験をしてるよ』


「・・・すごい」


 リルの言葉を聞いたパンドラは舞とサクラ、仲良しトリオを順番、見て心の底から藍大をすごいと思った。


 パンドラから尊敬の目を向けられた藍大は苦笑する。


「そういった部分で尊敬されても困る」


「何か起こりそうだったらアドバイスお願い。特に相手から迫られた時の躱し方とか」


「躱せてないんだよなぁ」


 藍大はいつも夜になると嫁5人の誰かしらに迫られている。


 その頻度が多いものからサクラ=舞>メロ>ゴルゴン=ゼルの順番だ。


 舞が”色欲の女帝”であるサクラと同率1位というのは意外かもしれないが、孤児だった舞は子供をいっぱい作りたいと思っているのでサクラ並みに藍大に迫っている。


 仲良しトリオの頻度は一緒かと思えば、実はメロがゴルゴンやゼルよりも夜は甘えん坊だったりする。


 そんな5人の猛攻を避けられたことがないから、パンドラが最も求めているアドバイスをするのは難しいと藍大が思うのも無理もない。


 この話題を続けてもパンドラのためにならないと判断し、藍大は別の話題をパンドラに振る。


「それはそれとして、パンドラは宝箱から何が欲しい? 命の賛歌はもう使ったから必要ないんだし、他に欲しい物はないか?」


「美味しい料理をもっと食べてみたい。だから、調理器具が良いな。それをプレゼントする」


「俺は嬉しいけど良いのか? 自分のために使って良いんだぞ?」


「食いしん坊ズみたいにいっぱいは食べられないだろうけど、僕もご主人の美味しい料理を色々食べたい」


 パンドラに引く気がないことは目を見れば明らかなので、藍大はパンドラの申し出を受け入れることにした。


「それなら美味い料理を作ってやるからな。今夜は何が良い?」


「チーズフォンデュが食べてみたい」


「わかった。それならフォンデュタワーが必要だな。サクラ、頼んで良い?」


「任せて」


 藍大は宝箱の話が出た時にサクラが近くに来ていたのを把握していたので、パンドラのリクエストを聞いたらすぐにサクラに頼んだ。


 サクラはいつものようにあっさりとミスリルフォンデュタワーを引き当てた。


『ご主人、今度チョコフォンデュもやりたい!』


「よしよし。愛い奴め。パンドラもチーズだけじゃなくてチョコもフォンデュしような」


「うん♪」


 今日のパンドラは夕食までずっとチーズフォンデュを楽しみにしていたためウキウキだった。

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