第685話 殺られたくないなら先に殺ってしまえば良いじゃないの

 ロノウェの死体を回収した直後に聞こえたのは犬らしき存在の遠吠えだ。


 未亜達が捜索と討伐を頼まれたグラシャボラスの可能性である可能性が高い。


 ただの雑魚モブモンスターだったとすれば、ロノウェを圧倒する敵を前に自分はここにいると遠吠えでアピールしたりしない。


 雑魚モブモンスターならば逃げ出すだろう。


 わざわざ自分の存在をアピールするのは仲間を呼ぶためとも考えられなくもないが、足を止めて遠吠えしている場合に捕まって倒されることを考えないはずがない。


 そこまで考えてパンドラは周囲を警戒する。


「グラシャボラスが近くにいるかもしれない。未亜と健太は周囲の警戒。アスタ、挑発しておびき寄せて」


「OK! 素敵な筋肉はお嫌いですか!?」


 モストマスキュラーを披露しながら<絶対注目アテンションプリーズ>を発動するアスタにより、接近していた何かの足音がどんどん未亜達に近づいて来る。


「アォォォォォン!」


 咆哮が聞こえて未亜達がその方向を見ると、鷲の翼を生やした赤みがかった黒色の野犬と呼ぶべき存在が木々を次々に蹴ってやって来た。


「あいつか」


 パンドラは接近する存在がグラシャラボラスだろうと判断し、<学者スカラー>の効果でそれを鑑定し始めた。



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名前:なし 種族:グラシャラボラス

性別:雄 Lv:90

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HP:2,200/2,200

MP:2,000/2,000

STR:1,800

VIT:1,600

DEX:2,000

AGI:2,200

INT:1,800

LUK:1,500

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称号:大災厄

   鉄の胃袋

   外道  

アビリティ:<死毒噛デスバイト><火炎爪フレイムネイル><剛力突撃メガトンブリッツ

      <恐怖領域フィアーフィールド><魅了闘気チャームオーラ

      <自動再生オートリジェネ><全半減ディバインオール

装備:なし

備考:られたくないなら先にってしまえば良いじゃないの

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 パンドラはアビリティ欄にある<死毒噛デスバイト>に注目した。


「敵はグラシャラボラスLv90。<死毒噛デスバイト>を使えるから注意して。喰らったら死に至る毒なんて嫌でしょ?」


「「了解!」」


 未亜と健太はパンドラの注意に頷いた。


「アォォォォォン!」


 グラシャラボラスは<恐怖領域フィアーフィールド>を発動して未亜達を恐慌状態に陥れようとした。


 しかし、それが間接的な攻撃と判定されてパンドラの<憂鬱メランコリー>が発動する。


「アォン!?」


 <全半減ディバインオール>があるのですぐに精神が弱ることはなかったが、グラシャラボラスの集中が途切れて<恐怖領域フィアーフィールド>は不発に終わった。


「Yes, yes, yes! Muscle is beautiful!」


 アスタはフロントダブルバイセップスからのアブドミナルアンドサイを披露し、グラシャラボラスがもっと集中できないように追い込む。


 イライラする気持ちが増してグラシャラボラスはアスタに<剛力突撃メガトンブリッツ>を仕掛けるが、それに対して未亜と健太が迎撃を開始する。


「ウチを忘れたらあかんで!」


「俺ものこともな!」


 未亜が魔力矢を分裂させるように放ち、健太が氷の槍を放てば軌道を修正できない状況にあったグラシャラボラスが大ダメージを負う。


「飛ばない犬に翼は要らないよね?」


 パンドラは射程圏内まで接近して<熔解刃メルトエッジ>を使い、グラシャラボラスの両翼を切断した。


 <自動再生オートリジェネ>でその翼が再生しようとするけれど、<熔解刃メルトエッジ>のせいで切断面から融けてしまうので再生が阻害される。


 翼を失ってバランスを崩したグラシャラボラスは転んでしまい、それにとどめを刺すようにアスタが<破壊圧潰デストロイプレス>でとどめを刺す。


「Oh, yeah!」


「デカいよ! 他が見えない!」


「背中にQRコード!」


 グラシャラボラスを地面と自身の体で挟んだアスタに対し、未亜と健太がコメントを残す。


 周囲に後続の敵がいないことを把握した後、パンドラが大きく息を吐いた。


「やれやれ」


 パンドラのジト目が未亜と健太に向けられ、それに気づいた2人は尻尾ビンタを恐れて悪ノリを止めた。


 アスタが立ち上がるとグラシャラボラスが地面に埋まっていた。


 アスタの<破壊圧潰デストロイプレス>のせいでグラシャラボラスがミンチになるよりは良いだろう。


 パンドラは既に翼を<保管庫ストレージ>に収納していたため、地面に埋まっていたグラシャラボラスを発掘と解体を済ませてから同じく収納した。


 グラシャラボラスの魔石はアスタに与えられ、アスタの<剛力投擲メガトンスロー>が<破壊投擲デストロイスロー>に上書きされた。


 アスタのパワーアップが済んでしまえば、未亜達の依頼は報告を残すのみである。


「それにしても変だよな?」


「何が変なんや?」


 健太が突然変だと言い出したので未亜がそう思う理由を説明しろと促した。


「だってよぉ、フロンティアの旧C半島国部分はもう9割近くダンジョンを潰したんだろ? それなのにモンスターが外にいるっておかしいじゃんか」


「そう言われてみればそうやな。ダンジョンを潰した後に自分達の領地のことを考えるんなら、まずはスタンピードで外に出てしもうたモンスターを倒して安全を確保するべきや。なのに”大災厄”が2体も現れるなんておかしいわなぁ」


「中小クランが間抜けで旧C半島国部分のダンジョン踏破を優先して北上したんじゃない? そのせいでスタンピードで外に出たは良いけど取り残された連中が南下したんだ。捕えた連中が結果的にモンスタートレインもしてる訳だし、真相を解明したら色々酷い事実がわかりそうだね」


 DMUがこの後真相解明のために調査をするのだが、パンドラの言い分は間違っていなかった。


 中小クランは少しでも資源の豊かな土地を手に入れようと自分達の領地を増やすことだけを優先していた。


 そのせいで手に入れた土地に残っているモンスターが放置されてしまい、旧C国エリアから南下して来たモンスターも遭遇しなければスルーしていたのだ。


 とりあえず、ツッコミどころばかりなフロンティアの現状の話を中断して未亜達はDMU出張所に戻った。


 未亜が政宗に討伐の証明として倒したグラシャラボラスの写真と解体したそれの一部を見せ、政宗は宝箱を未亜に渡した。


「そうや、兄さん。悪いニュースがあるんだけど聞いてくれるか?」


「悪いニュース? なんでしょうか」


「グラシャボラスを倒す前にな、ロノウェっちゅう”大災厄”にも遭遇したんよ。ほれ、これが写真や」


「えっ、嘘やろ?」


「嘘やないで。ゴブリンに変身する”大災厄”ってのは初めて見たんで驚いたわ」


「そんなんありかい」


 悪いニュースが自分の想定していたものよりも悪いものだったため、政宗は他の職員の前でも関西弁になってしまった。


「嘘ちゃうで。この写真が証拠や。時間もさっき見せたグラシャラボラスを撮った時よりちょっと前やろ?」


「・・・オホン。一体フロンティアの管理はどうなってるんでしょうか。失礼、芹江部長に聞いてみます」


 政宗は咳払いして口調を整えてから茂に連絡した。


 茂もまさか”大災厄”が2体もDMU出張所からそこまで離れてない場所に潜んでいるとは思っていなかったため、政宗に至急旧C半島国部分の調査をするよう命じた。


 特に中小クランがダンジョンを踏破して手に入れた領地をどうしているか調べるようにと言われ、DMU出張所の職員がこれから必死に調査するのは間違いなくなった。


 電話を終えた政宗が自分達に対して何か言おうとしたのを察すると、パンドラが言わせないと先手を打つ。


「僕達はもう帰るからね。もう用事は済んでるんだし」


「あっ、はい」


 政宗は自分でも甘えているとわかっているが、やはり戦力となる未亜達に帰ってほしくなかった。


 それでもパンドラに釘を刺されて何も言えなくなってしまった。


 未亜と健太も流石にこうも”大災厄”と連戦させられると面倒に感じており、早くシャングリラに帰りたいと思ってパンドラの言い分にそうだそうだと頷いた。


 何か正当な理由で帰らないでもらえる方法はないかと考えたが、残念ながらその場では思いつかずに未亜達は来客用の部屋へ移動した。


 結局、政宗以下DMU出張所の職員達は未亜達を引き留める口実を見つけられなかったから、未亜達は翌日に高速艦黄昏に乗って帰った。

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