第681話 とりあえず天誅や!

 2階のフロアボスを倒した後、政宗がこのまま3階に行くのは厳しいと言ったのでK1ダンジョンから脱出した。


 政宗は明日から未亜達のヘルプなしでK1ダンジョンに挑まなければと思っていたが、そんなことを考えている余裕はなさそうだ。


 何故なら、K1ダンジョンのすぐ近くにあるDMU出張所に慌ただしく人が出入りしているからである。


 知っている職員が偶々近くを通ったので、政宗はその職員に声をかけた。


「慌ただしいですね。一体何があったんですか?」


「旧C国の部族がモンスターと戦闘しながらこの拠点の北部に接近して来てるらしいです。私は運搬があるので失礼します」


 身内ではない職場の相手に対して関西弁は使わないから、未亜達が先程までとの違いに違和感を覚えたがそれはひとまず置いておこう。


 声をかけた職員は指示を受けていたらしく、状況は簡潔に説明したらその場から離れて行った。


「兄さん、出張所に司令塔的な存在はおらんの?」


「探索班が来てるからそこの班長が所長なんやけど、俺の記憶だと所長は一旦日本に戻ってるはずや。そうなると俺かもしれんな」


「えっ、兄さんってDMUでそんなに偉かったん?」


「今回の出向が決まった時に所長代理に昇進したんや。第二課だと課長の下の次長やで」


「嘘やろ? こんな頼りない司令塔アカンで」


 未亜は政宗の保有戦力で司令塔では部下を牽引できないと判断した。


 その考え方はあくまで冒険者のクランのものであり、デスクワークを含めた仕事の遂行能力も評価対象のDMUの職員のものとは異なる。


「うっさいわ。とりあえず、出張所の中に入ってもっと詳しい情報を集めないといかんな」


 政宗に連れられて未亜達もDMU出張所に入った。


 出張所内はかなりバタバタしていた。


 未亜達が会議室に入るとそこで指揮を執っていたらしい職員が政宗を見て助かったという表情になった。


「天門所長代理、ダンジョンから戻られたんですね! 良かったです!」


「松永さん、指揮を執ってくれていたようですね。状況を教えて下さい」


「はい!」


 松永と呼ばれた職員が今わかっている範囲で情報を政宗に伝えた。


 K1ダンジョンの外で聞いた情報に加え、急いで対応しなければならない事項が2つあった。


 1つ目は拠点付近に滞在している冒険者クランへの支援要請だ。


 こちらは掲示板を通じてすぐに連絡が取れたため、滞在中の冒険者達を拠点北部に集めている最中である。


 ただし、残念ながら現在この拠点にいる冒険者の数は少なく、旧C国の部族とモンスターの両方を相手取るには不安があった。


 中小クランでも力のあるクランは拠点から少しずつ離れたダンジョンを攻略しに出ており、今残っているのは遠征帰りで休養中もしくは拠点付近のダンジョンで探索する者達だ。


 そうなると相手の実力次第では不安が残るのは当然だろう。


 2つ目は物資の確保である。


 未亜達が乗って来た東雲で運んで来た物資を奪われないようにするだけでなく、日本に輸送する目的で拠点に集められた資源を奪われないようにしなければならない。


 先程未亜達と遭遇した職員はこの業務のために急いでいたようだ。


 そこに拠点北部からの通信が入った。


『こちら拠点北部の見張り台です。目視できた情報を報告します。旧C国の部族は3人に対し、モンスター側はアダマントサイクロプスを中心とした群れです。3人の方が劣勢でこの拠点の戦力を当てにして巻き込もうと近付いています!』


 報告を会議室で聞いていた”楽園の守り人”組は会議室の隅でひそひそと話していた。


「未亜、アダマントサイクロプスって硬いと思う?」


「いや、スフィンクスの方が絶対硬いやろ。攻撃の通らなさの面でやけど」


「だよなぁ」


「こーいう話聞くとシャングリラの中と外でギャップを感じるなぁ」


 健太と未亜の話を聞いてパンドラが意見を述べる。


「報酬次第では協力してあげれば?」


「そうだな」


「せやな」


 パンドラの意見に健太と未亜が同意したため、”楽園の守り人”組の方針は決まった。


 未亜は職員からの通信が終わった後に政宗に声をかける。


「兄さん、ちゃんと報酬貰えるならアダマントサイクロプスをなんとかしてもええで」


「アダマントダマスカス丸ごとと倒したモンスターでどうです?」


 他の職員もいる手前、政宗は標準語かつですます調で応じた。


「あんまり報酬を求め過ぎると協力してる冒険者達への報酬がなくなる。これぐらいで手を打ったら?」


「そうしよか。ほな、兄さん、ちょっと行って来るわ。旧C国人はそっちでなんとかするんやで?」


「わかりました。よろしくお願いします」


 パンドラの許可が下りたため、未亜達は政宗の提示した報酬でアダマントサイクロプスを倒すべくDMU出張所を出た。


 パンドラが<形態変化シェイプシフト>でクエレブレの姿に変身し、未亜達をその背中に乗せて拠点北部まであっという間に移動した。


 上空から見下ろしてみると、確かに民族衣装を着た3人がアダマントサイクロプス率いるモンスターの群れと戦っていた。


「あー、ありゃ巻き込む気満々やな」


「だな。俺達の方をチラッと見て逃げるタイミングを窺ってるぜ」


「とりあえず天誅や!」


 未亜はクエレブレブレスから魔力矢を放つ。


 分散させずにMPを込めて1本の矢に圧縮すれば、体表がアダマンタイトでコーティングされていても関係ない。


 未亜の放った魔力矢によって体を貫かれ、アダマントサイクロプスはその場に倒れた。


 巨体のアダマントサイクロプスが倒れれば、近くにいたモンスターを巻き込むのは当然だ。


 二次被害によって倒したモンスターの死体までが未亜が一撃で獲得した報酬である。


「しまった! 俺の出番がない!」


「筋肉ぅぅぅ!」


 健太がしまったと叫べば同じく出番を失ってしまったアスタが悲しそうに筋肉と叫んだ。


 アダマントサイクロプスに率いられ、二次被害に巻き込まれなかったモンスター達は司令塔を失ってパニックに陥ったまま散り散りになる。


 それを見れば拠点の北部で待機していた日本の冒険者達が慌てる。


「不味い! 俺達の報酬がなくなる!」


「野郎共、お残しは許さへんで!」


「良いモンスターは倒れたモンスターだけだぁ!」


「悪いモンスターはいねえがぁ!?」


「功績功績ぃぃぃ!」


 各々が好き勝手に叫びながら残党狩りを始めた。


 そんな中、パンドラは着陸して元の姿に戻るとすぐ傍にある木を見上げた。


「パンドラ、そこに何があるんや?」


「政宗へのお土産」


 そう言ったパンドラの視線の先には微動だにしない3人組の姿があった。


「こんな所に隠れとったんかい!」


「隠れてやり過ごそうとしたのを見つけて僕が動きを封じといた。その方が捕まえるのも楽でしょ?」


「「さすパン!」」


 パンドラが拠点に迷惑をかけそうな3人組にいつの間にか<停止ストップ>を発動していたと知り、未亜も健太もパンドラを称えた。


 パンドラは少しだけドヤ顔になった後、<形態変化シェイプシフト>で尻尾だけ網に変化させて3人組を地面に降ろす。


「戦利品としてこの人達も持って帰ろうか」


「かわいそうに戦利品扱いされてることも時間を止められとるからわからないんやで」


「いやいや、自分達がそんな扱いをされたって気づかずに敵の拠点にドナドナされるんだから、自分達をかわいそうとか思う前に<停止ストップ>を解かれた瞬間にビビるだろ」


「どうだって良いよそんなこと。ほら、早く解体して回収するよ」


「合点承知!」


「かしこまり!」


 パンドラに声をかけられれば2人は無駄口を叩いている場合ではないと解体と回収作業に移る。


 倒した後でパンドラが調べたところ、アダマントサイクロプスはLv75でダマスカスライノよりもレベルが高かった。


 ダマスカスライノの魔石は欲しがらなかったアスタだったが、アダマントサイクロプスの魔石は欲しがったため、順番に従ってその魔石はアスタに与えられた。


 その結果、アスタの<剛力圧潰メガトンプレス>が<破壊圧潰デストロイプレス>に強化された。


「筋肉が漲る! 漲るぞ!」


「デカい! アスタ、冷蔵庫!」


「ちょっと何言ってるかわからへんわ」


 ポージングするアスタに健太が声援を送るが、未亜はその掛け声がピンと来なくて首を傾げた。


 それはそれとして、未亜達が今回の騒動の発端である3人組をDMU出張所に連れ帰ると政宗達職員が愕然とするのだった。

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