第679話 パンドラさんご機嫌じゃないですか

 東雲が到着してフロンティアに滞在しているDMUの職員が積荷を下ろしている間、未亜達は政宗の新しい職場を見学することにした。


 東雲はしばらくフロンティアで停泊することになっており、東雲の代わりに日本に向かうもう一つの高速艦黄昏は明日の出発だからまだ時間はあるからだ。


 艦内で出発までの時間を過ごしても構わないけれど、折角ここまで来たのだからついでに兄の新しい職場でも見ようということになった訳である。


「へぇ、内装はもうできとるんやな」


「そらまあ俺が赴任する前からモフモフ喫茶の開店計画は進んでた訳やし」


「ちゅうことは早く従魔スタッフを揃えないとあかんとちゃうか?」


「せやねん。俺もエンリも船旅で楽させてもろたし、このままDMUが確保しとるダンジョンを掌握しに行こうかと思う」


 政宗とエンリは海で戦わなかったのでまだ体力が有り余っている。


 だからこそ、DMUが事実上管理しているダンジョンにいる”ダンジョンマスター”をできるならばテイムし、それが難しいようなら倒して自分の従魔を”ダンジョンマスター”にするつもりだ。


「ウチのパーティーもついてくわ。国外のダンジョンも久し振りに行ってみたいし。ええやろ?」


「来てくれるんは歓迎するけど、その分の報酬は俺の権限じゃ出せへんで?」


「問題ないで。ダンジョン探索のルールに則って、戦利品は倒したもん勝ちなら十分稼げるから」


「父さん、母さん、未亜は目を離した隙にかなり強かになっとったで」


 政宗が遠い目をしながらそう言うが、未亜は焦ったり恥ずかしがることもなくスルーした。


 フロンティアの港付近にあるダンジョンは便宜上K1ダンジョンと呼ばれている。


 その理由を未亜達はダンジョン内に入って理解した。


 ダンジョンの内装がリングのあるスポーツジムのようになっていた。


「「「・・・「「ウホッ」」・・・」」」


「Lv35~40のバトルコングの群れ。物理攻撃が得意」


「アスタさん、筋肉の使い方をわからせちゃって下さい」


「OKマッスル!」


 アスタはポージングを決めてから接近して来たバトルコングの1体の頭を掴み、<剛力投擲メガトンスロー>で他の個体にぶつける。


 それが何度か繰り返された後、<剛力圧潰メガトンプレス>で最後の個体にとどめを刺せば戦闘は終わりだ。


「アスタグッジョブ! このダンジョンなら格闘技だよな!」


「ムッ筋!」


 健太に声をかけられてアスタは次々にポーズを決めていく。


 K1ダンジョンならば肉弾戦をするべきと考えたのだろうが、なんとも暑苦しい考え方である。


 パンドラがツッコまずにバトルコングの死体を回収している間に政宗とエンリが固まっていた状態から復活した。


「エンリ、このままだと不味いぞ」


「うん。獲物、いなくなる」


 政宗とエンリは次から自分達も率先して参戦せねばと気を引き締めた。


 バトルコングの群れを倒した後はLv35~40のマッドゴーレムやバトルマトンLv40が出現し、これらの戦いではエンリも活躍するシーンが度々あった。


 雑魚モブモンスターを倒して進むのを繰り返すと、前方にあるリングの上に待ち構える者がいた。


「ブヒィ」


「すげえ、オークがレスラーのマスク被ってる」


「マスクドオークLv45。武器使用なし」


 健太が感心しているところにパンドラが鑑定結果を述べた。


「ここは俺とエンリにやらせてくれへんか?」


「私、戦う」


「ええんちゃうか? なあ?」


 未亜が他のパーティーメンバーに訊ねると全員頷いた。


 特にマスクドオークと戦いたい訳ではないからエンリに譲ることに賛成したのだ。


 エンリがリングに上がるとマスクドオークは目をハートにした。


「ブヒィ♡」


「キモい、ダサい、汗臭い」


「ブヒィ!?」


 エンリの口撃が精神的なダメージを与えた。


 その隙に接近して<炎上正拳ブレイズストレート>をマスクドオークの鳩尾にかませば、マスクドオークはその場に蹲った。


 威力不足なせいで吹き飛ばすことはできなかったが、それでも蹲って苦しむぐらいにはダメージを与えられたようだ。


「汚物、焼却」


 続けてエンリは<火手玉ファイアジャグリング>で火の球を5つ創り出してジャグリングし、威力をつけてからマスクドオークに当てた。


 立ち上がれずにいたマスクドオークはそのまま攻撃を受けてしまい、HPを全損して倒れた。


「「おぉ~」」


 初めて見るアビリティでとどめを刺したエンリに未亜と健太は拍手した。


 大道芸みたいなアビリティだが、それでもちゃんとダメージを与えられているので戦闘を馬鹿にしているのかとコメントすることはない。


 そもそも、見様見真似のドラゴンブレスなどと言って火吹きをやってみせるパーティーメンバーが要る時点でその辺りに対する基準は他よりもかなり緩い。


 焦げ付いたマスクドオークは政宗がDMUから支給された収納袋に回収し、未亜達はリングの先へと進む。


 何度か戦闘を行っていると、パンドラが壁際にあるロッカーに近づく。


「パンドラ、どうしたんや?」


「多分何かがこの中にある」


 そう言ってパンドラが開けたが、何も見当たらなかった。


「パンドラ、ウチには何もないように思うんやけど・・・」


「まだ終わってないから黙って見てて」


 パンドラは予想を外した訳ではないと<熔解刃メルトエッジ>で一見して何もない空間を突き刺す。


 その結果、ドロッとした音がしたのと同時板状の物体が熔けて外に流れ出る。


 板状の物体の奥には丸底フラスコがあり、その中には濃い藍色の丸薬が入っていた。


「ホンマや! ホンマに何かあった!」


「さすパン!」


 パンドラが言った通りロッカーから丸薬が出て来たので未亜と健太は驚いた。


 <学者スカラー>で丸薬の正体を調べると、パンドラはロッカーからそれを取り出して丸薬を飲み込んだ。


「えっ!? ちょっ!?」


「パンドラさん!? 飲んじゃって良いのこれ!?」


 未亜と健太はパンドラの行動に慌てたが、パンドラは全く慌てることなく光に包み込まれた。


 光が収まった後も特に自身の体に異変がないのを目で確認してもらった後、パンドラは丸薬の正体について説明し始める。


「僕が今飲んだ丸薬は真価の丸薬。飲んだ者の眠れる力を引き出す丸薬だよ。僕が見つけたんだから僕が飲んでも良いでしょ?」


「そりゃ勿論ええで」


「羨ましいけどパンドラが見つけたんだから文句なしだ」


 パンドラは未亜達から聞きたい言葉を聞いた後、パンドラは自身のステータスを確認した。



-----------------------------------------

名前:パンドラ 種族:ニャインテイル

性別:なし Lv:100

-----------------------------------------

HP:3,000/3,000

MP:3,000/3,000

STR:2,600

VIT:2,800

DEX:3,100

AGI:2,800

INT:3,000

LUK:2,900

-----------------------------------------

称号:藍大の従魔

   憂鬱な執事

   英雄

二つ名:魔神の白執事

アビリティ:<負呪破裂ネガティブバースト><憂鬱メランコリー><保管庫ストレージ

      <形状変化シェイプシフト><停止ストップ><熔解刃メルトエッジ

      <学者スカラー><全耐性レジストオール

装備:なし

備考:ご機嫌

-----------------------------------------



 パンドラは真価の丸薬を飲み込んだことにより、”セバスチャン”の称号が”憂鬱な執事”に変わった。


 それに伴って<倍々地獄レイズヘル>と<敵意反射ヘイトリフレクション>が<憂鬱メランコリー>に統合された。


 <憂鬱メランコリー>はパッシブアビリティであり、パンドラを攻撃しようとすると憂鬱になる効果がある。


 憂鬱な気分を無視してパンドラに攻撃すると、それが命中するか否かを問わず攻撃した者の恐れるものが視界に広がる幻術が発動して精神的に弱らせる。


 幻覚が効いている間は五感が正常に機能しなくなるというおまけ効果も含めてかなり凶悪なアビリティと言えよう。


 ちなみに、空いたアビリティ枠には<全耐性レジストオール>が追加されている。


「帰って報告したら褒めてもらおう」


「パンドラ~、どんな風に強化されたんや? 教えてほしいわぁ」


「俺も知りたい」


「秘密♪」


「パ、パンドラがご機嫌やと・・・」


「パンドラさんご機嫌じゃないですか」


 パンドラは帰宅した時に藍大に褒めてもらえると確信してご機嫌だった。


 その後、政宗とエンリがボス部屋でマスクドオーガLv50を倒し、未亜達は2階へと進んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る