第678話 総員、第一種戦闘配置!

 9月7日の土曜日、フロンティア支部行きの高速艦東雲の上には天門政宗とエンリの姿があった。


 日本での準備を終えて政宗とエンリはフロンティアにモフモフ喫茶を開店するために移動しているのだ。


 エンリは1日にテイムされてから、政宗と道場ダンジョンで鍛えたことによりヒートエイプからヒートモンクに進化した。


 Lv50まで育てて特殊進化したエンリは紫色の道着を着た猿の幼女獣人と言った見た目になっている。


 ここでも雌従魔の人化=幼女爆誕の法則は適用されていたらしい。


 甲板で海を眺めている政宗とエンリを探して未亜がパンドラを肩に乗せてやって来た。


「兄さんが幼女を連れてるのってウケるわぁ」


「うっさいわ。俺だって別に狙ってこんなことしとらんわ」


 未亜の兄ということは政宗も関西出身であり、職場では標準語で喋っていても家族だけではなす時はうっかり関西弁で喋ってしまう。


 未亜がここにいるのは政宗をフロンティアまで護衛するためだ。


 政宗が未亜に護衛を頼み、未亜が藍大から許可を得て健太とパンドラ、アスタを連れて来た。


 未亜の肩には九尾の白猫姿のパンドラがおり、艦内では健太とアスタが手の空いた乗組員と一緒にボディビル選手権で楽しんでいる。


「今までの経緯を考えてみろや。クランマスターに力を借りて雌のモンスターをテイムしたら基本的に幼女化は避けて通れんわ。そないなことも調べんかったんか?」


「俺は雄雌拘りはなかったんや。ちゅうか、ブラドさんが呼び出すのに雄も雌も指定できないんならしゃあないやろ」


 未亜と政宗の言い合いを今まで黙って聞いていたエンリが政宗の服を引っ張る。


「幼女、違う。私、マスター、嫁」


「おまわりさんこいつです!」


「そこまでにしとこうか」


「へぶっ!?」


 いつツッコんでやろうかとタイミングを計っていたパンドラが未亜に尻尾ビンタでお仕置きした。


「従魔の成長を馬鹿にするのは良くない。おわかり?」


「すびばぜんでじだ」


「よろしい」


 尻尾ビンタで恐怖を叩きこまれている未亜は土下座でパンドラに謝った。


 その姿を見てエンリはざまあと言いたげな笑みを浮かべ、政宗はパンドラに土下座している未亜に何やってるんだこいつという視線を向けた。


 政宗は主人の方が従魔より偉いと思っている訳ではない。


 主人と従魔は協力し合う対等の関係だと思っているのだが、完全にパンドラの方が立場は上だとわかって妹はどうしたらこんなことになるのだろうと不思議に思ったのだ。


 そんなことをしている内に日本の領海を抜けて伊邪那美と伊邪那岐の結界の外に出た。


 その直後に東雲の進行方向に水柱が発生し、青い鮫の見た目をしたブルーマーダーの群れが水柱付近に現れる。


『総員、第一種戦闘配置!』


 艦内放送が聞こえた時、土下座していた未亜がすぐさま立ち上がってクエレブレブレスを構える。


「パンドラ、回収は任せてええな?」


「当然。ちゃっちゃとやっちゃって」


「ほいさ!」


 未亜は闇属性の魔力矢でブルーマーダーを射抜いてみせた。


 矢を分裂させたこともあって一射にて敵を掃討したのだ。


 海上に浮かんでいるブルーマーダーの死体は<形状変化シェイプシフト>で尻尾を網に変えたパンドラが回収し、そのまま<保管庫ストレージ>でしまい込んだ。


 甲板に乗組員であるDMUの探索班のメンバーが来た時には戦闘は既に終わっていたのである。


 先程のツッコミどころしかない姿からは想像もつかない未亜の強さに政宗は驚いた。


「未亜って本当に強かったんやな」


「ちょ、コラ、兄さん。ウチのこと馬鹿にしとったんか?」


「さっきまでの姿を見て何処に強さを感じ取れっちゅう話やけど?」


「これは未亜のお兄さんが正しい」


「パンドラ!?」


 政宗の指摘にパンドラが頷くと未亜はそんなぁと肩を落とした。


 ”楽園の守り人”に所属できる以上、未亜が強いのは間違いない。


 間違いないのだが日頃の言動のせいで強さを感じられないのは未亜の自業自得である。


「なんだ、女与一と魔神の白執事が甲板にいたのか」


「それなら俺達に出番はないな」


「早く戻ってアスタさんのボディビルを見ようぜ」


 甲板に出て来た探索班のメンバーはあっさりとブルーマーダーが倒された原因を知って艦内に戻って行った。


 ボディビルショーを優先して良いのかとツッコみたくなるが、未亜とパンドラがいる時点でそれ以上の人員は不要なのは間違いない。


「マスター、妹、強い。どうして?」


「ん? ウチがなんで強いのかっちゅうことか?」


 いつの間にかエンリが未亜に近づいて来て質問していた。


 エンリは人語を喋れるようになったばかりで片言だから、未亜は質問の内容を正確に把握するべく訊き返した。


「うん」


「せやなぁ、さっき倒した鮫なんかよりもずっと強いモンスターの出るダンジョンに潜っとるからやで」


「道場?」


「道場ダンジョンのモンスターなんて鼻で笑えるぐらいには強いで」


「マスター、そこ、行きたい」


 未亜の話を聞いてエンリはシャングリラダンジョンに興味を持ったようだ。


 エンリの願いとはいえ、シャングリラダンジョンに入れるのは基本的に”楽園の守り人”のメンバーのみなので政宗は苦笑する。


「そら難しいと思うで。シャングリラダンジョンはDMUの職員でも入れへんから」


「残念・・・。私、強くなる、大きくなる。マスター、嫁」


 エンリは強く大きくなって政宗の嫁になりたいらしい。


 その気持ちが本気だとわかれば未亜も茶化したりしない。


 スマホを取り出して2枚の写真を見せる。


「エンリ、この2枚の写真をよく見るんや」


「女の子、美人」


「この2人は同一人物やで。サクラっちゅうんや。何度か進化したら1枚目から2枚目の美女になったんや。しかも、ウチのクランマスターの嫁にもなっとるで」


「すごい!」


 未亜が見せたのはバンシーだった頃のサクラと今のサクラの写真だ。


 サクラの写真を見てエンリは希望を見つけたとテンションが上がった。


「進化で大きくなるのも間違いないんやが、サクラは強いモンスターの魔石をいっぱいクランマスターにもろておおきくなったんや。おっぱいもデカなったのを見た時は嘘やろって叫んだけどなぁ」


「マスター、おっぱい、大きい、好き?」


 未亜の話を聞いたエンリはくるりと振り返って政宗に訊ねる。


 これには政宗もどう答えたら良いか反応に困った。


 いくらこの場に身内やそれに近い立場の者しかいないとしても、幼女エンリに自分の好みの女性の体型を伝えて良いものかと悩むのは当然だろう。


 回答に困る政宗に対して未亜はニヤリと笑みを浮かべて口を開く。


「兄さんは巨乳好きやで。ついでに言えばロリ巨乳派やな。実家の兄さんの部屋で宝探しした時に見つけたのはどれもそのジャンルやった」


「ちょ待てや! お前そんなこと俺の部屋でしとったんか!?」


「いやぁ、兄さんは隠し方が甘いで。勉強机の引き出しに隠し収納スペースを自作しとったのをウチは知っとったからなぁ」


「ぐはぁ・・・」


 完全に隠し場所がバレていると悟って政宗は膝から崩れ落ちた。


 そのタイミングでボディービルショーを終えたアスタと共に健太が甲板に出て来た。


「ふぅ、盛り上がったぜ。ってお義兄さん!? 未亜、何があったんだ!?」


「ちょいと兄さんのエロ本の隠し場所と性癖をエンリに暴露しただけやで」


「控えめに言って悪魔じゃね?」


「そうか? まだまだエンリに伝えたいことはあるんやで? 兄さんが付き合ってた元カノの呼び方とか、どんなプレイが好みかとか」


「未亜さん、もう止めて差し上げて!」


「HA☆NA☆SE!」


「とっくにお義兄さんのライフは0だよ! もう勝負はついてるだろ!」


「いい加減にしようね」


「へぶっ!?」


 パンドラの尻尾ビンタで未亜が再びお仕置きされた。


 いくら兄妹でもいじり過ぎは良くない。


 というよりも、未亜だって腐女子なのだから人に見られたくない禁書を隠してはパンドラに暴かれている。


 事情を知るパンドラが暴露すれば生ける屍が2つになるのは時間の問題だ。


 ちなみに、健太はデジタル派であり結婚した時にそれらのデータを全て消しているから探られても問題なかったりする。


 エンリはマスターとその妹がダウンしてしまったため、この場においてもっとも強そうなパンドラに話しかけた。


「マスターの一番、なる、方法、教えて」


「それは僕が訊きたいな」


 エンリの質問はパンドラにも刺さるものであり、この後健太がパンドラを宥めるという珍しい光景が広がった。


 その後も何度かモンスターによる襲撃はあったが、健太とアスタがすぐに片付けたため東雲はフロンティアに到着した。

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