第676話 フロンティアって何?
真奈とガルフが帰った後も茂はリビングに残っていた。
茂はホッとして短く息を吐き出した。
「真奈さんがおとなしく引いてくれて助かった」
「そうだな。まあ、今回のは誰もやらないなら自分がやるって感じだったけど」
「そうらしいな。ひとまず、DMUの出張所にモフモフ喫茶を開店する計画を進めさせてもらおう。藍大、転職させたい職員は月見商店街で時間を潰させてるからここに呼んでも良いか?」
「ここに呼ぶよりも道場ダンジョンに来てもらった方が良くないか? どうせこの後パートナーの従魔をテイムしなきゃいけないだろうし」
「なるほど。それもそうだな。連絡しとく」
そう言って茂はその職員に連絡して道場ダンジョンに来るよう指示を出した。
その後、藍大達はブラドも連れて道場ダンジョンに向かった。
道場ダンジョンで藍大達が待っていると、スーツを着た男性がやって来た。
その男性の顔に藍大はなんとなく既視感があった。
「こんにちは。DMUビジネスコーディネーション部第二課の天門政宗と申します。以前、妹の結婚式でお会いしたことがあるのですが、覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「やっぱり政宗さんでしたか。以前はDMU所属じゃなかったと思うんだけど転職したんですか?」
「はい。”楽園の守り人”が有名になるにつれて私を取り込んで何か企む者も出てきましたので、DMUに行けばそういった連中を黙らせることができると思って転職しました」
「俺達のせいでそんなことになってたとは申し訳ないです」
「いえいえ。悪いのは頭の悪い連中であって逢魔さんではありません。それに、生活能力皆無で他のクランでは絶対に馴染めない妹を今も見捨てずに受け入れて下さってるんですから、感謝こそすれど恨むことなんて絶対にありません」
旧C半島国に出向く職員とは未亜の兄である政宗だった。
藍大は健太と未亜の結婚式の際に政宗と一度会ったことがあり、政宗に既視感を抱いたのはそれが理由である。
政宗と未亜の兄妹仲は健太と青空瀬奈の関係に比べれば良好だ。
もっとも、政宗と未亜も頻繁に近況報告をするような仲でもなかったから、政宗がDMUに転職していることを藍大は知らなかったのだが。
「そう言ってもらえると助かります。政宗さんは旧C半島国に行きたかったんですか? 正直、旧C半島国は日本と比べてかなり危険だと思いますが」
「今の仕事では中小クランの人達を相手としており、彼等がフロンティアで頑張ってるのを見て自分も現地でサポートしたいと思うようになりました。ですので、フロンティアへの出向は自ら手を挙げました」
「フロンティアって何?」
「すまん、DMUでは旧C半島国と旧C国をまとめてフロンティアって呼んでるんだ。いつまでも旧〇国って呼び続けるのも変だと思ってな」
「なるほど。それなら俺も今度からそう呼ぶわ。ってことは、シャングリラリゾートはフロンティアの中にあるってことだな」
政宗がうっかり社内用語を使っていたものだから、英語の意味でなんとなくニュアンスは察していても藍大は茂に確認した。
言葉の使い方が正しいか確かめるように最後に一言付け加えてみれば、茂はその通りだと頷いた。
「さて、そろそろダンジョンの中に入ろうぜ。外にいると目立つから」
「そうだな。行こう」
茂に言われて藍大達は道場ダンジョンの最上階へと移動した。
最上階に移動して最初に行うのは政宗の転職だ。
藍大はストックしておいた転職の丸薬(調教士)を取り出して政宗に渡す。
「政宗さん、どうぞ」
「ありがとうございます。それにしても、転職の丸薬(調教士)がサラッと出て来るなんて恐ろしいですね」
「天門さん、余計なことは言わないでさっさと転職しちゃって下さい」
「失礼しました。では、いただきます」
政宗は茂よりも”楽園の守り人”に関する情報を持っていない。
それは立場上当然のことなので、茂は政宗が余計なことを言って藍大達がボロを出さないように阻止した。
政宗も自分が余計なことを知って面倒事に巻き込まれたくなかったため、謝ってから転職の丸薬(調教士)を服用して調教士に転職した。
今回の件を依頼するにあたり、茂が報酬として提示したのは”楽園の守り人”の直接税免除特権である。
これは茂が志保経由で事前に政府から許可をもぎ取っていた。
今までの”楽園の守り人”の日本への貢献を考慮すれば、日本が貰い過ぎていることは間違いない。
それに加え、外国が藍大を引き抜こうとしてあれこれ特権を与えようとしている動きをDMUが察知していたから、外国に引き抜かれる前に手を打ったというのもある。
報酬のことはさておき、政宗の転職が完了したので次はパートナーとなる従魔選びである。
「政宗さんはどんな従魔が欲しいですか?」
「ヒートエイプでお願いします」
「わかりました。ブラド、頼んだ」
「了解なのだ」
藍大に頼まれてブラドはヒートエイプを召喚した。
ところが、通常は薄い赤色ベースの体が燃えている猿という見た目のはずなのに、目の前に現れたヒートエイプは薄紫色だった。
「”希少種”を引き当てたか」
「そのようである」
「興味深いな」
藍大とブラド、茂が呑気に話している一方、政宗はゆっくりとヒートエイプに近づいてビースト図鑑をその頭に被せた。
ビースト図鑑に吸い込まれたヒートエイプは政宗によってすぐに呼び出される。
「【
呼び出されたエンリの体から火は出ておらず、薄紫色の猿という見た目だった。
藍大はエンリのことが気になったため、視界にモンスター図鑑を出してエンリに付いて調べ始めた。
-----------------------------------------
名前:エンリ 種族:ヒートエイプ
性別:雌 Lv:5
-----------------------------------------
HP:80/80
MP:200/200
STR:50
VIT:50
DEX:80
AGI:80
INT:80
LUK:40
-----------------------------------------
称号:政宗の従魔
希少種
アビリティ:<
装備:なし
備考:期待
-----------------------------------------
(言われてみれば目が期待してる気がする)
備考欄に書かれた文字を見てエンリが撫でてほしいのだろうと悟り、藍大は政宗に声をかける。
「政宗さん、エンリが撫でてほしいようです」
「そうみたいですね。エンリ、こっちおいで」
「ウキッ」
エンリは政宗に飛びついた。
政宗はエンリをキャッチしてから頭や背中を撫でてあげた。
「ウキ~♪」
幸せそうに頬を緩めるエンリを見てリルとブラドが藍大に自分達も撫でてほしいと甘える。
「よしよし。愛い奴等め」
「クゥ~ン♪」
「うむ。気持ち良いのだ」
リルもブラドも満足そうに藍大に撫でられた。
藍大はリルとブラドを撫でながら政宗に訊ねる。
「政宗さんはどうしてヒートエイプにしたんですか?」
「最初からモフ度が高いと現地でパートナーがモフラーに狙われちゃいますから」
「なるほど」
政宗の理由を聞いて藍大は納得した。
ヒートエイプはモフモフしていない訳ではない。
火を消したエンリの毛並みは触り心地が良さそうであり、そこそこモフモフしている。
それでも火を出している間はモフられないし、危険な目に遭わずに他のモフモフがいればモフラーはそちらをモフろうとするだろう。
そんなヒートエイプが最初の従魔であれば、現地に行ってもモフラー冒険者によってモフられまくることはない。
モフラーから自分の従魔を守るための選択という訳だ。
「天門さん、モフラーを誤って燃やさないようにエンリを躾けといて下さい。ヒートエイプの動画と同じ事態がフロンティアで起きると困ります」
「わかりました。逢魔さん、下の階でエンリを鍛えさせてもらっても良いですか? フロンティアに行くにはある程度強くないといけませんし、現地で従魔をテイムするにはエンリの力が必要不可欠ですから」
「勿論です。鍛えるための道場ダンジョンですからご自由に鍛えて下さい」
この日、政宗とエンリは茂の許可を得て一日中道場ダンジョンでレベルアップに励んだ。
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