第57章 大家さん、フロンティアに仲間を派遣する

第675話 芹江さん、私は貴方を許しません

 9月1日の日曜日、朝からシャングリラに客人が来ることになっていた。


 リルはその客人が来ると知って落ち着きがなくなり、リュカとルナ、ミオは別室に引き籠っている。


「よしよし。俺が一緒だから安心してくれ」


『ありがとうご主人』


 藍大に抱っこされて膝の上に乗せられるとリルは落ち着きを取り戻した。


 そのまま頭や背中を撫でられていた時、何かに気づいたリルがピクッと反応する。


「リル、来たのか?」


『うん。天敵が来た。ガルフもいるよ』


 リルがそう言った次の瞬間、インターホンが鳴って真奈とガルフがリビングに通された。


「リルくぅぅぅぅぅん! おはよぉぉぉぉぉ!」


『おはようございます』


 リルは天敵が相手でも挨拶を無視することはない。


 挨拶をされたら挨拶で返すのがリルの自分ルールだからである。


 もっとも、リルは藍大の膝の上で丸くなっており、藍大に撫でてもらっていなければ今にもプルプルと震え出しそうなのだが。


 ガルフもリルに挨拶をする。


『リル先輩、おはようございます』


『おはようガルフ。今日も天敵のモフ欲は凄まじいね』


『ご迷惑をおかけしてすみません』


『仕方ないよ。天敵はそういう生き物だもの』


「ガルフとリル君の会話ってなんて尊いのかしら」


 (今日も真奈さんはエンジン全開だな)


 リルとガルフの会話を聞きながら真奈はとても嬉しそうにしている。


 ガルフはともかく真奈の長時間の滞在はリル達逢魔家のモフモフにとってよろしくない。


 それゆえ、真奈とガルフが座ったところですぐに本題に入る。


「今日は旧C半島国のことで相談があるんですよね?」


「その通りです。逢魔さん、旧C半島国の前線基地にモフランドを開店したいんです」


『僕達に相談せずに勝手にやれば良いじゃん』


『そうもいかないんですよ先輩』


『天敵が旧C半島国にいないと現地の従魔達が困るから?』


『正解です。俺は主人がいなくても平和だから全然構わないんですが、モフランドやモフリパークにいる従魔は主人が近場にいないと不安みたいなんです』


 これは真奈に限らない問題だ。


 テイマー系冒険者の従魔をあちこちに配置するとして、離れていられる距離は精々同じ国内までだ。


 それ以上の距離を1日でも離れてしまうと従魔達が不安になってしまうのである。


 ガルフのようなモフられ過ぎて諦めている従魔は別だが、大半の従魔は寂しくてパニックになるか体調を崩すだろう。


 実際、藍大の従魔達も藍大と1日でも離れて過ごしたら不安で元気がなくなってしまうのは間違いない。


 藍大が従魔をガンガン増やさない理由はそこにある。


 住む場所はシャングリラの地下神域に用意できるからいつでも会えるが、従魔の数を増やせば増やす程1体あたりの触れ合う時間が減ってしまう。


 だからこそ、藍大は本当に必要だと思ったモンスターしかテイムしていない。


「それで、私には具体的に何を相談したいんですか?」


「私達が宝箱を手に入れて来たら、私の時みたいに転職の丸薬(調教士)を引き当ててほしいんです」


「誰を転職させるつもりですか?」


「モンスターモフモフスレで募集をかけて試験に受かった猛者モフラーです」


『ご主人、この話は受けちゃ駄目だよ。どうせ受けるなら茂の話の方が良いよ』


「芹江さんの話? それは一体なんでしょうか?」


 リルの話を聞いて真奈は藍大に訊ねた。


 茂とモフランド事業で競合するとは思っていなかったため、茂がどんな話を藍大に持ち掛けたのかかなり気になるらしい。


 その時、またしてもインターホンが鳴った。


『茂だ! 僕が開けて来る!』


 リルが藍大の膝から飛び降りて玄関に行くのを見て真奈は悔しがる。


「狡い。私もリル君にあんな風に迎え入れられたいです」


「真奈さんがモフラーである限りそんな未来は来ないと思います」


「そんなぁ・・・」


 藍大の言い分を聞いて真奈はしょんぼりしたが、ガルフはその隣でうんうんと頷いている。


 そこにリルが茂を連れてリビングに戻って来た。


「こんにちは。真奈さんとガルフもいたんですね」


「芹江さん、私は貴方を許しません」


「なんで!?」


 真奈からいきなり恨みがましい目を向けられた茂が驚くのも無理もない。


 茂が座ってリルも藍大の膝の上に戻ると話を再開する。


「茂、真奈さんからモフランドの件で相談されたぞ」


「あぁ、やっぱりそうか。だから真奈さんが俺を恨みがましい目で見てる訳か」


「違います。私が芹江さんを許せないのはリル君に笑顔で迎えられてたからです」


「自業自得じゃないですか!」


 自分のせいではないことで恨まれたくないと茂は抗議した。


 そんな茂にガルフが近寄ってポンと前脚を置く。


『主人はモフモフが関わると理屈は通用しないんです』


「ガルフ、お前も苦労してるんだな」


「アォン」


 茂に頭を撫でられてガルフは理解者が増えたと嬉しそうに鳴いた。


「せ、芹江さん、一体どこでその撫でスキルを覚えたんですか? ガルフがおとなしく撫でられるなんて・・・」


 真奈が恐ろしい子と言わんばかりの表情で茂を見ているが藍大はそれには触れずに話の流れを元に戻す。


「真奈さん、DMUが旧C半島国に出張所を設置したのはご存じですよね?」


「勿論です」


「実は、出張所にある目安箱に娯楽施設が欲しいという希望があったらしく、DMUがモフモフ喫茶を用意することにしたそうなんです。転職の丸薬(調教士)について、茂から真奈さんと同じ話を相談されてたんですよ」


「なるほど。それでリル君が私じゃなくて芹江さんの話に乗るべきと言ったんですね?」


『ワフン、茂の方が天敵よりもずっと信用できるからね』


「リル!? 真奈さんから並々ならぬプレッシャーが放たれてるんだけど!?」


 リルの口から真奈よりもずっと信用できると聞けて嬉しいけれど、それによって真奈から呪詛が込められているのではと疑いたくなる視線を向けられれば茂は素直に喜べない。


『主人、一旦落ち着く。モフって良いから』


「は~い!」


 (切替が早いわ!)


 ガルフの身を挺したフォローによって真奈の機嫌が直った。


 流石はモフモフに左右される生粋のモフラーである。


 真奈が落ち着いたところで藍大は話を続ける。


「茂からはDMUのビジネスコーディネーション部の兵士の職員を転職させてほしいと頼まれてます」


「ビジネスコーディネーション部に戦闘系の職業技能ジョブスキルを持ってる人がいたんですね」


 兵士は使用できる武器に制限がない代わりに専門の武器職よりも武器攻撃の補正は劣る職業技能ジョブスキルだ。


 剣士ならば剣、槍士ならば槍、弓士なら弓と補正のかかる武器が決まっている専門職とは異なり、器用貧乏になりそうな総合職が兵士である。


 茂の話によれば、その職員は特段戦闘が得意でも好きでもなく、デスクワークや交渉の方が得意だからビジネスコーディネーション部にいるらしい。


 無所属冒険者同士のコミュニティ形成、中小クラン同士の合併の支援を担当する第二課のその職員ならばモフモフ喫茶を旧C半島国でも無事にやれそうだと茂が指名した。


「いるんですよ。ほとんど全ての中小クランが旧C半島国の遠征に行ってしまったことから、本人もモフモフ喫茶の運営に志願してるんです」


「そうですか。それなら私はこの件から手を引きます」


「良いんですか?」


「はい。”レッドスター”から旧C半島国に人員を出すつもりがなく、モンスターモフモフスレで募集して試験に受かった人を調教士にしようとしているこちらに対し、DMUは職員自らが行くんです。どちらが転職するべきかは比べるまでもありません」


 真奈があっさりと身を引いたので藍大と茂は目を見合わせた。


 だが、これは別に驚くことでもなんでもない。


 自分が持ちかけた相談は誰もいないなら自分が旧C半島国に進出しようという程度のものであり、DMUが自前でやろうとしているならば無理に張り合うつもりはなかったのだ。


 しかも、ここで下手に争えばリルからの印象が悪くなってしまう。


 そんなリスクを冒してまでモフランドの海外展開をするだけの理由がないのだから、真奈が引き下がるのは当然と言えよう。


「では、今回は私もDMUに力を貸すことにします」


「もしもモフモフ喫茶の運営で困り事があれば私にも相談して下さい。モフモフ喫茶のノウハウならだれにも負けませんので」


「ありがとうございます。いざとなったら真奈さんにもご助力いただきます」


 話がまとまったところで真奈はリルの方を向いた。


「さあ、難しい話も終わったことだしこれからはリル君と触れ合う時間だね!」


『そんな時間はありません。お引き取り下さい』


『主人、リル先輩に迷惑をかけちゃ駄目。帰るよ』


 リルとガルフのコンボで真奈はしょんぼりしながら帰っていくことになった。

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