第668話 数字は嘘をつかない

 MOF-1グランプリまであと2日となった木曜日、植物園ダンジョンの最上階には”ブラックリバー”の黒川重治と従魔達がいた。


「ダニエルの毛並みはばっちりだな」


『うん』


 ダニエルとは重治がテイムしたダンデレオンである。


 タンポポの花の襟巻がライオンの鬣のようになっており、茎が幾重にも編み込まれて構成された体を白い綿毛が覆っている見た目だ。


 色違いのライオンのように見えなくもないけれど、れっきとした植物型モンスターなのだ。


 重治はダニエルの様子を確認すべく、プラント図鑑のダニエルのページを開いた。



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名前:ダニエル 種族:ダンデレオン

性別:雄 Lv:100

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HP:2,500/2,500

MP:3,000/3,000

STR:1,300

VIT:1,700

DEX:2,800

AGI:2,000

INT:2,500

LUK:2,300

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称号:重治の従魔

   ダンジョンの天敵

   到達者

二つ名:なし

アビリティ:<太陽光線ソーラーレイ><蔓鞭ヴァインウィップ><茨拘束ソーンバインド

      <種砲弾シードシェル><誘眠綿スリープコットン

      <念話テレパシー><光合成フォトシンセシス

装備:なし

備考:やる気十分

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 ダニエルのステータスに問題はなかった。


「今回のMOF-1グランプリでぴったりな二つ名が付くと良いんだが」


『確かに』


 ダニエルはまだクランメンバーにしか知られていない従魔だ。


 MOF-1グランプリで初めてお披露目することが決まっており、ダニエルには二つ名が付く程の認知度がない。


 しかし、注目自体は集められているから、MOF-1グランプリでその姿が全国に向けてお披露目されれば二つ名が付けられるのは間違いないだろう。


「ダークホースとして注目されてる分、活躍できなかったらしょぼい二つ名になりかねない。それは避けたいから今日も特訓を始めるぞ」


『わかった』


 ダニエルが頷くと重治はクイズの準備に移った。


 クイズで点数を落としたくないのだから当然である。


「それでは今からクイズを始めるぞ。桓武天皇が平安京に遷都したのは何年?」


『794年。覚え方は鳴くようぐいす平安京』


 従魔は主人に似るからなのか、ダニエルも重治と同様にインテリアピールが強い。


 答えだけ答えれば良いのに覚え方まで言うあたりが小憎らしい。


「よろしい。等速直線運動の公式を求めよ」


『速度=距離÷時間だからv=x/t』


 文系と理系にかかわらず、ダニエルは補足を入れずにはいられないようだ。


「素晴らしい。では、本日現在で存在が確認されている日本の神を見つかった順に答えよ」


『伊邪那美様、伊邪那岐様、天照大神、月読尊、須佐之男命』


「その通りだ。今日のクイズはここまでにしよう。次はスポーツテストの練習だ」


『了解』


 クイズは全問正解だったため、重治はスポーツテストの対策に移ることにした。


 前回の大会で行われた種目を一通り行った後、重治が考え込んでいたのでダニエルが重治に声をかける。


『主、どうした?』


「いや、今更だけどMOF-1グランプリのスポーツテストが前回と今回で同じ種目なのかって疑問に思ってね」


『と言うと?』


「そもそも参加者に開示された情報は事前に撮影したPVが必要になるってだけだった。考え過ぎの可能性はあるが、今回は前回の大会と異なる種目が行われるかもって思ったんだ」


 重治の認識は間違っていない。


 番組スタッフから種目について開示されている情報は3分で従魔のPVを撮って提出する必要があることだけだ。


 クイズやスポーツテストの対策はばっちりして来た自信があるけれど、前回の大会と今回の大会で別の種目が行われたなら準備が無駄になってしまう。


 もっとも、その可能性に気づいたからと言って何ができるという訳でもない。


『追加で何かできることはある?』


「力をつけておくことだな」


『どうして?』


「数字は嘘をつかない」


『なるほど。納得した』


 重治の言い分を聞いてダニエルはあっさりと納得するあたり、やはり主人と従魔は似るようだ。


「ということでトーレス、ちょっと強めのモンスターをここに召喚してくれ」


 重治は”アークダンジョンマスター”のトーレスに頼んでダニエルが戦うモンスターを召喚した。


 トーレスが召喚したのはLv90のブラックワイバーンだった。


「何故にブラックワイバーン先輩?」


『美味しいからじゃない?』


「なるほど。丁度良いから今日のランチにしよう。ダニエル、やっちゃってくれ」


『任せて』


 残念ながら、ブラックワイバーンは藍大達以外にとっても美味しい食材扱いらしい。


 誤解してはいけないのだが、ブラックワイバーンを食材扱いできるのは日本でもトップ10のクランに入るレベルの冒険者だけだ。


 加えて言うならば、手軽に狩れると考えているのはトップクランの中でも更に上位陣だけである。


 とりあえず、ダニエルはブラックワイバーンが自由に空を飛び回ると厄介だから墜落させようと<種砲弾シードシェル>でその翼を狙う。


「ウィア!?」


 ブラックワイバーンは植物型モンスターの分際で生意気だと苛立ち、<種砲弾シードシェル>を躱してからダニエルを仕留めようと急降下する。


 だが、それこそがダニエルの狙いだった。


 ダニエルは元々<種砲弾シードシェル>だけでブラックワイバーンを墜落させられるとは思っていなかった。


 ブラックワイバーンが急降下からのサマーソルトで尻尾攻撃を仕掛けようとした瞬間、ダニエルは<蔓鞭ヴァインウィップ>で蔓の鞭で攻撃を妨害して敵のバランスを崩した。


 続けて<茨拘束ソーンバインド>で翼を縛ってしまえば、翼を動かせずにいるブラックワイバーンは重力に負けて地面に落ちる。


 落下ダメージと茨の棘によるダメージを負わせつつ、ダニエルは<種砲弾シードシェル>を連射してブラックワイバーンにダメージを負わせた。


「ウィアァァァァァ!」


 ブラックワイバーンはよくもやってくれたなと叫び、拘束を無理やり解除して再び空へ飛び上がった。


 そして、一方的に攻撃された怒りを<深淵弾アビスバレット>に込めて連射する。


『無駄』


 ダニエルは慌てることなく<蔓鞭ヴァインウィップ>で深淵の弾丸を弾き返し、ブラックワイバーンにダメージを与えていく。


 それでもブラックワイバーンは怯まずに攻撃を続けながらダニエルと距離を詰める。


 敵の狙いは<深淵弾アビスバレット>でダメージを与えることではないと悟り、ダニエルはブラックワイバーンの接近を警戒する。


 <蔓鞭ヴァインウィップ>での対処も敵が射程圏内に入ったことを確認し、<誘眠綿スリープコットン>に切り替えた。


 綿がダニエルの体から放出され、それに触れたブラックワイバーンは眠気にやられて地面に墜落した。


 落下ダメージによってHPが残り僅かになっているだろうと考え、ダニエルは<種砲弾シードシェル>でブラックワイバーンにとどめを刺した。


「ダニエル、見事な戦い方だったぞ」


『食べることを考えなかったら<太陽光線ソーラーレイ>でもっと楽に戦えた』


 ダニエルの言う通りで<太陽光線ソーラーレイ>を使えればもっと楽に戦えたのだ。


 可食部が減ってしまうと勿体ないと考えてしまい、それが理由でダニエルはちまちまと戦うことを選んだ。


 重治もダニエルが手に入れる食材を考えて戦っているとわかっていたため、よくやってくれたとその頭を撫でた。


 重治達がブラックワイバーンの解体をしていると、そこにサブマスターの雲母がやって来た。


「重治さん、ここにいたんですね。お客様が来てますよ」


「お客様? アポの約束はなかったはずだけど」


「緑谷さんがいらっしゃいました。用事があったついでに立ち寄られたそうです」


「マジか。そりゃ行かなきゃ不味いわ。呼びに来てくれてありがとう」


「いえいえ」


 ”グリーンバレー”のクランマスターである緑谷大輝は重治の大学の先輩であるだけでなく、重治が蔦教士に転職できたのは彼のおかげだったりする。


 そういった事情から重治は大輝に頭が上がらないし、あちらから挨拶に来てもらったならば絶対に顔を出さねばならないのだ。


「雲母、悪いんだけどブラックワイバーンを狩ったから今日のランチに使ってもらえるように手配してもらえる? 緑谷先輩も食べていくと思うし」


「わかりました」


 後のことを任せて重治は大輝に会いに行くために植物園ダンジョンを出て行った。


 そんな重治を笑顔で見送る雲母にダニエルが声をかける。


『雲母、主を落としたいならもっと積極的にやらなきゃ駄目』


「ふぇ!? にゃにゃにゃんでそれを!?」


『主以外にはバレバレ。まあ、頑張って』


 ”ブラックリバー”内ではまだ恋の物語が進んでいないようだ。

 

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