第56章 大家さん、審査員に抜擢される

第663話 リルの対抗措置がものすごい平和だった

 時は少し流れて8月になった。


 核ミサイルを発射した後に姿を消していたバティンはなかなか人前に姿を出さなかったが、7月になって”大災厄”の称号を得ただけでなくその他の称号も貪欲に集めた上で人前に姿を現した。


 A国の冒険者はその間に何をやっていたかという点については、1月の国際会議時点と比べて冒険者の数が半分に減ってしまったため何もできていないと言える。


 減ってしまった冒険者はR国遠征中に核ミサイルの被害に巻き込まれて亡くなった者達に加え、バティンが闇討ちしてそのターゲットになってしまった者達だ。


 パトリックがいない今、A国にはこの人ならばDMUを任せられるという者がおらずトップ争いで揉めており統制が取れていない。


 その隙にバティンは<変身メタモルフォーゼ>を駆使してA国冒険者の力を少しずつだが確実に削ぎ落していったのだ。


 ちなみに、A国を支援する国はいなかった。


 人を送ってバティンにその者が殺されてなりすまされる可能性があるから、どの国もA国に対して鎖国体制を敷いたのである。


 また、A国のピンチはひとまず横に置くとして、核兵器は使ってはならないという意見が世界中の共通見解として成り立った。


 これはR国でモンスターが”突然変異種”の称号を得て暴走する個体が現れたからだ。


 元々はただの雑魚モブモンスターだったにもかかわらず、核ミサイルのせいで急激にモンスターが強くなるとわかれば当然の措置と言えよう。


 世界は予期せぬ展開で核兵器を禁止することになった。


 国際社会では色々あったけれど、日本では特に何か起きることもなく、月読尊と須佐之男命は藍大の食事でそれぞれ全盛期の65%と55%まで力を取り戻した。


 月読尊はあと5%力を取り戻せれば藍大に加護を与えられると言っており、須佐之男命もあと15%足りないと伝えた。


 須佐之男命は藍大の舎弟になっているため、天照大神はさておき月読尊に回復率で負けていることを悔しがっていたりする。


 8月10日の土曜日、藍大はリビングでカレンダーを微妙な表情を浮かべたまま眺めていた。


「藍大~、カレンダーを見てどうしたの?」


「ん? いや、来週だなって思って」


「来週? そっか。藍大とリル君は第2回MOF-1グランプリの審査員だもんね」


「そゆこと」


 去年の8月、モフモフ従魔のNo.1を決めるMOF-1グランプリが行われて藍大&リルペアは他のペアに差をつけて優勝した。


 番組の視聴率が63%という驚異の視聴率だったことから、第2回の開催決定は早い段階から発表されていた。


 加えて言うならば、リル以外のモフモフ従魔でも藍大とペアを組めば勝ってしまうと番組制作陣が判断し、藍大はリルと一緒に審査員長になったのだ。


 志保は藍大とリルを差し置いて自分が審査員長にはなれないとその地位を辞退したため、初代優勝コンビがまさかの審査員長になった訳である。


 今までに藍大は記者会見や料理大会、MOF-1グランプリと常に目立つ立場でテレビに出演して来たが、今回はそこそこ目立つ程度で済む。


 そうだとしても、全国のモフラーが自分達のジャッジを逆恨みして来たら面倒だとは思っているので、藍大は微妙な表情でカレンダーを眺めていたのだ。


 そこにサクラがやって来て藍大の肩に手を置く。


「大丈夫だよ主。主の意見に文句を言う奴は私が処理する」


「それは止めとこうな。絶対にやり過ぎるから」


「そんなことないよ。ちょっと自分が生まれてきたことを後悔する未来を味わってもらうだけだもん」


「全然ちょっとじゃない!?」


 サクラが微笑みながら言った対抗措置の内容に藍大が驚いたのは無理もない。


 藍大達の話し声に他の家族達もぞろぞろ集まって来る。


『ご主人、大丈夫だよ。僕の言うことをモフラー達が否定するとは思えないもん』


「確かに。俺に文句を言うモフラーはいてもリルに文句を言うモフラーはいないか」


『ご主人に文句を言うモフラーは僕が許さない。ご主人を悪く言う人は嫌いって宣言するよ』


 (リルの対抗措置がものすごい平和だった)


 サクラの対抗措置を聞いた後だからか、藍大にはリルの対応が余計に平和そうに聞こえた。


 だがちょっと待ってほしい。


 それは本当に平和だろうか。


 答えは否、断じて否である。


 よくよく考えてみるとリルを神聖視するモフラーは多いのだから、そんなリルに嫌いと言われたら絶望して何をするかわからない。


 サクラとは違った意味で恐ろしい対抗措置と言えよう。


「狡いのよっ。アタシ達だってテレビに出たいんだからねっ」


『ズルイゾー(o‘∀‘)σ)Д`;)』


「ゴルゴンもゼルもマスターを困らせたら駄目です」


 ゴルゴンとゼルが藍大に駆け寄ってポカポカと叩くと、メロがそんな2人を落ち着かせる。


 もっとも、メロも藍大に対して羨ましそうな表情を隠し切れていないのだが。


「私も出て優勝したかった」


『私も~』


「ミーも活躍したかったニャ」


 リル以外のモフモフ組であるリュカとルナ、ミオは藍大とペアになってMOF-1グランプリに出たかったようだ。


 リュカが優勝すれば夫婦揃って優勝、ルナが優勝すれば親子揃って優勝、ミオが優勝すれば神獣で連覇という形でそれぞれに狙っていたタイトルがあったらしい。


 舞はニコニコしながら話を聞いていたが、ふと気になったことがあって藍大に訊ねる。


「あっ、そうだ。藍大とリル君枠の代わりって誰が出るの?」


「”ブラックリバー”の黒川さんが出るぞ」


「前回は審査員だったよね?」


「そうだったな。でも、俺が聞いた話じゃモフモフな植物系モンスターをテイムしたから参戦するんだって。黒川植物園の宣伝もするんじゃないか?」


「なるほど~。純粋にモフモフを競う感じじゃなさそうだね~」


 ”ブラックリバー”のクランマスターである重治はコストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを重視する。


 MOF-1グランプリに出れば良い宣伝になると考える彼のやり方に舞はあまり良い印象を抱いていない。


『本気で優勝を狙わなかったら惨敗するよ。今回のMOF-1は前回よりも厳しい戦いになるだろうから』


「そうなのリル君?」


『うん。だって僕が抜けてみんな優勝できるチャンスがあるもん』


「よしよし。愛い奴め」


 ドヤ顔で自分はすごいとアピールするリルの褒めてほしいというサインを察し、藍大はリルをわしゃわしゃと撫でてやった。


 実際、リルの言う通りである。


 前回準優勝の真奈&ガルフペアだってうかうかしてはいられない。


 白雪&カームペアというダークホースがどれだけ成長したかわからないし、リーアム&ニンジャペアや結衣&マロンペアだってリベンジに燃えている。


 宣伝できれば良いやなんて甘い気持ちでいたら、重治はモフモフに飢えたモフラー達の前で恥をかくことになるだろう。


 モフラー達の洗礼を受けるかもしれない重治にあまり興味はないらしく、ゴルゴンは他に気になる人物の名前を出す。


「今回もモフリー武田がMCなのよねっ?」


「そうだぞ。あの人を降板させたら制作陣がボロカスに言われるだろ」


「よろしくぅなんだからねっ」


「ゴルゴン、それだと語尾の印象が強くてモフリー武田らしさが半減してるですよ」


『3! 2! 1! (┘゚∀゚)┘ モッフルモッフル!』


「そうです。ゼルのやつはモフリー武田です」


 ゼルはモッフルモッフルと言い出すタイミングをばっちり捉えていたため、ここぞとばかりに顔文字でアピールした。


 リベンジに燃えるゴルゴンはMOF-1グランプリで次にネタとして使われるフレーズを口にする。


「いやぁ、好きなのよっ」


「それもちょっと違うです。というか、それはモフリー武田じゃないですよ?」


「わ、わかってるんだからねっ。これはアタシがメロを試しただけなのよっ」


 (焦ってミスったようにしか見えなかったけど黙っててあげよう)


 藍大と同じように思った者は多く、温かい目をゴルゴンに向ける者は多かった。


「何よっ。アタシはわざとだって言ってるんだから勘違いしないでよねっ」


「よしよし。ゴルゴンちゃんは可愛いね~」


「止めるのよっ」


 ゴルゴンは舞にハグされて身動きが取れず、抵抗も無駄だとわかっておとなしくなった。


 そんなゴルゴンにメロとゼルがご愁傷様と同情的な視線を向けるのは当然のことだった。

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