第656話 ワイバーン先輩、カラーチェンジですか

 真奈とシンシアがリル達にとって恐ろしい話をしている頃、藍大はリル一家とゲンを連れて旧C国のS6ダンジョン前に来ていた。


 旧C国と旧C半島国は今、取り戻した分がその人の領土になるという運用になっていることから、少しでも上を目指したい中小クランの冒険者が躍起になってダンジョン外に出ているモンスターを討伐している。


 運用通りだとしたら、藍大はS6ダンジョンとE9ダンジョン、N12ダンジョンの3つの地点を囲む領地を安全にしておいた方が好都合だと伊邪那美達に言われ、藍大達は領地にいるモンスターを討伐しに来たのだ。


 モンスターを掃討してしまったら、伊邪那美達がシャングリラ等と同じように部外者を弾ける結界を展開するから藍大達の領地に侵入できる者はいなくなる。


 そうすれば、下手なちょっかいを受けて争いになることもない。


 将来の面倒事を避けるために出かけようとしたところ、ルナが藍大に同行したいとおねだりしたので今日はリル一家が藍大に付いて来た。


 転移して来た地点の周辺にも様々なモンスターがいるのを見て、藍大はリル達に声をかける。


「さて、サクサク倒していくぞ」


『お父さん、私とどっちが多く狩れるか競争しよ!』


『良いよ。リュカはご主人のことをお願い』


「わかった」


 気づけば親子の狩猟競争がセッティングされていたため、藍大はやれやれと苦笑しながら合図を出す。


「位置について、よーいドン!」


『『ワフン♪』』


 リルもルナもご機嫌な様子で駆け出して行った。


 それを見届けながら藍大はリュカに話しかける。


「リュカも狩りたかったらリルに交代してもらってくれ」


「大丈夫。馬鹿なモンスターがご主人に近づいて来たみたいだから」


 リュカの視線の先には各種グレムリンの群れがいた。


 どうやらリルとルナが飛び出していったのを見て、残った藍大達の戦力が大幅ダウンしたから倒せると思って出て来たようだ。


 獣人形態のリュカは舐められたものだと好戦的な笑みを浮かべる。


「狩るのは私」


 そう言った直後、リュカは一番手前のグレムリンに<深淵拳アビスフィスト>を喰らわせて吹き飛ばした。


 グレムリンは後ろにいた味方を巻き込んで飛ばされてしまい、リュカは一撃で10体以上のグレムリンを倒してみせた。


 この後、リルとルナが戻って来るまでにリュカは各種グレムリンをボコボコにしてスッキリした表情になっていた。


 リルとルナの戦績については、リルがめいいっぱい動いても問題ない広さではしゃいだことによって圧勝してしまった。


『ワフゥ。お父さん強過ぎる』


『ワッフン、僕は”風神獣”だからね♪』


 ルナが悔しそうに言う一方でリルは得意気に言った。


 藍大は2体だけでなくリュカも含めて順番に頭を撫でて回った。


 戦利品の中にはリュカどころかルナをパワーアップさせられるような魔石がなかったことから、スタンピードの発生源を支配してしまえば後は大したことがなさそうだ。


『藍大よ、その辺りにはもう半径20km圏内にモンスターはおらぬから結界の範囲を拡大したのじゃ。次はE9ダンジョンに向かうのじゃ』


 伊邪那美のナビがあれば効率的に事を進められる。


 これも藍大が面倒だと思っても旧C国に来た理由である。


 リルの<転移無封クロノスムーブ>によって藍大達はすぐにE9ダンジョン前にやって来た。


 E9ダンジョン近辺は先月に溢れ出た猿系統のモンスターを藍大達が狩り尽くしてしまったから、残っているのはそれ以外のモンスターだけだ。


「オイリーフロッグ、ホーンサーペント、ハードスラッグって三竦みじゃんか」


『ご主人、とりあえず倒しちゃって良い?』


「よろしく頼む」


『わかった~』


 種類が3つなだけで数は3体ではないから、リルが<風精霊祝ブレスオブシルフ>でまとめて周辺のモンスターを一掃した。


『ルナがLv83になりました』


「おっと、ルナがレベルアップしたか」


『ワッフン♪』


「よしよし」


 レベルアップしたんだぞとドヤるルナが愛らしかったため、藍大は近づいて来たルナの頭を撫でた。


『ご主人、僕も撫でてね』


「私もいる」


 ルナの後ろにリルとリュカも並んでいれば、リクエストに応じるのが藍大である。


 戦利品回収が始まったのは5分後のことだった。


『藍大よ、E9ダンジョンの半径20km圏内にモンスターはおらぬぞよ。結界の範囲を拡大したのでN12ダンジョンに向かってほしいのじゃ』


 伊邪那美から連絡が入ったため、藍大達は再び移動してN12ダンジョンに向かった。


 N12ダンジョン前にやって来た藍大は今までの2ヶ所との違いにすぐに気づいた。


「数が多くね?」


『その通りだよご主人。このダンジョンに向かって南と東からモンスターが逃げて来てる』


「それって俺達がS6ダンジョンとE9ダンジョンの前で暴れたから、巻き込まれないように逃げて来たってこと?」


『そうだと思うよ』


 リルの考えが正しいのだとしたら、逃げて来たモンスター達の努力は無意味としか言いようがない。


 脅威から逃げ出したはずなのに、その脅威がまさか自分達の正面に回り込んでいるのだから。


 魔神からは逃げられないのである。


「あっちにケンタウロスがいる」


『向こうにはデーモンジェネラルがいるよ』


 藍大がリルと喋っている間にリュカとルナが敵の中で比較的に強そうな者を見つけた。


「今度はリュカとルナで行っておいで」


「行ってきます」


『うん!』


 リルが留守番してリュカとルナが雑魚モブモンスターを狩りながら標的に近づいていく。


 リュカとルナが次々にモンスターを倒すのを見つつ、藍大はリルに相談を持ち掛ける。


「まとまった土地が手に入る訳だけど、どう使うべきだと思う?」


『紹介制のリゾートにしたら良いんじゃない? ご主人がオーナーなんだから来れる人は選ぶべきだよ』


「なるほど。そのためにはまず環境の汚染具合を確かめないと駄目だな。それと地下に何か埋まってないかチェックしたり、秘密の研究所とかヤバそうなものがないかも確かめなきゃ」


『調べるのは僕に任せて。得意だもん』


「よしよし。頼りにしてるぞ」


『クゥ~ン♪』


 リルは藍大に頼られてとても嬉しそうだ。


 ”楽園の守り人”印のリゾートができたとしたら、そのホテルで出される食材は月見商店街で販売されるよりも少し上の物を用意すれば良い。


 それだけでも高級でレアな料理が食べられるホテルとして客を楽しませるだろう。


 加えて言うならば、ブラドとモルガナがS6とE9、N12の3つのダンジョンを確保しているから旅行先で冒険者が強くなるために鍛えることも可能だ。


 日中はダンジョンで探索して夜はホテルの食事と施設で贅沢をする。


 これならば身分の保証された冒険者がワーケーション扱いで来るに違いない。


 特に藍大達の強さに憧れる者は聖地巡礼のつもりで来るだろう。


 藍大とリルが手に入れた土地について話し込んでいると、リュカとルナが戻って来た。


「倒して来たよ。はい、これケンタウロス」


『ただいま~。デーモンジェネラル持って帰って来たよ』


「お疲れ様。早かったな」


「敵が弱過ぎた」


『うん。とっても弱かったの』


 リュカとルナに言われてモンスター図鑑で調べてみたところ、ケンタウロスとデーモンジェネラルはどちらもLv60だった。


 確かに今のリュカとルナにとってそれらは雑魚と言えよう。


『藍大よ、N12ダンジョンの半径20kmに結界の範囲を拡大したのじゃ。今までの3つの地点の中心に向かうのじゃ。そこにいるモンスターを倒せばミッション完了なのじゃ』


 伊邪那美に案内された場所に向かった藍大達を待っていたのは黒いワイバーンだった。


「ワイバーン先輩、カラーチェンジですか」


『お肉~!』


 藍大がコメントした直後にはリルが<神裂狼爪ラグナロク>で仕留めていた。


『ルナがLv84になりました』


 リルが倒したのはブラックワイバーンLv75であり、同じレベルのただのワイバーンよりも能力値が1.5倍である。


 強者ぶって最後まで動かずに待っていたようだが、リルにあっけなく倒されてしまった。


 ワイバーンは何処まで行っても所詮逢魔家の手ごろで美味しいお肉ジャンルから外れることはない。


 ブラックワイバーンの魔石はルナに与えられ、それを飲み込んだルナのモフみが増した。


『ルナのアビリティ:<賢者ワイズマン>がアビリティ:<大賢者マーリン>に上書きされました』


『藍大、ミッション完了じゃな。お疲れ様なのじゃ。帰りを待っておるぞよ』


 藍大はルナとパワーアップの喜びを分かち合った後、戦利品の回収も済ませたのでリル達と一緒に帰宅した。

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