第654話 端的に言うと昼食のうな重のせいだ

 その日の午後、茂が藍大を訪ねてシャングリラにやって来た。


 102号室に入って茂は出迎えた藍大とリルを見てツッコむ。


「何があったらそうなる!? 無敵状態かよ!?」


 茂がそのようにツッコんだのは藍大達がゲーミングカラーに発光していたからだ。


 藍大はゲーミングカラーのオーラを纏っているぐらいに見えたけれど、リルに至っては完全に体がゲーミングカラーに光っている。


 その光っぷりはマ〇オカートの無敵状態と言って良い程である。


 藍大は茂から期待通りのリアクションを見られたので満足そうに答える。


「端的に言うと昼食のうな重のせいだ」


「どんなうな重食べたらそうなるんだよ! つーか、藍大はVITがちょっと増えてるしリルもLUKが増えてるじゃねーか!」


「こんなうな重」


 茂に納得してもらうべく、藍大は昼食に作ったゲーミングイールのうな重の写真を見せた。


 そのうな重は驚くべきことにタレを漬け込んでなおゲーミングカラーに光っていた。


「このゲーミングうな重ってバフ料理かよ。効果はともかくよく食べたな」


「見た目はびっくりだけど美味かったぞ。なあ?」


『うん! いっぱい食べたらこんなになっちゃった!』


 ゲーミングうな重は食べた量が多ければ多い程光り方が激しく、藍大よりもリルの方が激しく光っているのは納得できるだろう。


 無論、このゲーミングカラーの発光も時間が経てば収まる。


 もっとも、それと同時にランダムに上昇した能力値も元に戻るのだが。


「ということは食いしん坊ズはみんなリルみたいに無敵状態な見た目なのか?」


「その通り。他の家族は食後の運動がてら地下神域で無敵鬼ごっこしてる」


「目に優しくなさそうな光景が想像できるな」


「まあ、それは置いといて今日はわざわざ来るなんて大事な案件なんだろ? 中に入ってくれ」


「おう」


 茂が藍大の対面に座り、リルは小さくなって藍大の膝の上に座った。


 小さくなったリルはテーブルの陰に隠れたため、茂から見て藍大の腹部がゲーミングカラーに特に光っているように見えるだけで済んだ。


 そこに伊邪那美がフワッと現れて真剣な表情で口を開く。


「何やら真剣な話のようじゃの。妾も混ぜてもらうのじゃ」


「伊邪那美様、すみません。シリアスな表情が無敵状態な見た目のせいで台無しです」


「それな」


『伊邪那美様も食いしん坊ズの名に恥じないぐらいたくさん食べたもんね』


 リルの言う通りで伊邪那美は食いしん坊ズにカテゴライズされており、ゲーミングうな重をいっぱい食べていた。


 そのせいで目がチカチカするぐらい光っている。


 とてもシリアスな話し合いが似合わない雰囲気である。


 そうは言っても藍大もゲーミングカラーのオーラが出ているし、茂も藍大達に鍛えられたせいで異常事態を受け入れるまでが早かったので伊邪那美はその場に着席した。


「改めて今日はどんな話を持って来たんだ? 電話で済ませないあたり、厄介事の臭いがプンプンする」


「藍大の嗅覚も鍛えられたなぁ」


「リル一家には敵わないぞ?」


『ドヤァ』


 藍大に褒められてドヤ顔になったのが愛らしく、リルは藍大に背中を撫でられた。


「俺の嗅覚はさておき、何があったのか教えてくれ」


「前置きとして言わせてもらうが、これはあくまで俺の考えだ」


「裏がまだ取れてないことなのか?」


「ああ。勿論、当てずっぽうって訳じゃなくて理由はあるんだがな。とりあえず、俺の考えを言わせてもらおう。A国のDMUが”災厄”に乗っ取られた」


「『え?』」


 藍大とリルは聞き間違えたのではないかと思って訊き返した。


「聞き間違いじゃないぞ。俺はA国のDMUが”災厄”に乗っ取られたと考えてる」


「茂よ、其方がそう考えた理由を聞かせてほしいのじゃ」


 伊邪那美はシリアスな表情で茂の発言の根拠を促した。


 とは言っても伊邪那美はまだゲーミングカラーに発光しているため、まだまだ雰囲気を台無しにしているのだがそれはもう仕方がない。


「わかりました。理由は3点あります。1つ目は昨日A国でスタンピードが発生し、”災厄”が起きたことです。A国からの情報によれば、A国のテイマー系冒険者はその”災厄”に従魔共々殺されたそうです」


「その”災厄”がAではめっちゃ危険なのはわかった。2つ目の理由は?」


 藍大達からしてみれば、A国のテイマー系冒険者と従魔を倒したからヤバいぐらい脅威という認定にはならない。


 それだけでは”大災厄”になれない訳だし、その上の”邪神代行者”ですらないので藍大達にとって脅威にはなり得ない。


 だからこそ、藍大はA国基準なんて言葉を使った訳だ。


 その程度の”災厄”がA国のDMUを乗っ取れるか判断できなかったため、藍大は茂に先を促した。


「2つ目はA国の方針が昨日までと今日でガラッと変わったことだ」


「と言うと?」


「南北戦争後から昨日までのA国は外国に冒険者を派遣する余裕がなかった。実際に、今年の国際会議でディラン本部長は核ミサイルを撃つぐらいしかできないと言ってたはずだ。それにもかかわらず、彼はA国がM国を救うべくR国に冒険者を派遣する方針に転換した」


「はい?」


 茂からの報告を受けて藍大は首を傾げた。


 膝の上のリルの背中を撫でて頭を回転させているものの、なんでそんな発想になるのかわからなかったからだ。


 M国からの救援要請は今のところ日本の海外派遣プログラムに参加する冒険者だけが応じている。


 ゲテキングがR国の難民に雑食を布教したこともあり、M国は北部からの難民によって争いが起きることはなくなった。


 また、マルオのおかげで旧C国から北上するモンスターの大群はいなくなったし、藍大達が”邪神代行者”と”大災厄”の誕生したダンジョンを潰したことで当面の危機は去った。


 正直、このタイミングでM国を救うべくR国に攻め込むというのは対応が遅過ぎる。


 仮に攻め込むのならば、難民がM国に向かって南下する前に武力介入して内戦終結に助力するタイミングが相応しいだろう。


 余力のある日本ですら首を突っ込まなかったR国の内戦問題に対し、今更A国が冒険者を派遣するのは外から見て不思議としか言えまい。


「ディラン本部長が殺されてA国のDMUが”災厄”に乗っ取られた場合、そいつがA国の戦力の国外遠征中に”大災厄”になろうとしてると考えるのはおかしくない」


「なるほど。”災厄”程度じゃ袋叩きにされればやられてしまう。だったら囲んで来る敵の数を減らしつつ自分の力を強めようって訳か」


「その通りだ。手前味噌だが良い線言ってると思う」


 藍大は茂の言い分を聞いて頷いた。


 リルも伊邪那美も茂の言い分に反論はなかった。


「そうだ、まだA国のDMUが乗っ取られたって思う3つ目の理由を聞いてなかった」


「3つ目は論理的なものじゃなくて感覚的なものなんだが、胃が痛くなった。ダンタリオンが人間になり済ませると知った時と同じぐらいにな」


「『それは間違いない』」


 藍大とリルは3つ目の理由で茂の考えが正しいだろうと確信を持てた。


 強弱様々な胃痛を経験した茂は胃痛による予知めいたものができるようになっていた。


 それを信頼するのはどうかツッコミたい者もいるかもしれないけれど、胃痛の原因であることが多い藍大達は茂の胃に並々ならぬ信頼を寄せている。


「藍大、リルよ、胃痛は決め手にならんじゃろ?」


「伊邪那美様、茂の胃は俺達に鍛えられたって言ったら信頼できないか?」


「それなら間違いないのじゃ」


「おい」


 茂はちょっと待てとツッコんだ。


 それは藍大に対して自覚があるならもっと抑えてくれという要望であり、伊邪那美にそれで納得しないでくれという要望でもあった。


「まあまあ。それで、茂が電話じゃなくて直接話に来たのはここなら完全に盗聴の可能性がないからか」


「そういうことだ。後は俺が”楽園の守り人”に対して吉田さんから全権を委任されてるから、吉田さんへの報告を挟んでから知らせるよりも先に藍大達に話した。可能性の段階ではあるけれど、トラブルになった時に藍大達に話を通しといたほうが後々助けてもらいやすい」


「確かに先に行っといてもらった方が対処が楽なのは事実だ。でも、面倒だからサクラにお願いして終わらせちゃおうかな?」


「・・・それは最終手段で頼む」


 サクラの<運命支配フェイトイズマイン>ならA国とR国の被害を度外視すれば問題が解決できる。


 事後処理が大変なことになるため、茂は藍大のプランを最終手段にするよう頼んだ。


 話が済んで胃が痛くなり始めた茂だったが、藍大にお土産でゲーミングイールを貰うと少し体調を持ち直してDMUに帰って行った。

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