第644話 怒るべきはそこじゃない!

 まだまだ先があると思っていた地下2階だが、藍大達の予想が外れて最初からボス部屋の扉があった。


「E9ダンジョン小さくね?」


「次が”ダンジョンマスター”だったら小さいよね、このダンジョン」


「旧C国人がなんでこの程度のダンジョンを間引きできなかったのかわからない」


『宝箱も簡単な場所に仕掛けられてたよね』


「宝箱、見つかる。うっ、頭が・・・」


 ブラドだけリルの発言で頭が痛そうなのは置いておくとして、次のボス部屋が”ダンジョンマスター”の部屋ならばE9ダンジョンは確かに小さいと言えよう。


 地上1階と地下2階しかなく、ダンジョンに入ってからここに来るまで90分しか経っていない。


 この規模で旧C国人がダンジョンの間引きすらできていなかったことは、それだけ旧C国内のダンジョンが野放しになっていたことを意味している。


「とっとと帰りたいから行こうか」


「「『賛成!』」」


「はっ、そうであるな。このダンジョンを掌握して帰るのだ」


 少し反応が遅れたけれど、ブラドも気を取り直して藍大達に賛成する意思を示した。


 リルの<仙術ウィザードリィ>でボス部屋の扉を開くと、部屋の中はクリスタルの洞窟とでも呼ぶべき幻想的な空間が広がっていた。


 その中心には背中から蝙蝠の翼ががっつり見えるぐらい肩を露出した黒いドレスの女型モンスターが待ち構えている。


 女型モンスターの目は怪しく赤く輝き、ギザ歯が一目でわかる程の笑みを浮かべている。


 くすんだ灰色の髪はただ長いだけでなく、意思のある触手のようにうねうねしているのがわかる。


『あいつ臭うよご主人』


「確かに。原因を探そう」


 藍大はリルに言われて臭いの発生源と思しき敵についてモンスター図鑑で調べ始めた。



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名前:なし 種族:マイノグーラ

性別:雌 Lv:85

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HP:1,500/1,500

MP:2,000/2,000

STR:1,800

VIT:1,200

DEX:2,000

AGI:1,000

INT:2,000

LUK:1,500

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称号:ダンジョンマスター(E9)

   人肉狂い

アビリティ:<深淵触手アビステンタクルス><深淵砲アビスキャノン><剛力正拳メガトンストレート

      <体力吸収エナジードレイン><魔力吸収マナドレイン

      <分裂学習スプリットラーニング><全半減ディバインオール

装備:ティンダロスドレス

備考:人肉置いてけ

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 (急に強くなった。というかクトゥルフ神話の存在かよ)


 マイノグーラと言えばクトゥルフ神話で知られるニャルラトホテプの従姉妹である。


 そのステータスにはいくつかツッコミどころがあった。


 1つ目は”人肉狂い”だ。


 ボス部屋にいながらこの称号を獲得したということは、<分裂学習スプリットラーニング>を活かしてダンジョン内を徘徊し、E9ダンジョンを訪れた冒険者と戦ったことが推測できる。


 人肉が舌にあったのか、冒険者を見つけたら必ず美味しくいただくまで追いかけて仕留めたに違いない。


 それならば地下1階のボスだったオクパンとレベルが離れていても頷ける。


 2つ目は装備のティンダロスドレスである。


 これはドレスの形態がデフォルトだが、変形可能な装備で着用者の意思によって動かせる。


 また、破損してもHPとMPを対価にして少しずつ修復することも可能だ。


 加えて言うならば、臭いの発生源はマイノグーラではなくティンダロスドレスであり、不浄がドレスの形をしていると言っても過言ではないようだ。


「敵はマイノグーラLv85。”ダンジョンマスター”で人肉を好んで食べるらしい」


「舞の空腹? 人肉食べるの?」


「サクラ、怒るよ? 私は人肉なんて食べない」


 (怒るべきはそこじゃない!)


 クトゥルフ神話の邪神と一緒にされたことを怒るべきだけれど、舞はサクラから人肉を食べると思われたことに腹を立てていた。


 藍大が声に出してツッコめば戦いに支障が出るので心の中でツッコむだけにした。


『ご主人、あいつ臭いから倒しちゃうね』


 リルはそう言うや否や<神裂狼爪ラグナロク>をマイノグーラに放った。


「守れ!」


 マイノグーラが短く命令したことにより、ティンダロスドレスがマイノグーラを隠す壁へと変形する。


 それと同時に<深淵触手アビステンタクルス>も壁にして少しでもリルの攻撃によるダメージを和らげようとした。


 ところが、リルの<神裂狼爪ラグナロク>はティンダロスドレスと深淵の触手をあっさりと切断し、そのままマイノグーラも真っ二つに切断した。


「臭い空気は綺麗にした。リル、雄叫びOKだよ」


「アォォォォン!」


 サクラが<浄化クリーン>で室内の空気を浄化してくれたので、リルは臭いを気にせずに勝利の雄叫びを上げることができた。


「掌握完了なのだ」


 ブラドはブラドでE9ダンジョンの主がいなくなったため、その”ダンジョンマスター”の地位を自分のものにしていた。


 舞だけ手持ち無沙汰だったからサクラの言葉を口実に藍大に抱き着いて甘えることにしたらしい。


「藍大~、サクラが酷いこと言った~」


「よしよし。舞は人肉なんて食べないもんな」


「うん。私が食べるのは藍大の料理だもん」


「ぐぬぬ。私の不用意な発言を利用された」


 サクラは余計なことを言うんじゃなかったと悔しがった。


 その一方でリルはおとなしく舞の後ろに座って褒めてもらうのを待っている。


 藍大は舞を程々に甘やかしてからリルの頭を優しく撫でる。


「リル、お待たせ。圧倒的だったな」


『ワッフン、僕にかかれば楽勝だよ♪』


 リルは藍大に褒めてもらえてご機嫌な様子だ。


 その後ろにサクラとブラドも並んでいたため、結局家族サービスの時間に突入するのはいつものことである。


 それからマイノグーラの解体と回収を行っている内にゲンが<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を解除して藍大の前に現れた。


「主さん」


「わかってるって。魔石が欲しいんだろ?」


「正解」


「おあがり」


「感謝」


 ゲンは嬉しそうにしながら藍大の差し出す魔石を飲み込んだ。


 それにより、ゲンから滲み出る気怠さが増した。


『ゲンのアビリティ:<怠惰スロウス>とアビリティ:<強制眼フォースアイ>がアビリティ:<怠惰皇帝スロウスエンペラー>に統合されました』


『ゲンがアビリティ:<睡眠強化スリープライズ>を会得しました』


『ゲンの称号”怠惰の王”が称号”怠惰の皇帝”に上書きされました』


『初回特典として天照大神の力が40%まで回復しました』


「ゲンも王から皇帝になったか」


「怠惰・・・皇帝・・・」


 ゲンは長く共に暮らしている者にしかわからないぐらいレベルで笑った。


 ”怠惰の王”から”怠惰の皇帝”に昇格して嬉しいようだ。


 それはそれとして、称号が上書きされるきっかけになった<怠惰皇帝スロウスエンペラー>は<怠惰スロウス>と比べて性能がグッと良くなった。


 ゲンに敵対する攻撃や現象がゲンに近づくにつれて自動的にその速度が減少するだけでなく、ゲンの近くにいる味方はゲンの纏う空気でリラックスできる。


 また、ゲンが視界に捉えた物にかかる重力をMP消費量に応じて増大させることも可能になった。


 <怠惰皇帝スロウスエンペラー>があるおかげでゲンは今まで以上に自分で動くことがなくなりそうだ。


 新たに追加された<睡眠強化スリープライズ>は寝た時間と同じだけの時間能力値が上昇する。


 このアビリティもまたゲンのためにあるようなものだ。


 ゲンは藍大に存分に甘えた後、移動は任せたと言わんばかりに<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を発動した。


「藍大、お腹空いた~」


『ご主人、そろそろお昼になるから帰ろう』


「ランチの時間に遅れてはいけないのだ」


 E9ダンジョンに来た目的は達成したので食いしん坊ズが早く帰ろうと藍大に催促した。


 藍大もそれに賛成なので頷く。


「そうだな。今日の昼食は何を作ろうか?」


「オクパンのタコ焼き!」


『オクパンのコロッケ!』


「オクパンのスープも付けてほしいのだ!」


 今日の探索の成果で美味しいモンスター食材と言えばオクパンだから、舞達はオクパン料理をリクエストした。


「わかった。帰ったらすぐに作るから手伝ってくれよな」


「『は~い』」


「吾輩は子供達の面倒を見ておくのだ」


 ぬいぐるみボディの器用さではタコ焼きをひっくり返すのも難しいから、ブラドは進んで子供達の面倒を見ると告げた。


 帰宅した藍大は今日倒したオクパンだけでは足りないことに気づき、ストックしていたオクパンを使ってオクパン尽くしの昼食を作った。


 満足そうに食べる食いしん坊ズや家族を見て疲れが吹き飛び、藍大は美味しいと喜ぶ家族の笑顔は何物にも代えがたいと思った。

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