第643話 ブラドが抱っこされる運命は朝から決まってたよ

 宝箱を見つけた藍大達はその後1階をさっさとクリアしてしまった。


 ”掃除屋”はバレルクラブLv30でフロアボスはパイプハーミットLv35だったため、どちらも戦いと呼べるものになる前に一方的に倒された。


 ボス部屋の階段を下りて地下1階に移動すると、藍大達を待ち構えていたのはボムホーネットLv50の大群だった。


「消えてしまえ!」


「サクラ!?」


 サクラは虫が大嫌いだ。


 そんなサクラの前に虫型モンスターが大量にいれば、サクラの目からハイライトが消えて<深淵支配アビスイズマイン>で深淵のレーザーが放たれてもおかしくない。


 むしろ、<運命支配フェイトイズマイン>を使わなかっただけまだ理性が残っているとすら言える。


 ボムホーネットは針で刺した相手を爆発させるアビリティを会得している都合上、体が火薬庫のようなモンスターだ。


 それがサクラのレーザーによって引火してしまったため、藍大達の前方はボムホーネットが誘爆して爆発で埋め尽くされた。


 爆発が収まった時には魔石以外何も残っておらず、地形も若干変わっていたがそれも仕方のないことである。


 ボムホーネットを殲滅したサクラは無言で藍大に抱き着いた。


「よしよし。怖かったな。サクラはよく頑張ったぞ」


「主、しばらく抱き着いてて良い? 移動する時は腕に抱き着かせて」


「勿論だ。怖くなくなるまでいくらでも抱き着いてくれ」


「ありがとう」


 サクラの虫嫌いは舞もよくわかっているので、この時ばかりは狡いと抗議することはなかった。


 サクラは自分が足を引っ張るのを嫌がったため、歩けるようになったら藍大の腕を抱き締めて探索を再開した。


 強さを比べれば圧倒的にサクラの方が強くとも、苦手なものは苦手なのである。


 リルだって真奈のようなモフラーは自分の方が圧倒的に強くても苦手であり、サクラの気持ちをよく理解している。


 舞とゲン、ブラドは拒否反応が起きるぐらい苦手なものはない。


 ブラドが舞に抱き着かれて嫌がるのは違うのかと思うかもしれないが、それは過剰な愛情表現が鬱陶しいぐらいのものでサクラやリルの苦手と比べれば軽いものだ。


 ボムホーネットの魔石を回収し終えて先に進むと、通路脇の水の中から巨大な蛭が5体飛び出して来た。


「ブラッディリーチLv50。薬品の材料になるから舞は待機。リル、凍らせちゃって」


『うん!』


 持ち帰れば奈美が薬品の素材として扱うだろうから、保存状態を考慮して藍大はリルに攻撃を指示した。


 <雪女神罰パニッシュオブスカジ>によって急速に凍らされたブラッディリーチの死骸は原形を留めたまま藍大達に回収された。


 その後、上空からボムホーネットがやって来て水の中からブラッディリーチが現れる機会が何度かあったが、藍大達は特に困ることなくすいすいと進んだ。


 道を進んで行く内に中央が開けた円形の足場になっている空間に到着したのだが、そこにはイソギンチャクに寄生されたサファギンジェネラルが待ち構えていた。


「パラサイトジェネラルLv55。”掃除屋”だ。素材が薬品になるとかはないから思い切り倒してOK」


「ぶっ飛べオラァ!」


 藍大が言い終わったと同時に舞が雷を纏わせたミョルニルをパラサイトジェネラルに投げつけた。


 ミョルニルが額に命中してパラサイトジェネラルのHPが一瞬で尽きてしまい、得意の搦め手を披露するチャンスもなく倒れた。


 ミョルニルが手元に戻って来た舞はニコニコしながら藍大に話しかける。


「藍大~、倒したよ~」


「瞬殺だったな。舞はやっぱり強いわ」


「ドヤァ」


 舞はドヤ顔の状態で藍大のフリーな方の腕に抱き着いた。


 これは藍大に抱き着いているサクラを羨ましく思い、舞がその気持ちを我慢できなくなったからそうしたのだ。


 舞だって活躍したら藍大に甘えたいと思っており、それを止める者はこの場にはいなかった。


 舞が満足した頃にはサクラも落ち着きを取り戻しており、パラサイトジェネラルの解体と回収を済ませた藍大達は先へと進む。


 しばらく進んだところにY字路があって立ち止まった。


「リル、どっちに行けば良い?」


『右が良いと思うよ』


「その心は?」


『右はモンスターが多いけど近道だもん。左はモンスターが少ないけど遠回りだね。僕達の実力を考えたら左の道を進む意味はないと思うんだ』


「その通りだな。よし、右の道を進もう」


 リルの言い分はもっともだったので、藍大達は右の道を選んで進んだ。


 それからすぐにモンスターの群れが通路のあちこちに張り付いているエリアに到着した。


 地面や天井、水路のない方の壁とあらゆる場所に張り付くそれは血のように赤い触手である。


「レイジテンタクルスLv50。テンタクルスが進化するとこれになるんだってさ。触手捌きが荒っぽいらしいぞ」


「知ったことではないのである。吾輩のターンなのだ」


 ブラドはそろそろ自分にも戦わせろと主張し、そのまま<緋炎刃クリムゾンエッジ>でレイジテンタクルスをバッサバッサと切断する。


 <再生リジェネ>を発動するよりも先にHPが尽きてしまい、レイジテンタクルスは荒ぶる触手捌きを大して披露することもできずに倒された。


「まったく、この程度のモンスターしか出てこないダンジョンが何故まだ残ってるのか理解に苦しむのだ」


「旧C国の連中が真面目にダンジョンの間引きをしないで余計なことばかりしてたからだろうな」


 ブラドがプンスカと怒っているのに対して藍大は自分の予想を口にする。


 実際、旧C国は国際問題レベルで余計な事ばかりしていたこともあり、国内のダンジョンの半数以上が野放しになっていた。


 冒険者が間引きに来なかったダンジョンではどんどんモンスターの数が増えて行き、スタンピードが起きてやがては”災厄”が”大災厄”になった訳だ。


「旧C国は何がしたかったのだ? さっぱりわからないのである」


「まあまあ」


「止せ! 離れるのだ!」


 ブラドは背後から舞に抱き着かれてじたばたするけど脱出できない。


 舞からは逃げられないのだ。


「ブラド~、落ち着こうね~」


「落ち着くから離れるのである!」


「もうちょっと抱っこしたいから嫌だ」


「理不尽である!」


 舞はプリプリと怒るブラドが可愛くて堪らなかったらしく、抱っこしたい気持ちが収まるまでブラドを解放するつもりはないらしい。


 シャウトしたブラドに対してサクラは重大な事実を口にする。


「ブラドが抱っこされる運命は朝から決まってたよ」


「そんな運命はぶち壊してほしかったのだ!」


「ブラドは冷静になれるし舞もブラドを抱っこしてご機嫌になるから悪いことなんてない。だからOK」


「吾輩的にはアウトである! 騎士の奥方よ、もう満足したであろう!?」


「あと10分」


「長いのだ!」


 (ブラドのいじられキャラが揺るがない件について)


 藍大は舞とサクラ、ブラドのやり取りを見てそんな感想を抱いていた。


『ブラド達は楽しそうだね』


「リル、それ本気で言ってるのであるか?」


『うん。僕は舞にハグされるの嫌じゃないし』


「なん・・・だと・・・」


 リルに裏切られた気分になってブラドは力なく舞に抱っこされた。


 だが待ってほしい。


 リルは舞を背中に乗せて戦うことがあるし、そもそも一緒にバクバクと藍大の料理を食べている時点で仲良しだから裏切ったことにはならないだろう。


 結局ブラドはボス部屋に到着するまでの間、舞に抱っこされたままだった。


 ボス部屋で藍大達を待ち受けていたのはオクパンLv60である。


「オクパン、お前出世したなぁ」


「違うぞ主君。吾輩のダンジョンはフロアボスすら雑魚モブなのだ」


 舞のハグから解放されたブラドは藍大の発言に対してチッチッチと指を動かして訂正した。


 他所のダンジョンではフロアボスのモンスターが自分の管理するダンジョンでは雑魚モブであることで機嫌が良くなったらしい。


「とりあえず収穫するね」


「よろしく」


 サクラが深淵の刃を創り出して一刀両断すればボス戦は終わった。


 いや、ボス戦ではなくサクラの言う通り収穫と呼ぶのが相応しい。


 それを裏付ける根拠としてオクパンの魔石を誰も欲しがらなかったことが挙げられる。


 サクラ達は自分達より弱くても一定の強さがあればそのモンスターの魔石を欲しがるけれど、今回は誰も魔石を欲しがらなかった。


「サクラ、収穫お疲れ様。調子はばっちりだな」


「もう大丈夫。これも主のおかげ」


「愛い奴め」


 甘えて抱き着くサクラに対して藍大はその背中をポンポンと優しく叩いた。


 その後ろに笑顔の舞達が待機していたため、藍大達が地下2階に進んだのは10分程経ってからのことだった。

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