第642話 嘘であろう? 流しても壁を壊せるなんて悪夢である

 3月9日の土曜日、逢魔家は朝から賑やかだった。


「これが暴食の女帝。私の予想の斜め上を行く」


「不公平なのよっ」


「狡いです!」


『いーなーo(´>ω<`)o』


「あんまりなのじゃ! いくら食べても太らないなんて羨ましいのじゃ!」


「ドヤァ」


 サクラ達から狡いと舞が羨望の視線を向けられる理由だが、朝食後にいつもよりも調子が良い気がすると思った舞がリルに自分のステータスを鑑定してもらった結果のせいだ。


 驚くべきことに、舞の”暴食の女王”が”暴食の女帝”に変化していた。


 人間は魔石を体内に取り込んで強くなる構造ではない。


 それゆえ、美味しくモンスター食材をいただくこと、特定の料理を食べてバフを得ること以外に食事の意味はないはずだった。


 つまり、今朝の朝食によって舞の”暴食の女王”が”暴食の女帝”にパワーアップしたことは誰にとっても想定外なのだ。


 ちなみに、サクラ達が舞を羨む理由は”暴食の女帝”に追加された効果だが、食事によって得られたエネルギーの余剰分がSTRとVITに加算されていくというものだ。


 元々の効果である鉄の胃袋を内包する状態異常無効も十分強いけれど、食べれば食べるだけ力が強くなって体型が変わらないのは女性なら誰しも羨ましがるだろう。


「舞、良かったな。食べれば食べる程強くなるってよ」


「うん! これからもいっぱい美味しい料理を作ってね~」


「任せろ」


 舞の食べっぷりは藍大から見ていても気持ち良いものだから、これからも美味しいと言ってもらえるように頑張ろうと藍大は気合を入れた。


 舞が”暴食の女帝”になって騒いだ後、伊邪那美は咳払いしてから真面目な話をし始めた。


「藍大、真面目な話をしたいのじゃ。旧C国のダンジョンを潰しに行ってほしいのじゃ」


「旧C国のダンジョン? なんで?」


 旧C半島国には日本の中小クラン冒険者が遠征しており、まだ当分先だが旧C国も彼等がいずれ行くに違いない。


 それをなんで自分達に任せたいのかと藍大が不思議がるのは当然だろう。


「ブエルとレラジェ、グシオンを輩出したダンジョンを潰すには強力な”ダンジョンマスター”がいる想定で動いた方が良いじゃろ? 後顧の憂いはなくしておきたくてのう」


「そーいうことか。強くなって暴れられても困るし先に潰すのはありだな」


 危険な”大災厄”と”邪神代行者”を再び排出させないようにすることもそうだが、根本的な原因としてそれらのダンジョンを残しておくのは不味い。


 放置しておけば最終的に手が付けられないからと自分達に助けを求められるかもしれないし、それなら先に自分達のタイミングで介入した方が良い。


 そこまで考えが至って藍大は伊邪那美の考えに賛成した訳だ。


「はい! 私も行く~!」


「私も当然行く」


『ご主人が行くなら僕も行くよ』


「吾輩も海外のダンジョンを視察したいのだ」


 舞とサクラ、リル、ブラドが真っ先に同行する意思を表明した。


「同行するメンバーは決まったようじゃな。目的地のダンジョンは妾がナビするので任せておくのじゃ」


「よし。そうと決まればすぐに出発だ」


 藍大は立候補したメンバーに加えてゲンを連れて旧C国へと移動した。


 旧C国はT島国と同様に地名でダンジョンを区別せず、東西南北で分割してから何番目に見つかったダンジョンという命名規則を採用している。


 伊邪那美のナビとリルの<転移無封クロノスムーブ>によって藍大達はE9ダンジョンにやって来た。


「スローエイプがたくさんいるね~」


「グシオンの出身ダンジョンだからじゃない?」


『物を投げたり手癖が悪い猿だって。それと食べるのには向かないみたい』


「焼き尽くせば良いのである」


「不必要な環境破壊は避けたい。抑えめで殲滅してくれ」


 藍大の指示を聞いてサクラとリルが動いた。


 サクラが<幾千透腕サウザンズアームズ>でスローエイプ達を拘束すれば、リルに騎乗した舞がミョルニルで次々に殴り倒していく。


「ヒャッハァァァッ! 猿共は殲滅だぁ!」


「吾輩の分も残してほしいのだ!」


 ブラドは慌てて<剛力尾鞭メガトンテイル>で手前のスローエイプを殴り飛ばし、その後方にいたスローエイプ達を巻き込む形で倒した。


 それでも倒した数は舞とリルのコンビの方が圧倒的に多かった。


 あっという間にE9ダンジョン前の掃討戦が終了してしまい、藍大達はすぐに戦利品回収に移る。


『ご主人、スローエイプが貯め込んでた物がこっちにあるよ』


「マジ? 今行く」


 スローエイプがダンジョンの外で何を溜め込んでいたのか気になったので、藍大はリルに呼ばれた場所に向かった。


 そこには貴金属が集められていた。


「盗賊の倉庫みたいだ。いや、本物を知らんけど」


「金曜日のシャングリラダンジョン地下3階を思い出すね~」


 藍大と舞のやり取りを聞いてハッとサクラが気付く。


「この中にもヤバい罠があるんじゃない?」


『あそこにあるカースネックレスだけが危険だよ。それ以外は普通の宝石とアクセサリーだね』


「カースネックレスとはなんなのだ?」


『装備すると相手を魅了できるネックレスだよ。でも、装備者と魅了された者の寿命が少しずつ吸われる呪いが付与されてる』


「碌でもないアクセサリーだな。リルの力で浄化できそう?」


 見た目は普通に高価なネックレスなので、呪いを除去できれば地下神域の宝物庫にあってもおかしくなさそうだから藍大はリルに訊ねた。


 リルはできると頷いて<神狼魂フェンリルソウル>を発動する。


「アオォォォォォン!」


 その瞬間、パリンと何かが砕ける音が藍大達の耳に届いた。


 リルは再びネックレスを鑑定してにっこりと笑った。


『呪いが解けてただのルビーのネックレスになったよ』


「流石はリルだ。よくやってくれた」


「クゥ~ン♪」


 藍大がわしゃわしゃと撫でるとリルが嬉しそうに鳴いた。


 リルが満足した後、ネックレスを含めた戦利品全てを回収してから藍大達はE9ダンジョンの中に入った。


 E9ダンジョンは海蝕洞と呼ぶべき内装だったけれど、入った直後からストーンクラブとウェブカマーが大量に待ち構えていて内装をじっくり観察する暇はない。


「邪魔」


 サクラが<深淵支配アビスイズマイン>で深淵の弾丸を大量に創り出し、それらで敵の大群を容赦なく撃っていく。


 遭遇して10秒もしない内に敵の大群を殲滅してしまった。


 ダンジョンの外での戦闘では補助に回っていたため、サクラも目に見えた活躍をしたかったらしい。


 現にサクラは藍大に期待に満ちた表情を向けて褒めてもらうのを待っている。


「よしよし。愛い奴め」


「エヘヘ♪」


 藍大が両手を前に出すとサクラが藍大に抱き着いて存分に甘えた。


 その間に舞達が戦利品を回収するのだが、リルは気になるでっぱりを見つけて舞に声をかける。


『舞、あの壁にある岩の出っ張りをミョルニルで殴ってみて』


「任せて~」


 のんびりとした返事をした後、ミョルニルを素振りの要領で振り抜いてリルの示した岩の出っ張りを殴った。


 その結果、でっぱりが壁の中に押し込まれるだけでなく勢い余って壁ごと壊れた。


「嘘であろう? 流しても壁を壊せるなんて悪夢である」


 どうしても”ダンジョンロード”目線になってしまうブラドとしては、舞が大して力んだ感じも見せずにダンジョンの壁を壊したことで戦慄してしまった。


 こんなことができるのも”暴食の女帝”の称号を得たからだ。


 ブラドは舞のパワーアップを嬉しく思う反面、自分が改築するどんなダンジョンも舞に易々と壊されてしまいそうで頭を抱えている。


「ブラド頭痛いの? 大丈夫? ハグしてあげようか?」


「逆効果なのだ! 主君、助けてほしいのである!」


「ん? おぉ、よしよし」


 ブラドが舞から逃げるようにして藍大に抱き着くものだから、藍大は苦笑しながらブラドの頭を撫でてあげた。


 舞の顔には自分もハグしたいと書いてあり、頬を膨らませて不満がありますと訴えている。


 これには藍大も苦笑するしかあるまい。


 それはさておき、舞が壊した壁の奥には宝箱だけがひっそりと安置されていた。


「主、今日は何が欲しい?」


「テレビでやってたホームベーカリーが良いな。あれがあったら家で焼き立てのパンが食べられるし」


「『賛成!』」


「それにするのだ!」


 食いしん坊ズが藍大の意見に賛成した。


 頭の中はもうパンでいっぱいのようだ。


「わかった。はい、これでどう?」


『ミスリルホームベーカリーだよご主人!』


 サクラがあっさりとホームベーカリーを宝箱から引き当て、リルがそれを鑑定してミスリル製であることを告げた。


 ミスリルホームベーカリーが手に入っただけでも藍大達はE9ダンジョンに来た甲斐があったと言えよう。

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