第641話 ほーら、よく噛んで食べるんだよ

 マルオがM国南部の国境で戦っている頃、ゲテキングは従魔達を連れてM国北部に来ていた。


 ”雑食道”のメンバーは雑食ミュージアムを運営するのに必要なので、ゲテキングが従魔達だけ連れてやって来た訳だ。


 ゲテキングが日本のDMU本部長の志保から依頼されたのはR国からの難民がM国に流入を阻止することだった。


 2日前まではR国の難民をM国が受け入れていたけれど、その難民達がM国で暴れたので難民達はM国から北側に追い出された。


 どうやら難民達に落ち武者となった冒険者が紛れ込んでおり、R国の内戦にM国の冒険者を巻き込もうとしたらしい。


 降りかかる火の粉はしっかりと払っておきたいので、M国は一部の例外を除いて難民を国外に追放する決断をした。


 難民達の中にはその決定に不服な者も当然おり、暴れた者と関係ないから自分をM国に入れてくれと抗議する者もいた。


 しかし、関係ないという証明ができない以上はM国には入れられないとM国はその抗議を突っぱねた。


 M国滞在を許されたのは妊婦と病人、怪我人とそれらの家族だけだ。


 仮に滞在を許可されたとしても、一部のR国人はM国が設けた移民区から外に出ることは禁止されており、実質的には人道上保護したけれど隔離するという措置だった。


 現在、M国を追い出されたか中に入れてもらえなかったR国人達はM国北部の国境近辺に難民キャンプを形成し、チャンスがあればなんとかM国に入ろうと粘っている。


「いやぁ、想像以上に酷い状況だねディアンヌ」


「弱肉強食は世の常」


「キィ」


「カムカムもそう言ってる」


 ゲテキングとディアンヌ、<着脱自在デタッチャブル>を発動中のカムカムが呑気に話しているが、そんな彼等にR国人達の視線が一斉に向けられる。


 自分達が今日食べる物にも困っていると言うのに、一目で健康そうだとわかる日本人がいたら食べられる物を持ってるかもしれないと狙うのは無理もないだろう。


 確かに食べ物は持っているから、R国人達の考えは間違ってはいない。


 もっとも、ゲテキング達の持っている食べ物が雑食に限るという点だけを見抜けていないのだが。


 我慢できなくなったR国人達がゲテキング達に襲い掛かる。


『食い物を寄越せ!』


『食い物だ! 食い物を寄越せ!』


『数で畳み掛けちまえ! ある物全部奪い取れ!』


「やれやれ、雑食に興味を持ってくれるのは良いけど品がない。ディアンヌ、やっておしまい」


「了解」


 ディアンヌは<麻痺網パラライズネット>で襲撃者達を簀巻きにして地面に転がした。


「流石はディアンヌ。毎度のことだけど仕事が速いね」


「これぐらい余裕」


 ドヤ顔のディアンヌの頭を撫でて労った後、ゲテキングは収納袋から当然のように雑食を取り出した。


 それはマッシュグラスホッパーと呼ばれる虫型モンスターをチョココーティングされたものだった。


 マッシュグラスホッパーとは体から茸の匂いをさせるだけでなく、ジャンプして踏み潰した相手をマッシュするところから名付けられた怖いモンスターである。


 それをチョココーティングしてバッタチョコを作るのがゲテキングだ。


 今日は雑食らしさを隠すつもりのない料理を取り出している訳だが、一体どうするのだろうか。


「お腹が空いてるんだよね。僕が食べさせてあげるよ」


 <麻痺網パラライズネット>で体が痺れて動けないR国人達に対し、ゲテキングは順番にその口の中にバッタチョコを突っ込んで無理矢理咀嚼させる。


「ほーら、よく噛んで食べるんだよ」


 悲鳴を上げたくとも体が痺れて自分の意思では動かせないから、R国人達はゲテキングによってバッタチョコを次々に食べさせられた。


 食べたくないと抵抗する意思も示せない今、ゲテキングが雑食無双する光景は雑食に苦手意識のある者にとっては恐怖でしかないだろう。


 R国人はゲテキングに恐怖するばかりだが、隣でゲテキングをサポートするディアンヌはうっとりしている。


狩人しゅうと様優しい。弱者にもご飯あげてる」


 忘れているかもしれないが、ゲテキングの名前は伊藤狩人いとうしゅうとだ。


 ディアンヌはゲテキングのことを狩人様と呼んでいるようだ。


 ディアンヌの惚気はさておき、ゲテキングが雑食らしさのない雑食もあるのに雑食全開な食べ物を敢えてチョイスしたのには理由がある。


 それはコストの問題だ。


 品性の欠片もない連中に手間をかけて雑食感を消す作業をするのは時間の無駄と思っているのもそうだが、いざR国人が雑食を作る時に最初から上級のテクニックを使えるとも思っていない。


 だからこそ、最低限食べられそうと思えるけど雑食全開な料理を無理やり口の中に突っ込んだのだ。


 北部の国境警備を担うM国のDMU職員は今までのゲテキングのやりとりを見て戦慄している。


『日本ってやっぱりクレイジーなんだな』


『ゲテキングの血はちゃんと赤いのだろうか?』


『迷惑なR国難民に同情の余地なしと思ってたけど、あれには同情する』


 若干日本への風評被害が混じっている気もするけれど、ゲテキングがヤバい奴認定されても否定できないだろう。


 そんな声をゲテキングはちゃんと聞いていたのでニッコリと笑みを浮かべながらDMU職員の方を振り返る。


「皆さんも食べますか? 美味しいですよ?」


『『『ひぃっ!?』』』


 ゲテキングの笑顔が恐ろしくてDMU職員達は揃って顔を背けた。


「残念。これも結構美味しいのに」


「狩人様、私も1つ欲しい」


「あ~ん」


「あ~ん」


 バッタチョコを食べるゲテキングを見てディアンヌも食べたくなったらしく、おねだりしたところでゲテキングに食べさせてもらった。


「キィ」


「カムカムも欲しいのかい?」


「キィ!」


「よし、一旦解除して良いからお食べ」


 カムカムは<着脱自在デタッチャブル>を解除してバッタチョコを食べさせてもらい、満足そうに再び<着脱自在デタッチャブル>を発動した。


 そんな時、ゲテキングは地面に転がしたR国人達の空腹を告げる音をキャッチする。


 食べさせられた物が予想外だったとはいえ、少しでも腹に収めてしまえば空腹を我慢できなくなってしまったらしい。


「おやおや、お腹が空いちゃったみたいですね」


 R国人達を見るゲテキングはとても良い笑顔を浮かべている。


「狩人様、おやつだけじゃ栄養が十分じゃない」


「確かにそうだね。それならブラックプディングは? 丁度良いのが来たし」


 ゲテキングが指差した方向にはアングリーボアの群れがいた。


 アングリーボアはワイルドボアの中でも怒りっぽい個体が派生したものであり、その肉はクセと辛味が強過ぎて食用に向かないと言われている。


 だが、食用に向かない物を食べられるようにするのが雑食だと考える者がいる。


 それがゲテキングだ。


 麻痺して動けないR国人はアングリーボアに蹴散らされてしまうと恐怖の表情を浮かべるが、ゲテキングは一向に慌てた様子を見せない。


「狩人様、倒してくるね」


「よろしく」


 ディアンヌは散歩してくるぐらいの軽い感じでそう言うと、あっさりとアングリーボアの群れを片付けて戻って来た。


「大漁だよ」


「お疲れ様。解体して調理しようか」


「わかった」


 ゲテキングとディアンヌは手際良くアングリーボアを解体してから調理を始める。


 ブラックプディングを人数分用意し、痺れは取れたものの簀巻きのままであるR国人の口の中にそれを突っ込んでいく。


『辛い! でも癖になりそう!』


『バッタチョコよりもずっと良い! 辛くても良い!』


『ビールをくれぇ!』


 最初に口の中に突っ込まれたのがバッタチョコだったからか、R国人達は涙を流しながらブラックプディングを平らげた。


 それ以外の肉は調理に必要な材料が十分ではないが、マンガ肉を作ってR国人の腹を満たした。


 彼等の腹が満たされて落ち着いたのを確認したら、ゲテキングは網を切って彼等を自由にさせた。


 食事の恩は彼等に理性を取り戻させたようで、ゲテキング達を襲うような真似はしなかった。


 そして、M国に受け入れてもらえないならばモンスターを狩るしかないと判断してゲテキングにモンスターの食べられる部位について教えを乞い始めた。


 少しの食材も無駄にはしないという覚悟なのだろう。


「うんうん。良い感じに雑食が布教できました」


 ゲテキングがニコニコしながらR国人に雑食をレクチャーしている様子が現地メディアによって報道され、掲示板が荒れたのはまた別の話である。

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