第635話 本日の料理は3分クッキングではありません

 翌日の日曜日、藍大は合宿の2日目に参加するべく朝からDMU本部にやって来た。


 舞とサクラが2日続けて薫と咲夜をおいて出かける訳には行かないので、2人の代わりに仲良しトリオが藍大に女性冒険者を近づけない壁として同行する。


 モルガナは合宿で自分の役割を終えたから今日は留守番をするらしく、リルとゲンは昨日に引き続き藍大と一緒に行動する。


 DMU本部に着いた藍大達は会議室に行くと思いきや、職人班の調理士チームが作業する厨房に向かった。


 これは今日の合宿のプログラムが変更になり、午前の部は厨房で行われることになったからだ。


 厨房の前には既にルドラ達が集まっており、邪魔にならないように従魔は召喚していない。


「「「「「師匠、おはようございます!」」」」」


「師匠なのよっ」


『C=(`厶´*)ドヤァ』


「2人のことじゃないです。マスターのことですよ」


 自分がルドラ達に師匠と呼ばれたと思ったのか、ゴルゴンとゼルはドヤ顔を披露する。


 そんな2人にメロが早とちりしてはいけないと声をかける。


 ゴルゴンとゼルは藍大の方に振り返って訊ねる。


「師匠はアタシ達よねっ?」


『(;´゚Д゚)ゞソウダトイッテヨ...』


『ルドラ達が師匠って呼んだのはご主人のことだよ』


 藍大が口を開く前にリルが真実を告げた。


 藍大はルドラ達に師匠と呼ばれて苦笑しているけれど、リルとしては藍大が大御所扱いされて嬉しいから素早く答えたのである。


 現実を知ってゴルゴンとゼルは藍大に駆け寄ってポカポカと殴る。


「アタシ達も師匠って呼ばれたいんだからねっ」


『。 ゚(゚ノ´Д`゚)ノ゚。 ユメミタッテイイジャナイカ!』


「よしよし。ゴルゴンは推理の師匠だし、ゼルは娯楽文化の師匠だ。勿論、メロは農業の師匠だからな」


 メロを仲間外れにせずに考えた呼び名を伝えてあげるあたり、やはり藍大は気が利く夫だと言えよう。


「推理の師匠なのよっ」


『(*´罒`*)娯楽は任せて』


「ありがとです!」


 仲良しトリオは揃って藍大に感謝のハグをした。


 3人を落ち着かせた藍大はルドラ達に挨拶を返した後、先程から待機していた茂に声をかける。


「茂、急な頼みで悪かったな」


「食事作りは主人と従魔の関係を築く大事な要素だ。職人班にシャングリラダンジョン産の食材を渡してくれれば問題ないぞ」


「おう。レアだけど依存度の低そうな食材を用意して来た」


「危険物みたいに言うなよな。奪い合いになるかもしれないって意味では危険だけどさ」


 厨房で料理作りをするというプログラムを実行に移せたのは茂のおかげだ。


 茂が藍大からシャングリラダンジョン産の食材を報酬として引き出すからと交渉した結果、職人班の調理士達は快く合宿で半日なら厨房を使っても良いと返事をした。


 プログラムが変更になった理由だが、これは昨日の懇親会が原因である。


 ルドラ達が藍大達を質問攻めにした際、質問の割合として食事のことが大半を占めた。


 舞とリル、モルガナはいかに藍大の作る料理が素晴らしいかアピールしたため、1日目の午後に藍大が話した料理についてルドラ達は真剣に考えるようになったのだ。


 自分の料理が美味しく作れれば、従魔がそれを喜んでくれて自分と従魔の仲が良くなる。


 そうすればテイマー系冒険者として更なる高みを目指せるのではないかという仮説を立て、2日目に是非とも藍大に料理を学びたいとルドラ達がお願いした。


 藍大は場所の問題で合宿のプログラムを変えるのは難しいと最初は断っていたけれど、茂がどうにかなるかもしれないと言って話を預かった。


 その結果がこれである。


 茂はDMU内部でも職人班と懇意にしているため、藍大からシャングリラダンジョン産の食材を貰えるチャンスだと言えば職人班はよくやってくれたと快諾した訳だ。


 ということで、いつの間にか柱の陰から自分に食材が欲しいと言わんばかりの視線を向ける調理士達にお待ちかねの食材を渡した。


 渡した食材は月見商店街で販売されているけれど、その中では高価な品で気楽に手を出せない部類の食材にしてある。


 月見商店街で販売していないレベルの食材を渡した場合、下手をすればもっとこの食材が欲しいと暴れ出す者が出て来る可能性があるので制限をしてある。


 具体的にはバトルトレントの果実やダイヤカルキノスとホワイトバジリスクを渡している。


 地下6階と地下7階の食材だが、これ以上となると色々と面倒なことになるからこの3種類で手を打ってもらうことにした。


 茂と職人班の調理士達が見守る中、藍大の料理教室が始まった。


「さあ、マスターの料理教室の始まりなんだからねっ」


「始まるです!」


『☆⌒(*^∇゜)V ハジマルヨ~!』


 今回はメロもゴルゴンやゼルと同じノリである。


 料理はメロの育てた食材も使ってもらうだけでなく、自分もちょくちょく手伝ったりするので藍大の役に立てると張り切っているようだ。


「本日の料理は3分クッキングではありません」


「藍大、いきなりどうした?」


 藍大が急に真剣な顔で変なことを言い出すものだから茂はツッコまずにはいられなかった。


「前置きしとかないとびっくりする人もいると思って。現にアジールさんとハンセンさんは驚いてるぞ」


「え? あっ、マジだ」


 日本の料理全てが3分クッキングだと思われているはずがないだろうと思って茂が2人の表情を見てみると、そうだったのかと声が出ないくらい衝撃を受けていた。


 藍大は咳払いをしてから説明を続ける。


「ということで、料理番組あるあるなこちらに○○を用意しておきましたって展開はありませんのでそのつもりでいて下さい」


「「「はい!」」」


 ショックから立ち直れていない者が2人いるけれど、すぐに復活するだろうから藍大は料理教室を進めていく。


「リル、従魔が喜んで食べる料理はなんだと思う?」


『ご主人が作ってくれた料理全部!』


「そう言ってもらえて嬉しいけどそれはリルの感想じゃないか?」


『そんなことないよ。ね、みんな?』


「その通りだわっ」


「リルの言う通りです」


『( ー`дー´)トウゼンジャナイカ』


「・・・ありがとう。これからもいっぱい作ってやるからな」


 料理教室の展開的にはここでベタな料理を挙げてほしかったけれど、リル達から自分の料理ならなんでも喜んで食べると言われて藍大は嬉しかった。


 それはそれとして気持ちを切り替え、藍大は今日作る料理を発表する。


「本日はみんな大好きハンバーグを作ります」


『ハンバーグ!』


 リルが尻尾をブンブンと振るっている。


 藍大の作る料理はどれも好きだけれど、その中でもリルが好きなのは肉料理なのは言うまでもない。


 このタイミングでムハンマドが手を挙げる。


『師匠、ノッコはハンバーグを食べるでしょうか?』


「植物型モンスターでも肉料理を食べない訳ではありません。ただし、食べない個体がいないとも言えません。だからこそのハンバーグなんです」


 藍大の話を聞いてムハンマドが首を傾げるが、ジュリアが藍大の言いたいことを理解してポンと手を打った。


『そうか、大豆ハンバーグや豆腐ハンバーグですね!』


「その通りです。それに加えて魚肉でもハンバーグは作れます。ハンバーグのように本来の食材の代わりを用意できるものならば、皆さんが今後どんな従魔をテイムしても食事を一緒に楽しめるでしょう」


『これが有名なハンバーグ万能説なんですね』


 (その説は誰が提唱したんだろうか?)


 ジュリアのコメントにツッコミたい気分になったが、藍大はそれを我慢してハンバーグの作り方をルドラ達に教えた。


 3分クッキングではないことにショックを受けていたムハンマドとインゲルは、藍大やメロが丁寧にサポートしたおかげで無事にハンバーグを完成させられた。


 それ以外の3人も料理が苦手な訳ではなかったため、落ち着いて作れば危なげなくハンバーグを完成させた。


 作ったハンバーグは自分と従魔の昼食になるので、従魔を召喚しても問題ない訓練室でそれぞれの従魔を召喚して昼食の時間とした。


 ルーデウス達は自分の主人がハンバーグを作ってくれたことに感激し、嬉しそうにハンバーグを食べていた。


 そんな従魔達の表情を見れば、ルドラ達もまた作ってあげるかという気持ちになってもおかしくない。


 合宿2日目の午前は急なプログラム変更があったが、変更して良かったと思えるだけの成果はあったらしい。

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