第632話 DMU名物の茂の部屋が始まるよ~

 昼休憩になってすぐに藍大達は茂の部屋にやって来た。


「茂、今日はちゃんとドアから入って来たぞ」


「おう。それは当たり前だ。室内にワープしてくる方がおかしい」


「どうせなら昼食も合宿のメンバーで取れば良いのに」


「そんなことをしたら俺達の気が休まらないだろ」


「ちょっとは俺の胃のことも考えてくれ」


「まあまあ。今回呼んだ5人の話を聞きたくない訳じゃないんだろ?」


 そう言われてしまえば茂も否定できない。


 茂もビジネスコーディネーション部長として藍大が関わっている合宿の進捗は知っておきたい。


 藍大の言い分はもっともだったので茂はあっさりと引いた。


 藍大と茂がそれぞれのお弁当を取り出すと、舞が嬉しそうに口を開く。


「DMU名物の茂の部屋が始まるよ~」


「名物じゃない。藍大が勝手に押し入って来るだけ」


「そうなの? 逢魔家では次こそは自分が茂の部屋に参加するんだって仲良しトリオが立候補してたよ?」


「藍大、どゆこと?」


 勝手に恒例行事にするんじゃないと茂が藍大に抗議の視線を向けるが、それは誤解だと藍大は顔の前で手を横に振る。


「違うんだ。仲良しトリオの中でもゴルゴンとゼルがDMU本部でイベントがある日は俺が茂の部屋に行くことが多いって聞いて盛り上がってるだけなんだ」


「ゴルゴンさんとゼルさんは俺の部屋をアトラクションか何かと勘違いしてないか?」


「2人はこの部屋でお弁当を食べながら情報交換に参加したことを一種のステータスだと考えてるっぽい。有識者会議的な感じ?」


「なんじゃそりゃ。まあ良いから食べようぜ」


 茂は問い詰めるのを諦めて弁当を食べ始めた。


「『いただきま~す!』」


「「いただきます」」


 舞とリルの食いしん坊コンビがその直後に食べ始め、藍大とサクラがワンテンポ遅れて食べ始めた。


「それで、今日の合宿はどうよ? 印象的なことはあったか?」


「サクラの”色欲の女王”が”色欲の女帝”になったことかな」


「待て。ちょっと待て。お願いだから待ってくれ。今なんて言った?」


 茂は自分の聞き間違いであってくれという思いも込めて訊き返したが、現実とは非情なものなのだ。


「サクラの”色欲の女王”が”色欲の女帝”になった。<色欲ラスト>と<催眠眼ヒュプノシスアイ>が<色欲女帝ラストエンプレス>になったおかげでな」


「なあ、今回は外国人冒険者をテイマー系冒険者に転職して育てるのが目的なんだよな? どうしてそうなった?」


 聞き間違いではないと悟り、茂は今回の合宿の目的とサクラのパワーアップが結びつかなくて藍大に質問した。


「ルドラさん達にモンスターを用意する時、7階のボス部屋を使ったんだ。それで、7階に元々いたヤマタノオロチが邪魔で倒したんだが、その魔石でサクラがパワーアップした」


「昔はヤマタノオロチも強敵だって思ってたんだけど、藍大の報告を聞くと雑魚モブモンスターなんじゃないかと錯覚させられるのが怖い」


「私にとっては雑魚モブも同然だった」


「デスヨネー」


 サクラの実力を知る茂はサクラの余裕そうなコメントに片言で応じてから胃薬をサッと飲んだ。


 食事中だろうがなんだろうが即効性のあるタイプの胃薬なので、これさえ飲んでおけばもう安心である。


 相変わらず茂は奈美の胃薬を手放せないらしい。


 茂は気持ちを切り替えて再び口を開く。


「外国人冒険者達で気になったことはないのか?」


「2つある」


「2つ? それは多いと捉えるべきか少ないと捉えるべきか」


「少ないんじゃないか? 1ヶ国あたり1つ気になることがあってもおかしくはないんだし」


「なるほど。そう考えれば少ないな」


 藍大の言い分に茂は納得したように頷いた。


「ネタ的な意味で気になることと後々面倒な展開になりそうなことのどっちから聞きたい?」


「何その二択。じゃあ、前者から」


「G国のマリッサ=ライカロスさんが真奈さんの大ファンで調教士に転職した。最初にテイムしたいって希望したのがクレセントウルフだった」


『天敵・・・』


「Oh・・・」


 真奈の名前が聞こえた途端、リルが食べるのを止めて藍大の膝の上でプルプルと震え出した。


 藍大がそんなリルの頭を撫でて落ち着かせるのを見て茂はリルに同情した。


「ライカロスさんが第二のディオンさんになるのは間違いないと思うぞ」


「G国的には順調なCN国の後追いができるから喜ぶだろうけど、リルにとっては天敵が増える訳か。そりゃ気になるわな」


『茂にもわかるはずだよ。胃痛の種が1つだと思ってたら2つに増えて、それがどんどん分裂した時の気持ちが』


「この話は止めようぜ。これ以上喋っても誰も幸せになれない」


 リルの言葉がグサッと刺さり、茂は藍大に次の話に移ってくれと頼んだ。


 藍大も茂にマリッサを警戒する必要があるとわかってもらえたので頷く。


「そうだな。それなら面倒な方を話そう。苗字で呼ぶとどっちかわからなくなるから名前で呼ぶが、ジュリアさんがソフィアさんに抱くコンプレックスが気になる」


「西洋の聖女にしてオルクス様の巫女が姉だと色々あるだろうな」


 藍大の話を聞いて茂はすぐに納得できた。


 施療士というだけで注目を浴び、国内の冒険者を救い続けて来ただけでも十分注目されていたソフィアを姉に持てば、ジュリアが姉と比べられて暗い感情を抱くのも頷ける。


 それに加えて現在ホットな神様の話題にも絡んでおり、ソフィアの重要性はどんどん増していく。


 無論、藍大の方が重要性について天井知らずではあるものの、ソフィアも決して無視できない重要人物だと言えよう。


「言葉の節々にソフィアさんよりも○○したいみたいな比較する気持ちが見て取れた」


「そうだね~。従魔も純粋な理由でバロメッツを選んでなかった気がする~」


「でも、バロンがイケメンエルフになったら結婚しようか悩んでたよね」


「逆光源氏計画じゃん。もしかして、姉より先にイケメンと結婚するみたいなことを考えてる?」


「その可能性はある。バロンの育成方針については注意しないとバロンがかわいそうなことになるかもしれん」


 茂は藍大達の話を聞いてジュリアが本当にソフィアへのコンプレックスで動いていると判断した。


 藍大も午後の部で従魔との関わり方について話すつもりだが、特にジュリアを注意するつもりらしい。


「ジュリアさんとソフィアさんが争うことになると思うか?」


「ソフィアさんに争う意思はないだろう。ジュリアさんの方は今の彼女に争う意思がなくとも、周りが焚き付けないとも限らない。I国のDMUに老害四天王みたいな連中がいるとヤバいかもな」


「テイマー系冒険者が暗黒面に堕ちるとか笑えない被害が出るぞ」


「もしも悪い意味で世界を騒がせるようなことが起きたら、その国に支援しないって言えば落ち着かせられるんじゃね?」


「それは何もできないわ。良いんじゃないか? 俺もI国のDMUが割れて揉めたりしないように吉田さん経由で根回ししとく」


 茂は良いアイディアだと頷いた。


 実際、日本から冒険者の派遣や覚醒の丸薬Ⅱ型の輸出を止められた場合、ダンジョン探索の進捗が停滞するのは間違いない。


 CN国は少しずつ自国の冒険者だけでなんとかできる目途が立っているが、他の国はまだまだ自立は難しいだろう。


 今は余計な争いをしている場合ではないと言う意味合いを込め、今日転職した冒険者達に釘を刺すのはやっておいて損はない。


「よろしく」


「他の3人は問題ないって認識で良いよな?」


「大丈夫だと思うぞ。強いて言えば、N国のハンセンさんが世紀末覇者になるかもしれんが」


「どゆこと?」


「騎士から調教士に転職したんだけど、最初にテイムしたのがノーブルホースなんだ。だから、ゆくゆくはコクオーみたいなごっつい馬に騎乗するかもしれない。名前がカイゼルだし、途中から騎乗戦闘してたし」


 インゲルがカイゼルに跨って戦っている時のことを思い出して藍大が付け加えた。


「舞みたいにヒャッハーしてなかったけどね」


「別にヒャッハーしたって良いじゃん。敵を威圧するにも丁度良いし」


『舞の戦い方は本能的なようで理に適ってると思うよ』


 サクラに対して舞が反論すると、リルは舞に加勢した。


 リル的には舞の戦いは頭を使っていると捉えているようだ。


「ヒャッハーもそうだが日本に来る前後で性格が変わるようなブートキャンプだけはしないでくれ」


「そんなことしないから安心しろ。真奈さんじゃないんだから」


『そうだよ。ご主人は天敵とは違うんだから大丈夫』


 藍大の言葉にリルは力強く頷いている。


 真奈を駄目な方に信頼しており、藍大を良い方に信頼しているのが明らかだった。


 こんな話をしている間に昼休憩の時間はあっという間に過ぎてしまい、藍大達はルドラ達の待つ会議室へと移動した。

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