第628話 逃がさないのよっ。いつも一緒なのよっ

 藍大から電話で報告を受けた茂は訊き間違えたのではと訊ね返す。


『えっ、なんだって?』


「難聴系主人公乙。現実逃避したいのはわかるけど受け入れようぜ」


『認めたくないんだよな。既に胃痛と戦ってるけど』


「痛みがある時点でそれは現実だろ? こんな時こそ胃薬飲めよ」


『飲んだっての。効き始めるまでだけでも胃が痛いって言ってんだよ』


「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」


 黙れえ〇りとツッコむ気力は今の茂にはなかった。


 茂が藍大から電話で知らされたのは、神話関係国かつテイマー系冒険者がいない国から選抜された冒険者を招き、転職してもらった後に藍大が指導するという内容である。


 テイマー系冒険者に転職できる転職の丸薬の販売は非常に緊張感のある問題であり、それは覚醒の丸薬Ⅱ型の販売とは比べ物にならないぐらい各国から圧がかかる。


 何故あの国だけ優遇するのか、それは不公平だから我が国にも同じ分だけ要求すると抗議してくる国が出てこないはずない。


 今回、転職の丸薬を売る相手を具体的に挙げるならば、I国とIN国、EG国、G国、N国の5ヶ国だ。


 A国とD国、F国はテイマー系冒険者がいるのでここには含まれていない。


 A国というよりもそのDMU本部長であるパトリックは藍大にビビっているくせに抗議する時だけはしつこい。


 D国とF国のDMU本部長もそれに便乗するとなれば、鬱陶しいのは間違いない。


 普段の外交は志保が行うから関わる機会は滅多にないが、藍大が関わる案件のみ日本の担当者が志保から茂に代わる。


 今回の件は正に藍大が関わるものだから、茂が対応せざるを得ない。


 それゆえ、パトリック達の抗議を受けなければなならないのかと胃が痛くなった訳である。


 胃薬が効いて胃痛が収まったので茂は気になったことを訊ねる。


『つーかさ、藍大は外国人冒険者の面倒見ることに納得してるの?』


「この先のことを考えると仕方なく?」


『あぁ、あちこち派遣されるぐらいなら1回で済ませたいよな。それに、ちゃんと報酬も神々から貰えるって感じか』


「正解。グシオン討伐遠征みたいなことを何度もしたくないんだ。家族もまた増えたことだし、まとめて済ませられる用事はちゃっちゃとやりたい」


 藍大の言い分を聞いて茂は納得した。


『転職先は調教士と蔦教士だよな?』


「昨日の時点で奈美さんが転職の丸薬(鳥教士)の開発に成功したから、鳥教士も追加だな」


『マジかよ奈美さん。素材は何? リャナンシーの血とLv100の鳥型モンスターの魔石を砕いた粉以外に何が必要だった?』


「Lv90以上の鳥型モンスターの嘴と羽根を粉砕したものをそれぞれ3種類だ」


『爪と歯の代わりが嘴と羽根だったか』


 茂は転職の丸薬(調教士)の調合に必要な素材を思い出し、転職の丸薬(鳥教士)の素材との違いを聞いて感心した。


 転職先が異なれば調合に必要な素材が違うのも当然だが、獣型モンスターと鳥型モンスターでこうも違うのかと思ったのだ。


「茂、ひとまず対象国との調整は頼んだ」


『今度何かシャングリラ産の料理を食べさせてくれ』


「だったら今日来れば? 伊邪那美様と伊邪那岐様が結界を張り直したのを労ってご馳走作るから」


『ちょ、お前、ええ!? なんでここでとんでもない爆弾投下するの!?』


 しれっと藍大が話した内容が国防の観点で重大事項だったため、不意打ちを受けて茂の声が大きくなった。


「いやぁ、俺も今朝知ったんだよね。張り直した結界は今までの結界の機能に加えて敵意を持ったモンスターが日本の領土領空領海に入れなくなったらしい」


『大変ありがたいことだけど不意打ちは止めて!』


「俺だって不意打ちだったんだ。茂も不意打ちされれば良いかなって」


『巻き添えにすんなよ馬鹿!』


「OK。今日は芹江家が欠席っと」


 茂はご馳走を食べられなくなるのは困るので秒で謝る。


『嘘ですごめんなさい。謝るからお邪魔させて』


「よろしい。ご馳走は19時にディナーとして作る予定だから、仕事を終えてから来いよな」


『わかった。今日はNO残業デーだ。絶対に定時で帰る』


「そうか。頑張れ」


『おう。じゃあな』


 茂が本気を出すようだったので遅刻する可能性はほとんどないだろう。


 もしも茂が遅刻するとなれば、何か藍大達にとっても面倒な案件が生じた時だけだ。


 茂との電話を切ると、藍大の隣にとびきりの笑顔を浮かべる舞がいた。


「藍大、お腹いっぱい食べるために運動しに行こうよ」


「地下神域で?」


「違うよ。ダンジョンで。食材調達も兼ねて運動するの」


「ですよねー」


 舞は薫を産んでからダンジョン探索に復帰しており、すっかり本調子に戻っていた。


 サクラも咲夜を産んでからは舞にプロポーションで負けないとダンジョン探索でシェイプアップした。


「今日は『Let's eat モンスター』で紹介したフルコースだよね?」


「そのつもり。でも、ピュートーン丼はミド重に差し替え予定」


「ミドガルズオルム美味しいもんね~。タレが完成したの?」


「おう。期待してもらって構わないぞ」


 ミドガルズオルムの肉はシャングリラダンジョンの地下16階を一度踏破した際の物だが、まだまだ余っているので藍大は色々な食べ方を研究していた。


 ミド重は伊邪那岐がミドガルズオルムを蒲焼にして丼で食べても美味しそうというコメントを実行するために作るつもりだ。


 ミドガルズオルムに合うタレの作成に時間を要していたが、それも遂に完成したのでお披露目できるのである。


「それ以外は変更なし?」


「神桃のタルトもメロが育てたフルーツのパフェにチェンジしようかな?」


「わかった! それじゃあ余計にお腹を空かせないとね!」


「まだ朝なんだけどな。昼食で食べ過ぎるなよ?」


「大丈夫! どっちも美味しくいただくから!」


 舞はとても良い笑顔で言い切った。


 その後、藍大は舞とサクラ、リル、ゲンを連れてフルコースのモンスター食材狩りツアーが行われた。


 昼食前に必要なモンスター食材を手に入れて帰宅した藍大達を仲良しトリオが迎え入れる。


「おかえりなんだからねっ」


「お疲れ様です。無事に狩りはできたですか?」


『(*´・∀・)フッ、狩りは成功のようだな』


 (ゼル、今日はハードボイルドキャラに寄せてるな)


 いつもと比べて表情はおとなしめで文字数の多い顔文字を使っていることから、藍大はゼルがハードボイルドキャラの出るアニメを見ていたことを推測した。


 それはそれとしてメロの質問に答える。


「無事に狩れたぞ。ベヒモスとジズは”希少種”だったけど問題なかった」


「私もちゃんと手加減できたしね」


「昔と比べて舞は成長した。ここまでの道のりは長かった」


 サクラがどこからかハンカチを取り出して涙を拭う真似をする。


「泣く程酷くないよ~」


「そんなことない。だよね、リル?」


『・・・』


 リルはサクラから会話のボールを渡されて困り、視線を逸らして沈黙を守った。


 仲良しの舞を悪く言うつもりはないけれど、舞がモンスター食材を駄目にしないように手加減できるまで長かったと思っているのは簡単にわかった。


 リルが何も言わないものだから、ゴルゴンとゼルがニコニコしながら代わりに言う。


「舞は馬鹿力なのよっ」


『┗(`・ω・´)┛マッスルマッスル!』


「酷いことを言うのはこのお口か~」


 舞は緩い口調とは裏腹に素早く仲良しトリオ全員を抱き締めた。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」


『ノォ~!!(゚Д゚ノ)ノ』


「なんで私まで巻き込むですか!?」


 余計なことを言えばハグされるとわかっていたからメロは何も言わなかったのだが、何故か3人まとめてハグされたので抗議した。


「仲良しだから仲間外れは良くないと思って?」


「そこは私だけでも見逃してほしいです!」


「逃がさないのよっ。いつも一緒なのよっ」


『(*´艸`)絶対に逃がさない』


 自業自得だというのにゴルゴンもゼルもメロを掴んで離さない。


 今日も舞と仲良しトリオは賑やかだった。


「離すです! どうしてもと言うならブラドも呼ぶです!」


「吾輩を巻き込まないでほしいのだ!」


 通りがかったブラドを見つけてメロがそう言うと、ブラドは飛んだとばっちりだと捕まる前に全力で優月達の待つ部屋に戻った。


 夕食がフルコースということもあり、昼食は夕食に使わない食材を使ったお好み焼きになった。


 ディナーに間に合った茂がその話を聞いてお好み焼きも食べたかったと言うあたり、茂もなんだかんだで食いしん坊だ。


 とりあえず、茂が今朝の胃痛を忘れて藍大のフルコースを楽しんだのは間違いない。

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