第624話 なんだって良いさ。俺達は強敵と戦いたいだけなんだから

 国際会議で模擬戦が行われている頃、日本からの遠征隊がC半島国の港に着いて上陸した。


 試作高速艦東雲はシャングリラマグスラグやマグマイマイの素材を使った燃料を使い、従来の船を著しく上回る速度で移動したのだ。


「船で2時間か。試作高速艦って話だけどマジで速かったな」


東雲しののめってどんな意味だったっけ?」


「確か夜明けとか明け方じゃなかった?」


「日本の夜明けぜよ!」


「とっくに明けてるだろ。今からC半島国に行くんだし、C半島国の夜明けにしとけよ」


 これからモンスターの大群と戦うので緊張しているかと思いきや、遠征隊の冒険者達の声色は余裕があるのかまだ明るい。


 遠征隊と銘打っているものの、そこに上下関係はないから現地に着けばクランやパーティー単位で行動することになる。


「C半島国の英雄に俺達はなるぞ!」


「「「・・・「「なるぞぉぉぉぉぉ!」」・・・」」」


 気合いを入れて出発したのは三代目ジェラーリ率いる”リア充を目指し隊”だ。


 おそらく彼等は今回のC半島国遠征で誰よりも気合が入っている。


 クダオの件や日本のトップ10クランから落ちたこともあり、彼等は自分達の実力をアピールするチャンスとしてこの遠征に懸けているのだ。


「諸君! モンスターを狩って狩って狩り尽くせ! ここから先はボーナスタイムだ!」


「「「・・・「「ボーナス! ボーナス! ボーナス!」」・・・」」」


 ”ブラック企業戦士団”のメンバーの頭の中はモンスター=お金である。


 ブラック企業を辞めて冒険者になった彼等は狩ってモンスター素材を換金することで充足感を得ており、早く狩りに行きたくてうずうずしているようだ。


 その他のクランも次々に戦場に向かっていく中、”ゲットワイルド”の3人はマイペースに港を出発した。


「クラマスー、こっちのモンスターはル・カルコル並みに強いと思うか?」


「全部が全部強い訳じゃないだろう。だから、俺達は雑魚モブをできる限り無視して強いモンスターを狙いに行く」


「そうだよな! クラマスはわかってるぜ!」


「強いモンスターの魂は何色だろうねぇ」


 アマゾネスとシャーマンはワクワクを隠せない様子だ。


 クランマスターのバーバリアンも強いモンスターと戦えるチャンスに普段よりもソワソワしていた。


 ”ゲットワイルド”は3人で構成する小規模クランだ。


 もはやパーティーレベルの人数しかいないが、戦闘力だけなら日本でも上位に入る。


 バーバリアンが二つ名のクランマスターは狂戦士の職業技能ジョブスキルを有しており、戦闘に使える物はなんでも使うスタイルだ。


 アマゾネスは肉弾戦を得意とする拳闘士であり、舞に憧れていることから戦う時に舞のような発言が見て取れる。


 シャーマンは降霊士というレアな職業技能ジョブスキルを持っており、倒したばかりのモンスターから魂を吸収すると強くなる。


 戦闘手段はナイフや小道具を使っており、ソロ時代はスカウトもこなしていた。


 3人全員が強者との戦闘を好むという共通点で繋がっているため、男1人女2人というメンバーでも話題の大半は戦闘のことばかりだ。


 浮かれた話は残念ながらない。


 それはさておき、”ゲットワイルド”の3人が強いモンスターとの戦闘を望んで進んで行くと、戦闘音がどんどん近づいて来た。


「近いな」


「だな」


「そうだねぇ」


 雑魚モブモンスターとの戦闘で足止めをされたくないため、バーバリアン達は静かにではあるが確実に移動速度を上げて進む。


 少し進んだ所では既に”リア充を目指し隊”のような先に出発したクランが戦闘を開始していた。


「バトルエイプにマッシブコングか」


「猿ばっかりじゃねえか」


「グシオンが猿ならば配下も猿なんだろうねぇ」


 グシオンが引き連れて来たと思しき雑魚モブモンスターがいずれも猿要素の強いモンスターだったため、アマゾネスとシャーマンの言い分も納得できる。


 バーバリアンは周囲をよく確認して集団を束ねているモンスターを探した。


 近くにグシオンがいないのは確認済みだ。


 それにもかかわらず、モンスターがある程度まとまって戦っているならばそれらを率いる個体がいると考えるべきだろう。


「見つけた」


 バーバリアンはニヤリと笑いながら強そうなモンスターを見つけたと告げた。


 その個体はマッシブコングと体のサイズは変わらないが、毛の色が白かった。


 一般的なマッシブコングの黒い毛に対し、白い個体がいれば怪しむのは当然である。


「あの白いのをやるぞ」


「よっしゃあ!」


「了解」


 バーバリアン達は物陰から飛び出して白いマッシブコングに接近した。


 白いマッシブコングは自身に接近する存在を見つけてドラミングで威嚇する。


 この白いマッシブコングはホワイトマッシブというマッシブコングの上位個体であり、自分より下位の者に強く上位の者に媚びる臆病者だ。


 今もドラミングで大きな音を出して強そうな敵を少しでもビビらせようとしている。


「ウホォォォォォ!」


「煩い!」


 最初に攻撃を仕掛けたのはバーバリアンだ。


 バーバリアンのTHYバールをホワイトマッシブが腕で防ごうとするが、道場ダンジョンでル・カルコルを倒すべく鍛えて来たバーバリアンの攻撃を防げるはずがない。


 攻撃を防いだ腕の骨が折れる音がして、ホワイトマッシブが悲鳴を上げる。


「ウボァァァァァ!?」


「ヒャッハァ! 無視すんじゃねえぞゴラァ!」


 バーバリアンの反対側からアマゾネスが渾身のストレートを放つ。


 こちらもメキッと嫌な音がしてホワイトマッシブの顔が痛みに歪む。


「私もいるんだけどねぇ」


 いつの間にか背後に回っていたシャーマンがナイフで首を切断すれば、ホワイトマッシブの頭部がずり落ちて動かなくなった。


 その直後からマッシブコングとバトルエイプの動きが精彩を欠いたものに変わった。


「シャーマン、魂は回収したか?」


「ばっちりだねぇ」


「よし。じゃあ、魔石と毛皮だけ回収して次に行こう」


 バーバリアン達は収納袋を持っていないので、持ち運べる物には限界がある。


 それゆえ、絶対に売れる魔石と綺麗に剥ぎ取れた背中側の毛皮だけ回収して次の場所へと移動し始めた。


「それにしてもよ、現地住民がいねえな」


「確かにねぇ。人間の死体が落ちてないから違うどこかで戦ってるか避難してるかだろうねぇ」


「なんだって良いさ。俺達は強敵と戦いたいだけなんだから」


 バーバリアンはアマゾネスとシャーマンの会話を終わらせると同時に、まだ日本の遠征隊が戦っていないモンスター集団を見つけて静かにするよう口の前に人差し指を立てた。


 3人は急いで瓦礫の影に隠れて敵の様子を伺う。


「ウホッホォォォォォ!」


「「「・・・「「ウホッホォォォォォ!」」・・・」」」


 青い手長ゴリラが叫ぶのと同時に鈍色の手長ゴリラがバラけて破壊行動を始める。


 青い手長ゴリラはブルーレンジコングで鈍色の手長ゴリラはレンジコングだ。


 VITが高くて腕を棍棒のように振り回すことが特徴として挙げられる。


 ブルーレンジコングを始末すればレンジコングの統制が取れなくなると判断し、バーバリアン達は最初のターゲットをブルーレンジコングに定めた。


「私が仕掛けるよぉ」


 そう言ってシャーマンが取り出したのは吹矢だった。


 吹矢には猛毒が塗られており、シャーマンの吹矢が刺さったブルーレンジコングは泡を吹いて倒れた。


 それでもまだHPが尽きた訳ではないので、とどめを刺しにバーバリアンが駆け出す。


「とどめだ」


 バーバリアンがブルーレンジコングの脳天に渾身の力で振り下ろしたため、猛毒で体を動かせないブルーレンジコングは頭を砕かれて力尽きた。


 ブルーレンジコングが倒れた途端、レンジコング達は自分を従える存在が消えてパニックになり叫び始めた。


「「「・・・「「ウボァァァァァ!?」」・・・」」」


 レンジコング達の叫び声はサイレンと表現しても過言ではなかった。


 その証拠にレンジコング達の叫び声によって呼び寄せられた者がいた。


「指揮官が短時間に2体もやられたと思ったら鼠が紛れ込んでたのか」


 空から聞こえた声の主を見上げると、そこにはタキシードを着て背中から悪魔の翼を生やしたゴリラがいた。


「お前がグシオンか。会いたかったぞ」


 バーバリアンがTHYバールをそれぞれの手で持って構え、アマゾネスとシャーマンがそこに素早く合流する。


「ほう、俺様を見て怯えないとは大した度胸だ。良いだろう。少しばかり遊んでやる」


 グシオンは獰猛な笑みを浮かべてバーバリアン達目掛けて急降下した。

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