第623話 敬語で拒否!? だがそれが良い!

 翌日の1月6日の日曜日、国際会議は2日目を迎えた。


 午前9時に博多港から遠征隊が高速船に乗船してC半島国に向かって出発し、それ以外に特にやることがないから国際会議は予定通り2日目も開催する。


 会議参加国のいずれも昨日の今日でC半島国に遠征できる訳がなく、おとなしく日本に遠征を任せることになった。


 それゆえ、参加者は1人も欠けることなく会議2日目に参加している。


 2日目の予定は午前が各国の冒険者の模擬戦であり、午後はオークションを行ってから懇親会だ。


 ということで、今日は参加者全員が訓練室に集まっている。


 藍大に同行するメンバーだが、ブラドの代わりにエルが加わった。


 ブラドは昨日の概況発表とディスカッションですっかり飽きてしまったらしく、今日は優月達と過ごしたいと言うので藍大がその意思を尊重した。


 エルを代わりに連れて来たのは、C半島国で遠征隊がグシオンに敗走した場合を考慮してのことだ。


 エルにゲンと同じく憑依してもらえば藍大も空を飛べるので、藍大の移動手段と防衛手段を確保してリルに戦闘に専念してもらえるからである。


 それに加え、もしも午前の模擬戦で藍大に挑戦したいという者が現れた時はエルに相手をしてもらうつもりなのだ。


 ドライザーが最近では神獣になるためにダンジョンへ同行することも増えて来たため、エルだけ見張りばかりでは退屈だろうと藍大が気を遣っている。


 模擬戦では茂が審判を務めるため、進行は志保ではなく茂が行う。


「これより模擬戦を行います。最初に戦いたい人は挙手をして下さい」


『はい!』


 真っ先に手を挙げたのはシンシアだった。


 それ以外のメンバーは様子見を決め込んでおり、手を挙げる者がいなかった。


「ディオンさん、誰か戦いたい人はいますか? 指名した相手が承諾すればその人と戦ってもらいます」


『私は東洋の魔皇帝と戦いたい』


『正気か!?』


『冗談だろ!?』


『まだ頭が起きてねえのか!?』


 藍大をしっかりと見て指名するシンシアに対し、他の国の冒険者達はなんて無謀なことをと感想を口にする。


 藍大は別に戦っても戦わなくても良かったが、指名されたのならエルを連れて来て正解だったと思った。


「私の従魔と戦いたいんですね?」


『その通りだ。マイモフモフの力がどれだけ東洋の魔皇帝に通じるのか試してみたい』


「決まりですね。藍大、ディオンさん、1階に降りて戦闘準備に移って下さい」


 茂は話がまとまったことを確認して2人に指示を出した。


 1階に降りた藍大達はシンシアが従魔を召喚するのを待った。


『【召喚サモン:ケルヴィン】』


 シンシアが召喚したのはケルベロスだった。


 ただし、シャングリラダンジョンに出て来るケルベロスとは異なり、その体表が青っぽい黒色に染まっている。


 藍大はすぐにモンスター図鑑を視界に映し出し、ケルヴィンと呼ばれた従魔について調べ始めた。



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名前:ケルヴィン 種族:ナイトメアケルベロス

性別:雄 Lv:100

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HP:3,000/3,000

MP:3,500/3,500

STR:3,000

VIT:2,500

DEX:2,500

AGI:3,000

INT:3,000

LUK:3,000

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称号:シンシアの従魔

   ダンジョンの天敵

   到達者

二つ名:プリンセスモッフルの忠犬

アビリティ:<多重思考マルチタスク><深淵吐息アビスブレス><十字鋭爪クロスネイル

      <吸収噛ドレインバイト><猛毒尾鞭ヴェノムテイル><発火咆哮パイロロア

      <剛力突撃メガトンブリッツ><全半減ディバインオール

装備:なし

備考:やる気満々

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 (なかなかやるじゃん)


 シンシアが育てたケルヴィンのステータスを見て藍大は感心した。


 モフモフが大好きなだけあって、シンシアはケルヴィンをしっかりと育てていた。


「エル、任せるぞ。殺さないようにな」


『承知しました。殺さない程度に身の程を知ってもらいましょう』


 相手のケルヴィンもやる気だが、エルもやる気は十分なようだ。


 双方の準備が整ったのと判断して茂は戦闘開始の合図を出す。


「模擬戦第一試合始め!」


 茂が合図を出した直後、エルはDDキラーを肩に担いで空いた手の指でクイクイと挑発する。


『先手を譲りましょう』


「「「ワォン!?」」」


 自分が下に見られていると気づいてケルヴィンは怒り、<十字鋭爪クロスネイル>をエルに向かって放った。


 エルはDDキラーをデスサイズ形態のまま横薙ぎにし、それによって生じた斬撃でケルヴィンの放った十字の斬撃を相殺した。


『やはり一筋縄では行かないか。ケルヴィン、臆するな! いつも通りガンガン行けば良い!』


「「「ワォン!」」」


 自分の攻撃が後出しの攻撃に容易く相殺されて弱気になっていたケルヴィンだが、シンシアの指示を聞いて気持ちを切り替えて<深淵吐息アビスブレス>を連発する。


『無駄です。キェェェェェ!』


 エルが<破裂咆哮バーストロア>を発動したことにより、ケルヴィンのそれぞれの頭から放たれた<深淵吐息アビスブレス>が分解されて消えた。


『圧倒的じゃないか魔皇帝の武装鎧は』


『後出しで相殺だぞ? それに余裕が感じ取れる』


『東洋の魔皇帝はどれだけ俺達の先を進んでるんだ?』


 ケルヴィンの攻撃をあっさり止めるエルを見て、2階から観戦している冒険者達は畏怖の念しか感じなかった。


 実際、自分達が戦えばケルヴィンに勝てるかどうかも怪しい。


 それなのに、そのケルヴィンを子供扱いするかのようなエルを見れば参加者達の心が折れるのも無理もない。


 遠距離戦闘ではどうしようもないと判断すると、ケルヴィンは近接戦闘に切り替えて<剛力突撃メガトンブリッツ>を繰り出す。


 エルと距離が近づいて射程圏内に入った途端、<多重思考マルチタスク>を駆使して残った頭で<吸収噛ドレインバイト>と<猛毒尾鞭ヴェノムテイル>を発動した。


『無駄です』


 エルはDDキラーをくるくると高速で回して<吸収噛ドレインバイト>と<猛毒尾鞭ヴェノムテイル>を防いでみせた。


 それどころか、ケルヴィンの攻撃を弾き返してバランスを崩した瞬間を狙い、エルはケルヴィンの体を押して仰向けに倒した。


 仰向けになったケルヴィンの首にDDキラーの刃が添えられ、少しでも動けば斬れる状態でエルは動きを止めた。


 シンシアの降参を待っているのだ。


「「「クゥ~ン・・・」」」


 もう打つ手なしですと言わんばかりにケルヴィンが鳴くと、シンシアが口を開く。


『降参だ。参った。やはり東洋の魔皇帝とその従魔の壁は高いな』


「そこまで! 第一試合、勝者は日本の逢魔藍大!」


 シンシアの降参宣言を受けて茂が勝負の決着を知らせる。


『私の従魔が相手じゃなくて本当に良かった』


『勝てる奴なんていないだろ』


『魔皇帝の武装鎧の戦うところなんて滅多に観れないが、あれも戦ったら駄目な奴だ』


 エルは各国の冒険者達のコメントを受けて得意気に藍大の前に戻って来た。


『ボス、任務完了です』


「お疲れ様。しっかり手加減できてたし、DDキラーも見事に使いこなせてたぞ」


 藍大がエルを褒めていると、藍大に抱き抱えられていたリルがプルプルと震え出す。


『ご主人、天敵2号がこっちに来る』


「大丈夫だ。俺が一緒なんだから安心してくれ」


 リルはシンシアの接近に怯えていたが、藍大に頭を撫でられて落ち着きを取り戻した。


『やはり東洋の魔皇帝は強いな。完敗だったよ』


「「「ワォン」」」


 ケルヴィンがシンシアの言葉に続いて参りましたと言わんばかりにペコリと頭を下げた。


『ケルヴィンはもっと高火力のアビリティを身に着けた方が良いよ。そうじゃなきゃ僕達クラスの相手に攻撃が届かないから。強いモンスターの出るダンジョンで探索して、いっぱい魔石を食べさせてもらってね』


「「「ワォン!」」」


 リルのアドバイスを受けてケルヴィンがご指導いただきありがとうございますと鳴いた。


『リル、私にもアドバイスをくれまいか!?』


『お断りします。お引き取り下さい』


『敬語で拒否!? だがそれが良い!』


 シンシアはリルに距離感のある話し方でアドバイスを断られたが、それはそれでリルらしくて良いと前向きに捉えた。


「とりあえず、上に戻りましょうか。次の組み合わせもあるでしょうから」


 茂から早く2階に戻って来いと目で訴えられたので、藍大達は2階へと戻った。

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