第620話 何かそういうデータはあるんですか?

 昼休憩が終わって国際会議が再開した。


 1日目の午後は用意されたテーマに対するディスカッションをする時間である。


 スクリーンに最初のテーマが投影された。


 司会進行は開催国のDMU本部長である志保が担う。


「最初のテーマは”大災厄”対策です。現在、日本から派遣した冒険者が協力したことで国際会議参加国並びに友好国に現れた”大災厄”の討伐が確認できました。直近の問題は旧C国のグシオンとR国のウァレフォルの影響でしょう。IN国はグシオンのせいでピンチの時もありましたがいかがでしょうか?」


『IN国としてはグシオンを野放しにしたくありません。ヒマラヤダンジョンで起きたスタンピードは”楽園の守り人”の皆様のおかげで終結しましたが、旧C国の国境を越えて乗り込んで来たらと思うと不安で仕方ありません。ただ、現状では我が国も国内のダンジョンを踏破、間引きするのが手一杯で国外まで手を出せておりません』


 IN国の冒険者は三次覚醒者がこの場にいるルドラも含めて10人しかおらず、今は停滞していた国内のダンジョン探索を進めるので忙しい。


 とてもではないが、旧C国のグシオン率いるモンスターの大群をどうにかできる余力はない。


 そこで口を開いたのはA国のDMU本部長を務めるパトリックだった。


『人がいないんだ。いっそのことミサイルでも撃てば良いんじゃないか? 住民がいるならば避けるべきかもしれないが、人がいないなら地図から消えた国に核ミサイルを連発すれば良い』


 パトリックの発言には2つの意図があった。


 1つ目は一部を除いてどの国も冒険者を派遣する余裕がないならば、力を強めて旧C国から出てくるかもしれないグシオン達を核ミサイルで敵戦力を減らすことだ。


 2つ目はC半島国の帰る場所を奪うことである。


 仮にグシオンを討伐できたとして、特に戦力にもならなかったC半島民がのうのうと旧C国に帰ろうとする可能性は高い。


 その際に使える物を残しておけば、C国として復活した時にまた余計なことをする可能性が否定できない。


 だったら帰れたとしても焼け落ちた戦場痕しか残っていない場所にして、C国復活を遅らせようと考えている訳だ。


 C半島国と仲の悪いA国だからこその発言と言えよう。


『良いんじゃないでしょうか?』


『私は一向に構いません』


 パトリックの発言にD国とF国のDMU本部長が賛成した。


 この3ヶ国は事前に示し合わせていたようで、A国の意見にD国とF国が続いて流れを作った。


『T島国も賛成です。C半島国に慈悲はありません。全て燃やし尽くしましょう』


 (積年の恨みってやつか)


 T島国のDMU本部長は特にA国と通じていた訳ではないようだが、独立させてもらえずそれどころか搾取して来たC半島国に報復できるチャンスを逃すまいとしている。


 藍大がその暗い感情を読み取ったのと同様に、他の参加者達もT島国のDMU本部長がC半島国に報復したいのだろうと察した。


 その一方で反対する者がいた。


 ソフィアである。


『それはあまりに乱暴なやり方ではないでしょうか。C半島国の力を削ぎたいとお考えのようですが、既にA国とC半島国の国力の差はかけ離れてます。これ以上追い打ちしなくても良いでしょう』


 ソフィアはパトリックの発言の意図を正確に理解し、その上で非人道的な手段を選ぶのはいかがなものかと苦言を呈した訳だ。


『IN国も反対します。核ミサイルの被害がIN国に来るかもしれませんので』


『A国が誤射するとでも思ってるのか?』


『どうでしょうか。仮に誤射せずとも核ミサイルでパニックになったモンスターがIN国に雪崩れ込んで来る可能性があります。他の隣接国にも雪崩れ込むでしょうね。そんな事態は容認できません』


 旧C国と隣接する国としてIN国は核ミサイル着弾の余波で被害が生じる可能性が高い。


 国際会議の場にはいないが、M国だってそうだ。


 特にM国はR国で何かあった時にはそちらからも被害を受ける可能性があるので堪ったものではないだろう。


『E国も反対します。一度核ミサイルを使い出せば、逆らう相手にはそれを飛ばすという脅しになるかもしれません。紳士的に対応すべきでしょう』


『EG国も反対です。折角ある緑が人の手、それも兵器によって焦土と化すのは好ましくありません』


 E国とEG国の反対もあって賛成と反対が4対4になった。


 CN国のDMU本部長は日本の様子を伺っており、まだ明確な立場を示していない。


 志保も藍大の様子を気にしている。


 自分がどう言ったところで藍大の方が発言力は強いのだから当然だ。


 その状況を理解してソフィアが藍大に訊ねる。


『ランタ、貴方は旧C国ごとグシオンに核ミサイルを撃って焦土にした方が良いと考えますか?』


『おい、西洋の聖女、その訊き方は公平性を欠くじゃないか。こっちは人手が足りないならせめて兵器だけでも使わないかって話をしてるんだ』


 パトリックはしれっと自分が悪者にされていることに気づいてソフィアに抗議した。


 ソフィアはパトリックの抗議をスルーしており、藍大は2人のやり取りに口を挟まずに自分の意見だけを述べる。


「そもそも核ミサイルが通用すると思ってるのがナンセンスです」


『核ミサイルじゃパワー不足だと言うのか!?』


「”大災厄”ともなれば<全半減ディバインオール>を持ってるでしょう。もしかしたら<自動再生オートリジェネ>もあるかもしれません。元々のVITの数値だって2,000を超えるであろう”大災厄”に核ミサイルを連発すれば勝てると思ってますか?」


『いくら頑丈でも核ミサイルには勝てまい!』


「何かそういうデータはあるんですか?」


 藍大の反論にパトリックは何も言えない。


 データもないままディスカッションの流れを握ろうとしていたのがパトリックの失敗である。


 パトリックが黙り込んでいるので藍大は続けて話す。


「はっきり言って核ミサイル程度なら私の従魔達が対処できます。つまり、モンスターのアビリティによっては対処できるということです。グシオンがどんなステータスかもわからないのに核ミサイルを撃ってどうにかなると思ってるんですか?」


 この発言には他の参加者達も口をポカンと開けた。


 藍大達は強いと理解していたけれど、そこまでの実力だとは想像できていなかったからだ。


 リルとブラドは自分達に向けられる視線に対してドヤ顔で強いんだぞとアピールする。


 参加者達の反応がないものだから、藍大はリルとブラドの頭を撫でて時間を潰していた。


 最初に落ち着いたのは志保だった。


 茂からある程度藍大達に関する報告を受けていたため、立ち直りが他の参加者達よりも早かった。


「オホン、核ミサイルの使用は止めるということでよろしいでしょうか?」


『『『・・・『『異議なし』』・・・』』』


 代替案がある訳でもないが、ひとまず核ミサイルの使用は大した効果がないということで廃案になった。


 藍大の発言で議論が振出しに戻ったが、気持ちを切り替えて志保が発言する。


「旧C国についてですが、グシオンを倒した後にその領土を取り戻した分だけ貰い受ける前提で日本は冒険者を派遣しても良いと考えております。問題がなければ明日の午前9時に遠征隊を出発させます」


『本気なのか?』


『日本が旧C国を植民地にするんですか?』


『C半島国民の苦渋に満ちた顔が浮かびますね』


 志保の発言に会場内が騒がしくなった。


 最後のコメントは悪い笑みを浮かべたT島国のDMU本部長のものだ。


 余程、C半島国に今まで好き勝手されて来たことが嫌だったのだろう。


『待て、それならA国も派遣するぞ』


『A国にそんな余裕があるんですか?』


 パトリックの発言に対してCN国のDMU本部長が質問した。


 A国は南北戦争で旧SK国に自国の冒険者を派遣し過ぎて国内が手薄になり、ダンジョン対策が疎かになった結果スタンピードを阻止できなかった。


 フルカスが”大災厄”になってしまった原因はA国の身の丈に合わぬ野心であり、そのとばっちりでフルカスを自国に追いやられたCN国は同じことが繰り返されるのではないかと警戒するのも当然だろう。


『これ以上日本だけに好きにさせられないだろう!』


『じゃあ勝手に自滅して下さい。CN国を巻き込もうとするならば、今度は全力で潰しに行きますから』


『ぐぬぬ・・・』


 CN国のDMU本部長は今のCN国がA国に完全に国力で勝っているので強気だ。


 それを理解しているのでパトリックは悔しそうに唸ることしかできなかった。

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