第621話 年明けから余計なことすんなよ。いや、毎年何か起きてたわ

 パトリックが唸っているのをスルーして志保は話を続ける。


「日本が介入を検討する理由ですが、国内の中小クランや無所属冒険者の希望が多数寄せられたからです」


『そういうことですか。日本にはもう掌握されてないダンジョンがないから、国外で成果を出さねば序列が変わらないのですね』


「その通りです。テイマー系冒険者を抱えるクランはメンバーの従魔が管理するダンジョンで稼ぎつつ、自由に改築してクランメンバーの力を高められます。それ以外のクランで今の地位よりも上を目指す人達は海外で実力を発揮し、トップクランに続こうとしております」


『既にモンスターで溢れかえった旧C国なら、奪い返した土地やダンジョンで好きにできますからね。他所の国で略奪行為をすれば犯罪ですが、国じゃなければ問題ない』


『無所属冒険者ですら三次覚醒者である日本だからできることですな。我々の国ではとてもではありませんがそんな余裕はないです』 


 志保の言い分を聞いて各国のDMU本部長が納得した。


「懸念点としてはC半島国民が難癖を付けてくることが挙げられます。もっとも、こちらとしては今までに日本が被った迷惑を土地で返してもらうと言って納得してもらうつもりですが」


『C半島国は色々やらかしましたからな』


『初回ではダンタリオンがDMU本部長に化けてましたね』


『暗殺部隊を日本に送り込み、暗殺ついでにオークションで競り落とした品を奪おうとしてましたっけ』


『国際会議に関係なく違法な煙草を作ったり、日本に”大災厄”を押し付けたりもしましたね』


 参加者達は遠い目をしながらC半島国のやらかした数々の出来事を思い出し、C半島国を擁護しようとする者は1人もいなかった。


 ちなみに、フルカスをCN国に押し付けた前科のあるA国の参加者2人は居心地の悪そうな表情をしていたのは言うまでもない。


 日本の冒険者が旧C国に遠征することにこれ以上反対意見は出なかった。


 しかし、T島国から日本に要請があった。


『C半島国への遠征の件はわかりましたが、日本の冒険者には忘れずにT島国のダンジョン探索にもご協力いただきたいです』


「その件については会食の席で依頼を受ける頻度を皆さんと相談した通りです。減りはしませんが増やすこともないと思いますのでご承知おき下さい。T島国だけ出し抜いたと後ろ指を指されたくはないでしょう?」


 志保の発言を聞いてIN国とEG国は抜け駆けは認められないと頷いていた。


 T島国の次に国際会議に参加する国としてはダンジョン探索の進捗率が悪いため、IN国もEG国もT島国に勝手なことをされては困るのだろう。


 続いてR国に現れたウァレフォルへの対策に話題が移った。


 いや、正確にはD国のDMU本部長が忘れてもらっては困るとウァレフォルをどうするかという話に持っていったのだが。


『R国の内情は酷いものです。すっかり内戦、いや、戦国時代になってますね』


『先日、U国にR国からモンスターが雪崩れ込んで来たと聞きました』


『あそこも戦力が十分とは言えませんから、下手をしたらR国よりも先に地図から消えるかもしれませんな』


 (D国とI国の参加者達が焦ってるな。無理もないけど)


 藍大はぼんやりと会場内を眺めてそのように感じた。


 正直なところ、藍大は降りかかる火の粉を払っても積極的に”大災厄”を狩ろうとしていない。


 積極的に動こうとすればそれを利用しようとする者が出て来るだろうから、藍大はそれを嫌がって動かない。


 リルもブラドもおとなしく待機しており、リルに至っては藍大に撫でられて藍大の膝の上で寛いでいるぐらいだ。


「R国について日本は基本的に静観させてもらいます。日本にラウムを押し付けてくるような国を手助けしたくないので」


 CN国の参加者達が激しく同意すると頷いた。


 結局、ヨーロッパの国々がR国から溢れるモンスターを注意することで落ち着いた。


 結論が出ると志保が司会進行として次のテーマを紹介する。


「次のテーマはテイマー系冒険者についてです。改めて確認しますが、昨年から変化のあった国はないということでよろしいでしょうか?」


 午前の概況発表では各国から新しいテイマー系冒険者が転職によって誕生したと言う話はなかった。


 それゆえ、時間が限られていたせいで発表できなかった可能性を考慮し、志保は確認するだけ確認したのだ。


 どの国の参加者達も首を縦に振るので、テイマー系冒険者保有国は増えていないことが明らかになった。


『こうして考えると日本はやはり別格ですね。二番手の私達国と大きく差が開いてます』


『MOF-1グランプリ国際大会が開ければ、私も日本の調教士にも負けないという自負があるぞ』


 (モフラーはブレねえな)


 CN国の本部長と打って変わってシンシアはどういう訳か自信満々である。


『どこかにテイマー系冒険者の転職の丸薬が余っていればなぁ』


『『そうですねぇ』』


 パトリックだけでなく、D国とF国のDMU本部長もチラチラと藍大を見ている。


 (こいつらに渡したいとは思わないから秘密にしておこう)


 実は奈美の実力と研究結果により、今では転職の丸薬(調教士)だけでなく転職の丸薬(蔦教士)も完成していた。


 転職の丸薬(調教士)はLv100の獣型モンスターの魔石を砕いた粉とLv90以上の獣型モンスターの歯を砕いた粉、爪を砕いた粉を3種類ずつ、リャナンシーの血が必要になる。


 奈美は藍大達がシャングリラダンジョンの地下16階を踏破した際、素材が潤沢にあったので一部を研究に使った結果、転職の丸薬(蔦教士)を作れることに気づいた。


 リャナンシーの血は共通するがそれ以外の材料が異なり、Lv100の植物型モンスターの魔石を砕いた粉に加え、Lv90以上の植物型モンスターの根と葉を砕いた粉それぞれ3種類ずつ必要とした。


 ということで、藍大の収納リュックの中には転職の丸薬(調教士)と転職の丸薬(蔦教士)がいくつかストックされている。


 下手に外に出せないからストックしている訳だけれど、それでも物乞いするような連中に渡すのはどうかと思ってしまう藍大だった。


「期待するような目で見てますけど、去年サクラに言われたことをもう忘れたんですかね? 宝箱から見つかるとわかっても他国頼みなんて恥ずかしくないんですか?」


 藍大の言葉にパトリックとD国、F国のDMU本部長は黙った。


 彼等にプライドはないようである。


「これも去年も言ったことですが、いつからこの会議は”楽園の守り人”に集る会議になったんですか? 今回は神様関連のこともあって参加しましたが、これ以上目新しい情報もないようですので帰りますが構いませんね?」


『ご主人、早く帰ろう』


「吾輩もそろそろ飽きて来たのである」


 藍大達がすっかり帰る気になったタイミングで大会議室のドアが静かに開き、茂が駆け足で藍大達の所までやって来た。


 茂が翻訳イヤホンを身に着けずに来たということは、まずは日本語で藍大達だけに話したいということなのだろう。


「会議中失礼します。緊急事態です。旧C国のグシオンがモンスターの軍勢を引き連れてC半島国に攻め入りました。現在、C半島国のDMU職員からSOS信号を感知して至急連絡しに来ました」


「わかりました。この件をこの場に共有します。芹江さんは指示を出すまでこの場に残って下さい」


「はい」


 (年明けから余計なことすんなよ。いや、毎年何か起きてたわ)


 藍大は大きく溜息をついた。


 そんな藍大を見て茂が声をかける。


「どうしたんだ藍大?」


「生産性のない話ばっかりするから帰ろうとしてた所だったのに、茂が知らせて来た情報のせいで帰るに帰れなくなった」


「頼むから途中で帰んないでくれ。緊急事態で藍大と連絡が取れないのは非常に困る」


 茂は藍大の表情からよっぽど国際会議が時間の無駄だったのだろうと察したが、グシオンが日本に攻め込んで来るのも時間の問題かもしれないこの状況で藍大に帰られては困るから引き留めた。


 志保は現在の状況を各国の参加者達に説明し始めた。


「皆さん、落ち着いて聞いて下さい。たった今、グシオン率いるモンスターの軍勢がC半島国に侵攻を始めたそうです。C半島国から救援要請が日本に向けて出されました。おそらく、他の国々のDMU本部にも連絡が行っている頃でしょう。スマホを確認してみて下さい」


 各国の参加者達は志保に言われて自身のスマホを確かめた。


 それにより、志保の知らせた内容が真実であることが発覚した。


 今年の国際会議も平穏無事には終わらないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る