第619話 なあ、せめてドアから入って来いよ

 I国の発表の最後に藍大の爆弾発言で会場が騒がしくなったが、それも落ち着いて各国の発表が続いた。


 それらが昼になって終わった途端、各国の冒険者が藍大と話をしようと一斉に席を立つ。


 ところが、その時には藍大達は既にリルの<転移無封クロノスムーブ>で移動した後であり、突然消えた藍大達を探す声が大会議室に響いたのは言うまでもない。


 ちなみに、志保は各国のDMU本部長達と会食なので逃げられない。


 それはさておき、まんまと逃げおおせた藍大達は今回もいつも通りに茂の部屋に来ていた。


「なあ、せめてドアから入って来いよ」


「外国の冒険者達が連合を組んで包囲殲滅陣を組んで来たからつい」


「殲滅するのはお前達だろうが。というか包囲されそうになるってどゆこと?」


 茂の質問に対して藍大は聞こえないふりをする。


「さあ、お楽しみのランチの時間だぞ」


『わ~い』


「待ってたのだ」


「空腹」


 ゲンも会議は久し振りで疲れたらしく、昼休みだけは<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を解除した。


 いそいそと弁当箱を取り出して昼食の準備をする藍大に対し、茂は真顔でその肩を掴んだ。


「包囲されそうになるって何をしたんだ?」


「俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!」


「な に を し た?」


 一文字ずつ区切って強調する茂と目を合わせずに藍大は答える。


「俺の発表の時に伊邪那美様がジョ〇ョ立ちで登場したと思ったら、言いたいこと言って帰った」


『夕食には帰って来てねとも言ってたよね』


 藍大とリルが伊邪那美のことを話している隣でブラドがボソッと呟く。


「吾輩、それだけが原因だと思わないのである」


「なんだって? ブラドが寂しいから舞に抱っこしてほしいって? 今すぐ連絡しようか?」


「止めるのだ! 吾輩の勘違いだったのだ! 伊邪那美様には困ったものであるな!」


 ブラドに余計なことは言わせるものかと藍大がブラドの弱点を突いた。


 舞を邪険に扱おうものなら優月が悲しそうな表情になるので、ブラドは最近だと舞におとなしく抱き着かれることが多い。


 そうだとしても、自分から舞に抱き着きに行くこともなければ舞に抱き着かれたいとも思っていないので、ブラドは藍大が発した悪魔の言葉を実現させまいと自分の呟きを撤回した。


 一方で茂は神である伊邪那美にツッコミを入れる程肝が据わっていない。


 ”楽園の守り人”と極めて友好的な関係を築けている自負があったとしても、伊邪那美や伊邪那岐にツッコミを入れるのは不味かろうと茂は我慢した。


 茂の追及から逃れて藍大達は弁当を食べ始めた。


『お弁当も偶には良いよね』


「そうであるな。お弁当にはワクワクが詰まってるのだ」


 今日の藍大お手製弁当の中身はミドガルズオルムのハンバーグやアースドラゴンのメンチカツ、ミラリカントの卵焼きに加え、食いしん坊ズから藍大が守り切ってストックしたカレーライスである。


 常識的に考えればカレーライスのような持ち運びの状態によっては零れるメニューを弁当にしないけれど、収納リュックに入れておけば問題ない。


「俺の部屋をカレーの匂いでジャックしないでくれよ。匂いが付いたらどうしてくれるんだ? 俺はいつも美味そうな匂いはしても食べられない部屋で仕事せにゃならん」


「後で奈美さんが作った消臭スプレーを使えば大丈夫」


『僕の鼻は誤魔化せないけど、人間の鼻だったらぜったいにわからないよ』


「・・・安心したけどそれはそれでどうなんだろうか」


 いつも奈美の胃薬に世話になっているため、茂は奈美の薬士の腕に全幅の信頼を寄せている。


 奈美ならばそんな消臭スプレーを作れてもおかしくないし、それでもリルの嗅覚は誤魔化せないということもツッコミどころがある。


 思うところは色々あれど、自分もお腹が空いたので千春の弁当を取り出した。


 リルとブラドは夢中になって弁当を食べ始め、ゲンもマイペースに黙々と食べ始めた。


 それとは対照的に茂は藍大と喋りながら昼食を取る。


「改めて訊くが、午前の発表では何が印象に残った?」


「日本の発表を聞いた後、CN国のシンシアさんが真っ先にMOF-1グランプリの国際大会があるかどうかって質問したことかな。シンシアさんは後でCN国の冒険者を全員モフラーにするとか言ってたっけ」


「おい」


「吉田本部長は『日本側は開催できる状況にありますが、他の国が厳しいように思います。私個人としては世界一のモフモフを決める大会も面白そうだと考えますが、参加できる国が少ないと大会として盛り上がりに欠けるのではないでしょうか』って返答してた」


「おいおい。何やってんだよ吉田さん」


 志保が余計なことを言ったと聞いて茂は頭が痛くなった。


 MOF-1グランプリが日本で63%という驚異の視聴率だった事実もそうだが、MOF-1グランプリは見ていて楽しめるし癒されもしたので良い番組だと思っている。


 そうは言っても国際会議で何やっているんだと茂が志保に言いたくなるのは当然だろう。


「他は何処の国も神探しを頑張ってるって感じだった。I国は思ったよりもオルクス様の復活に時間がかかってる。そろそろ日本以外の神が1柱ぐらい復活したって良い気がする」


「藍大達のことをよく知ってるから感覚が麻痺するけど、I国のオルクス様の復活速度は決して遅くないと思うぞ? 藍大達みたいにポンポン回復させられる方がイレギュラーなんだからな?」


 茂は日本の神々の復活速度とオルクスのそれを比べて一瞬遅いと思ってしまったが、日本を除けばオルクスの復活速度はかなり順調なペースだ。


 日本の速さがおかしいだけで、I国は復興に向けてかなり頑張っているのは間違いない。


「ソフィアさんに日本の神々はどのようにすれば復活できるって教えてくれたか訊かれたから自由にやって良いって言われたことを伝えといたわ」


「それは藍大達が伸び伸びやった方が結果的に早く復活できるって伊邪那美様が考えただけで、I国や他の国では参考にならねえだろうなぁ」


「CN国やE国、EG国は神かもしれない影を見た程度だったから、参考になったとしてもガネーシャ様のいるIN国ぐらいじゃね?」


「ガネーシャ様って実際どうなんだ? 伊邪那美様達みたいに加護を与えた冒険者に任せてるのか? それともオルクス様のようにこうしろって道を示してるのか?」


 茂はガネーシャと面識がなく、あくまで聞いた話でしか知らないので藍大にガネーシャについて訊ねた。


 ガネーシャの本来の姿を藍大も見たことがないため、少し考えてから首を傾げた。


「象の着ぐるみを着た大将みたいな?」


「マジで言ってる?」


「マジ。大マジ。恥ずかしがり屋だってガネーシャ様が自分で言ってた」


 そんな証言を聞けば茂の中のガネーシャ像は音を立てて砕け散った。


 もっとも、それはがっかりしたと言う訳ではなく、神だから偉いと威張り散らす存在よりもよっぽど親しみやすいとプラスに捉えているのだが。


「そうか。じゃあ、残った方の質問にも答えてくれ。ガネーシャ様は伊邪那美様タイプとオルクス様タイプのどっちだ?」


「IN国の発表を聞く限りではオルクス様タイプだな。加護を与えられたルドラは金を稼ぐこととあらゆる問題を解けって言われたらしい」


「ほら、やっぱり藍大達は参考にならん」


「みんな違ってみんな良いのさ」


「それは否定しない」


「ということで、午後に俺がやらかしても笑って許してくれ」


 唐突に藍大が笑顔で自分の胃を攻撃することになるかもしれないと言い出せば、茂はとてもではないが穏やかではいられない。


「何がということでになるんだ? 午後のディスカッションの時間で何を言うつもりだよお前?」


「まだ決まってないけどさ、テイマー系冒険者の少ない国がまたネチネチ言って来るかもしれないじゃん? そうしたら俺もカチンと来るじゃん?」


「むしゃくしゃして言った。後悔はしてないって状態になるかもしれないってことか」


「そうそう。A国はD国とF国と口裏を合わせて転職の丸薬を求めて来ると思う。その態度によっちゃ事後処理を茂に頼むかもしれん」


「・・・はぁ。胃薬飲んどかねえと」


 どう考えても胃薬のお世話にならない未来が見えず、というよりも既に胃が痛くなり始めたので茂は弁当を食べ終えたら胃薬を忘れずに飲むことにした。


 それから弁当を食べ終えて雑談をしてから、国際会議恒例の茂の部屋はお開きとなって藍大達は大会議室へと戻って行った。

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