第616話 やめてよね
1月5日の土曜日、朝から藍大とリル、ゲン、ブラドは八王子にあるDMU本部に来ていた。
「はい、という訳で渋々やって来たぜDMU本部」
「そんな露骨に嫌そうな顔すんなよ」
藍大に苦笑しながら突っ込むのは玄関に出迎えに来た茂だ。
「めんどいじゃん。伊邪那美様達に頼まれなかったらオンライン参加ゴリ押したよ?」
「こっちも本気でオンライン参加するんじゃないかって思ったから、探索班の等々力を現地参加の代役を頼む一歩手前だったぞ」
「それはそれで良いんじゃない? 目立とうとしてやらかすかもしれないけど」
「良くねえよ。なんで国際会議で毎回日本がやらかさなきゃならねえんだ。俺の胃に平和が訪れねえだろうが」
「茂さんや、一体いつから胃が平和になると錯覚してた?」
「やめてくれよぉ!」
茂は藍大に駆け寄ってその両肩を掴んで揺すった。
薄々自分でも自分の胃に平和が訪れることはないかもしれないと思っていたが、それでも茂はその不安を口にしてしまうことで実現してしまうことを恐れて口にせずにいた。
それにもかかわらず、藍大が自分の不安を口にするのだから茂が藍大の肩を揺らすのも仕方のないことだろう。
「主君、戯れてないで早く中に入るのだ。外は寒いのである」
「それもそうだな。茂、中に入ろうぜ」
「わかった」
不穏な話題を終わらせられると喜んで茂は藍大達を応接室に連れて行った。
茂は志保を連れて来ると言って部屋を出て行く。
ソファーに座った藍大は小さくなったリルの足をおしぼりで拭いてから膝の上に乗せる。
ブラドは藍大の隣に座っており、モフラーが見たら羨ましくてはしゃがずにはいられない光景が完成した。
そこに茂が志保を連れてやって来た。
志保は藍大の膝の上で気持ち良さそうに撫でられているリルに近づく。
「おはようございます! リルさん、撫でさせて下さい!」
『嫌だ』
「そこをなんとかお願いします。撫でさせてくれたら可能な限りお願いを聞きますから」
『やめてよね』
リルは嫌そうな表情で志保のお願いを断った。
口にはしなかったけれど、断った理由はモフラーが願いを叶えてくれると言ってもそれは自分にとって魅力のあるものではないからだ。
ついでに言えば、藍大から信用できない人から食べ物を貰ってはいけないと言われており、リルの中で志保は信用できないから食べ物以外も貰うつもりはなかった。
志保が粘る前に茂が口を出す。
「吉田さん、おふざけはそこまでにして下さい」
「モフりたいのは本気なんですが?」
「お願いしますからちょっと黙って下さい。藍大、念のために参加国についておさらいするぞ。今回は前回の参加国に加えてIN国とEG国が参加することになった」
額に手をやった茂は志保を黙らせた後、会議が始まる前に確認しておくべき事項について話し出した。
「覚醒の丸薬Ⅱ型を送った2ヶ国か。国内が少し落ち着いたってことかね?」
「そのようだ。国際会議に参加するにあたって日本、いや、正確には”楽園の守り人”に感謝してたぞ」
「そうか。IN国はルドラ=チャンダが参加するのは参加者リストを見て確認した。EG国はそもそも国際会議初参加だから名前を見てもわからん。ベンヌ=アジールって有名なの?」
「俺にもわからない。二次覚醒した騎士らしいが、今までほとんど交流してなかったから情報が少ない」
「ですよねー」
IN国の冒険者代表は司達がヒマラヤダンジョンに同行してもらったためある程度知っているが、EG国とは神話の神々の力をミオとフィアが与えられるまで縁がなかった。
そうであるならば、藍大がベンヌについて知るはずないだろう。
茂も藍大との連絡係をしているだけでなく、部下の管理や精密さを要するものの鑑定を引き受けているので決して暇ではない。
EGについて知っている情報は部下が今日のために集めてくれた情報だけだが、集まった情報の量も質も新聞やネットの記事と変わらない。
そこで黙っていた志保が口を開く。
「では、私がEG国のDMU本部長から伺った情報をお話ししましょう」
「吉田さん、初参加のEG国が警戒することなく手の内を明かしたんですか?」
「明かしたと言うよりは明かさざるを得なかったと言うべきでしょうね。ベンヌ=アジールさんは騎士として優秀だそうですが、脳筋でどのようにすれば舞さんのように強くなれるかわからず困ってるみたいです。だからこそ、逢魔さんと話して成長するきっかけがほしいそうです」
志保の話は十分頷ける話である。
舞はテイマー系冒険者ではないけれど、人類では最強のスペックを誇っているし神器も所有している。
しかし、EG国に留まらず諸外国の冒険者は脳筋だとしてもどんな敵でも倒せた訳でもなければダンジョンの壁も壊せない。
EG国のDMU本部長はベンヌが強くなれるようにするべく、日本と密に交流してベンヌの成長に繋げたい訳だ。
「その観点からは外れるが、今回はテイマー系冒険者がいる国は絶対その冒険者が参加してるぞ。国際会議はテイマー系冒険者同士で意見交換できる貴重な場だから」
茂は参加者リストを見て気づいたことを口にした。
言外にその国々から藍大にアプローチをかけてくるかもしれないと伝える意味も含んでいる。
「他国の状況を逐一把握してる訳でもないんだから、相談されてもそれが本当に正しいかわからないんだよな。それに、1人の相談に乗ったら他の冒険者も寄って来るじゃん。それが嫌だ。不公平だなんだって押しかけられても疲れる」
『ご主人、疲れたら僕のことを撫でて癒されてね』
「はい! 私にもそんなサービスが欲しいです!」
『お断りだよ』
「ほんのちょっとだけでも構いません」
『天敵予備軍に慈悲はないよ。司も触らせたら駄目って言ってた』
志保が挙手してリルに自分も撫でたいとアピールするが、リルはバッサリと断る。
司と志保ははとこの関係であり、モフランド本店で偶に一緒になるらしい。
司の場合は家族3人でモフモフと戯れているが、志保は仕事のストレスをモフモフで解消している。
同じ場所で同じ時間過ごしていたとしても、司と志保ではモフモフに対する熱量が違う。
リルは司から志保がモフりたいと言い出したら触らせては駄目と忠告したのはそれが理由である。
「ぐぬぬ。司が私の前に立ちはだかるとは困りましたね」
「吉田さん、脱線し過ぎです。ごねてもリルは撫でさせてくれませんから諦めて下さい」
『茂の言う通りだよ。天敵予備軍はお触り禁止』
「そんなぁ・・・」
志保はリルが譲歩してくれそうにないと判断してしょんぼりした。
大会議室に移動する時間まで残り僅かとなって来たため、藍大は気になっていることを茂に訊ねてみた。
「茂的に今回の国際会議で荒れそうなのはどんな内容だと思う? 茂の胃が痛くなる順に教えて」
「その不穏な訊き方は止めてくれ。それを聞いて事を荒立てたりしないよな?」
「国際会議を面倒に思ってる俺がそんなことすると思う?」
「藍大にそのつもりがなくてもフラグが立つ可能性は否めない」
「納得したのだ」
茂が真顔でそう言うとブラドがうんうんと首を縦に振るが、藍大は違うんだと首を横に振る。
「俺は悪くない。悪いのはフラグの強制力だ」
『ご主人は悪くない。前回だって余計なことをしたのは天敵夫婦だもん。ご主人はおとなしくしてたよね』
「そうだそうだ。大体、今回のCN国の参加者はディオンさんだろ? 俺よりもあの人の方がやらかしそうだろ」
『天敵2号怖い』
「おっと、ごめんなリル」
「クゥ~ン・・・」
リルに天敵2号と呼ばれるシンシアは昨年の国際会議で調教士に転職した。
CN国でリーアムに代わってテイマー系冒険者として転職前よりも存在感を発揮しており、今の彼女はCN国にいなくてはならない存在だ。
そんなシンシアが多少やらかしたとしても、CN国のDMU本部長は大目に見る可能性がある。
藍大はそこまで考えて言ったが、リルはシンシアの名前を聞いて恐怖を抱いたようだ。
「すまんがそろそろ時間だ。とりあえず、藍大はなんとか俺の胃が痛くならないように頑張ってくれ」
「善処する。約束はしない」
「そこは約束してほしかった」
国際会議の会場である大会議室の開場時刻になったため、藍大達は翻訳機能のあるイヤホンを身に着けて大会議室へと移動した。
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