第612話 話を聞かないしデリカシーもないけど神様は神様なんだよ

 八坂ダンジョンは爬虫類型モンスターと水棲型モンスターが現れることで知られており、1階は沼地をテーマとしたエリア型のフロアである。


 光球形態の須佐之男命は近くにいたスワンプサーペントの群れの内1体に突撃し、そのままその個体に取り込まれた。


「えっ、ちょっ、どゆこと?」


 須佐之男命がスワンプサーペントに取り込まれたら面倒だと思い、遠くから見ていた藍大はその個体をモンスター図鑑で調べた。


 その結果、とりこまれたのではなく須佐之男命がスワンプサーペントの体を乗っ取ったことがわかった。


「シャァァァ!」


「「「・・・「「シャッ!?」」・・・」」」


 群れの中の1体が急変して仲間を襲い始めれば、スワンプサーペント達も驚かないはずがない。


 しかし、ダンジョンのモンスター同士に絶対に仲間を助けたいなんて意思は存在せず、群れの中の異物は排除一択だ。


 複数のスワンプサーペントで須佐之男命を取り押さえて倒そうとする。


「シャア!」


 ところが、須佐之男命が一鳴きしてそれらを尻尾で振り払って吹き飛ばす。


 通常は同程度の能力値しかないはずなのに、須佐之男命が憑依したことでその個体だけ強化されてしまったらしい。


 あっという間に同族殺しを済ませてしまった。


「どうすんだこれ? あのスワンプサーペントを倒したら須佐之男命が外に出て来るのか?」


『ご主人、須佐之男命はモンスターを倒してちょっとずつ力を蓄えてるよ』


「マジで?」


『うん』


 リルの報告を聞いて藍大は須佐之男命をどうするべきか悩んだ。


 そこに伊邪那美からテレパシーで指示が飛んで来た。


『藍大よ、須佐之男命がある程度力を身に着けるまで見守ってやってくれぬか?』


 (ある程度ってどのぐらいだよ?)


『須佐之男命が実体化できるようになるまでじゃな。実体化したらO・HA・NA・SHIするんじゃ』


 伊邪那美は須佐之男命に今すぐにでも説教O・HA・NA・SHIしたいところだが、今それをやってしまうと弱っている須佐之男命が本当に消えてしまうかもしれない。


 それゆえ、ある程度力を取り戻させたうえで躾けるつもりのようだ。


 藍大が伊邪那美と頭の中で話している間に、須佐之男命が倒したスワンプサーペントをペロリと平らげた。


 一回り大きくなった須佐之男命はダンジョンの奥へと進んで行く。


「須佐之男命をしばらく監視する。リルは逃げられないように追跡してくれ」


『任せて! 追跡も得意だよ!』


 胸を張ったリルが愛らしくて頭を撫でたくなったけれど、リルの頭を撫でている内に須佐之男命を見失ってしまうのは不味いからグッと堪えた。


 その後、須佐之男命は何度も同族スワンプサーペントを倒して食らうことを繰り返した。


 食べたスワンプサーペントの数が50体に到達した直後、須佐之男命の体が光に包まれた。


「まさか進化するのか?」


 藍大の疑問に答えるように光の中で須佐之男命の形状が変わる。


 今までは大きいスワンプサーペントだったけれど、光が収まった時には3つの頭を持つ青色の蛇になっていた。


「融合したのニャ?」


「あいつ、特殊進化しやがった。トライデントブルーなんてモンスターがいたのか」


 本来、蛇系モンスターは融合しない限り複数の頭を持つ蛇にはならない。


 その原則を捻じ曲げたのは須佐之男命が憑依するというイレギュラーが発生したからである。


 須佐之男命が少しでも自分の力を取り戻すため、もっと他のモンスターを狩れる強いモンスターの体になるように手を加えたようだ。


 ゴルゴンも元々はパイロスネーク3体の融合で誕生した訳だが、今の須佐之男命もいずれは首の数がもっと増える形で進化するのかもしれない。


『須佐之男命がヤマタノオロチになっちゃうのかな?』


「その可能性が高い。トライデントブルーには”融合モンスター”の称号がない。それはヤマタノオロチと同じだ」


『自分が討伐した存在になろうとするって変な話だよね』


「それな」


 藍大は否定する材料がないのでリルの考えに同意した。


 進化した須佐之男命の前に”掃除屋”のスワンプリザードが現れたが、トライデントブルーになった須佐之男命の方が能力値が高くてあっさりと狩ってしまった。


 狩られたスワンプリザードを須佐之男命が喰らって力を取り込む。


 それから、今度はフロアボスのスワンプダイルが現れるけれど、結果は同じで須佐之男命が敵を狩って喰らった。


 (地下1階に行っちゃうけど良いんだろうか?)


 藍大はこのまま監視するだけで良いのか悩んだ。


 そもそも、八坂ダンジョンはDMUの探索班に所属する沙耶の従魔が支配しているダンジョンであり、須佐之男命は異物であり排除すべきイレギュラーである。


 事情を説明すればわかってくれるだろうが、ダンジョンが荒らされるのを黙って見ていたと思われたくはない。


『藍大よ、事情は妾が舞に説明して茂に連絡させたから安心するのじゃ』


 (伊邪那美様、俺の思考を普通に読み取らないでくれるかな?)


『加護を与えて繋がりができてしまっておるのじゃから仕方なかろうて。普段は読み取らないようにしておるが、今は緊急事態なんじゃから許してほしいのじゃ』


 (しょうがないな。もしも普段から俺の思考を読んでたら飯抜きね)


『普段は絶対読まぬのじゃ! 読まぬからそれだけは勘弁してほしいのじゃ!』


 今この場にいないのに藍大は伊邪那美の懇願する姿を容易に想像できた。


『ご主人、須佐之男命を追いかけないと』


「そうだな。行こうか」


 リルに声をかけられて伊邪那美との会話を打ち切り、藍大達は地下1階へと進んだ。


 地下1階は川の流れる洞窟だった。


 1階よりも暗く、最初に現れたモンスターは爬虫類型ではなく水棲型のアシッドフロッグである。


 しかしながら、須佐之男命に睨まれれば蛇に睨まれた蛙と呼ぶに相応しく硬直している。


「「「シャア!」」」


「ゲロォォォォォ!」


 須佐之男命はアシッドフロッグに何度も噛みついて倒し、そのままアシッドフロッグを喰らった。


 アシッドフロッグがただではやられぬと最期に鳴いたことで、近くにいたアシッドフロッグ達が須佐之男命の前に集結する。


 1対1なら勝てないけれど、1対多数ならまだ勝負できると考えてアシッドフロッグ達は一斉に<酸矢アシッドアロー>を放つ。


「「「・・・「「ゲロォ!」」・・・」」」


 戦いは数だとばかりに攻撃を打ち込むアシッドフロッグ達だが、須佐之男命は涼しい顔で<水壁ウォーターウォール>を使って防ぐ。


 正面からの攻撃だけでは須佐之男命を倒せないと判断し、何体かのアシッドフロッグが隊列を離れて移動し始める。


 それをチャンスだと両側の頭が移動するアシッドフロッグに噛みついて各個撃破した。


「元々が人型のはずなのにトライデントブルーの体を使いこなしてる」


『話を聞かないしデリカシーもないけど神様は神様なんだよ』


「なるほどなぁ」


 リルの言い分を聞いて藍大は納得した。


 人にできないことをやってのける神ならば、大抵のことはやってやれないこともないのだろう。


 アシッドフロッグを全滅させた須佐之男命はそれら全てを捕食した後、再び光に包み込まれた。


「また進化するのニャ」


『首が増えるのかな?』


『ボス、そろそろ監視するのも飽きて来た。討伐しないか?』


「ドライザー、気持ちはめっちゃわかるけど討伐は駄目だ。気持ちは本当にわかるけど」


 ドライザーの魅力的な提案に思わずゴーサインを出したくなるが、それでは伊邪那美達と相談して決めた方針に背くことになる。


 藍大は誠に残念ながらドライザーの提案にNOと告げた。


 進化した須佐之男命の体は群青色の体表の6つの頭の蛇になっていた。


 (レッサーヤマタノオロチじゃ変だからしょうがないか)


 藍大がそんな感想を抱いたのは進化後の須佐之男命の体の持ち主の種族名がシックスゲーツだったからだ。


 それぞれの頭をゲートに例えた種族名のようだ。


 まだLv50だけれど、一般的なLv50ではなくシャングリラダンジョンに出て来るLv50のモンスター以上の能力値である。


『ふぅ。やっと喋れる』


『蛇と蛙を喰らうのは飽きた』


『もっと強くなって母ちゃんに会いに行かねば』


『後ろにいる母ちゃんを誑かした野郎もぶっ飛ばさねえと』


『そうだ、喰っちまえ』


『そうだ。喰っちまおう』


 (正当防衛躾けても良いよな?)


 ぐるりと体の向きを変えて自分達を敵と認定した須佐之男命に対し、藍大達は迎撃態勢になった。

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