第611話 こいつどんだけマザコンなんだよ

 翌日11月6日の火曜日、藍大とリル、ゲン、三聖獣は京都府の八坂神社にやって来た。


 八坂神社付近にはDMUの探索班に所属する沙耶が手中に収めた八坂ダンジョンがあるのだが、今日の目的地はあくまで八坂神社だ。


 八坂神社に来た理由は須佐之男命すさのおのみことを保護するためだ。


 伊邪那美と伊邪那岐、天照大神、月読尊の力を借りて須佐之男命の居場所を特定し、藍大達はここまで来たが藍大は出発する前に伊邪那岐と天照大神に注意された。


 (三貴子で特に問題児だから気を付けろだっけ?)


 藍大はその注意を受けた時の伊邪那岐と天照大神の表情が真剣だったので、須佐之男命とちゃんと話ができるだろうかと不安になった。


 伊邪那岐の中では須佐之男命が仕事をしない我儘な子供という認識だ。


 天照大神は天岩戸のことを根に持っているらしく、今でも須佐之男命のことを警戒している。


 須佐之男命が伊邪那美に会いたくて会いたくて仕方ない気持ちから色々な勘違いやら無理をした結果、自分は天岩戸に引き籠ることになった。


 もっとも、引き籠ったのは天照大神の判断に基づくものであり、そこにツッコミは無粋だろうと藍大は黙っていたのだが。


 それはさておき、八坂神社も2025年の大地震からつい最近復興したばかりで参拝客もそこそこいた。


「リル、須佐之男命の気配を感じるか?」


『ご主人、大丈夫だよ。もう見つけたから』


「よしよし。リルは頼りになるな」


「クゥ~ン♪」


 藍大に頭を撫でられてもっと撫でて良いんだよとリルは甘える。


 羨ましく思ったミオとフィアがリルの後ろで期待の眼差しを向けるものだから、藍大は2体の頭も優しく撫でた。


 それからリルの案内に従って進み、藍大達は神社の敷地内にある人気のない場所にやって来た。


 そこには白い光球があり、藍大を見つけると光球が藍大目掛けて突進して来た。


『やらせないよ』


 リルはいち早く光球の動きを察知して<仙術ウィザードリィ>でその動きを封じ込めた。


『母ちゃん! 母ちゃん!』


 その声が聞こえた瞬間、藍大達は白い光に包み込まれた。


 眩しかった光が収まって藍大達が目を開くと、正面に着流しを着て刀を持つ悪ガキと表現すべき存在がいた。


「おい、母ちゃんどこだよ!? ワイの母ちゃん何処だよ、なあ!」


「落ち着け須佐之男命。伊邪那美は無事だ」


「母ちゃん出せ! おめえから母ちゃんの匂いがすっぞ! どうしてだ!? 母ちゃん出せよ!」


 (神域に来たはずなのになんで伊邪那美も伊邪那岐も来ないんだよ?)


 天照大神と月読尊の時は来てくれたにもかかわらず、須佐之男命の神域には来てほしい2柱が姿を現さないとはどういうことだろうか。


「こっちには来てないがシャングリラにいるから落ちつけ」


「母ちゃん出せよ! 母ちゃん出せって! 隠したって無駄だ!」


「俺の話を聞け!」


 あまりにも話を聞かないので、藍大はゲンの力を借りて<強制眼フォースアイ>を発動した。


 それによって須佐之男命は地面に押し付けられた。


「ぐぉぉぉ、母ちゃん出せ! 出せったら出せ!」


「この問題児めんどくせえ!」


『ご主人、こいつ連れ帰らなきゃ駄目かな?』


『ボスの邪魔をしそうだぞ』


「ミーは不要だと思うニャ。煩いだけニャ」


『パパの邪魔になるなら消しちゃう?』


 藍大が頭を抱えるとリル達が須佐之男命を放置するか倒してはどうかと言い出す。


 暴れてはいるものの須佐之男命は全盛期に比べてかなり弱っており、それを消されては困るので伊邪那岐が姿を現した。


「須佐之男命、落ち着きなさい」


『父ちゃんじゃねえか! 母ちゃんは何処だ!? 母ちゃんを出してくれ!』


 この反応には伊邪那岐も眉間に皺を寄せて黙り込む。


 事態を収拾すべく登場したというのに状況が全く変わらないのだから、伊邪那岐の面子が潰されたようなものだ。


 そんな伊邪那岐を見て藍大はその肩をポンポンと叩く。


「どんまい」


「その優しさが辛いよ」


「母ちゃん出せよ! なあ! 母ちゃん出せって!」


 一貫して伊邪那美を出せと言い続ける須佐之男命は逆に大したものだと言えよう。


 伊邪那岐は溜息をついてから再び須佐之男命に話しかけた。


「須佐之男命、落ち着かないならその拘束も解かないし伊邪那美の居場所に連れて行かないぞ」


「なんでだよ! なんでワイを母ちゃんに会わせてくれねえんだ! なんでワイがこんな目に遭わなきゃいけないんだ! 母ちゃん出せ!」


「・・・藍大、もう帰って良い?」


「ここで帰られたら困る! この問題児を俺に丸投げしないでくれ!」


 疲れた表情の伊邪那岐を見て藍大は押し付けるのは許さないと抗議した。


 どうしたものかと思っていると、そこに伊邪那美が現れた。


「やれやれ、須佐之男命には困ったものじゃな」


「母ちゃん!?」


 伊邪那美の声が聞こえた瞬間、弱っているはずの須佐之男命が藍大の拘束を撃ち破って立ち上がった。


「こいつどんだけマザコンなんだよ」


 須佐之男命が母親の声で強化されるレベルのマザコンだと知って藍大達は戦慄した。


「須佐之男命、良い子にしなくては駄目じゃろう」


「良い子とかワイはどうだって良い。母ちゃんがいればそれで良いんだ」


「まったく、しょうがない子じゃなお主は。伊邪那岐や藍大達に迷惑をかけおって」


「そうだ、こいつなんなんだよ? こいつから母ちゃんの匂いがすっぞ。ついでに父ちゃんのも」


「ついで・・・」


 ついでと言われて伊邪那岐は膝から崩れ落ちた。


 自分の言うことは全く効かないだけでなく、伊邪那美のついで扱いされればこうなるのも無理もない。


 (もう止めろ須佐之男命。伊邪那岐のライフはとっくに0だ)


 伊邪那岐が不憫に思えて口にはしなかったが、藍大がこのように思うのも頷ける。


 そんな伊邪那岐をスルーして伊邪那美は須佐之男命の質問に応じる。


「藍大は妾と伊邪那岐の神子じゃ。今の妾達は藍大の家の地下神域で暮らしてるのじゃ。天照大神と月読尊もじゃ」


「姉ちゃんと兄ちゃんのことはどうでも良い。なんでこいつが母ちゃんの神子なんだよ?」


 天照大神も月読尊もこの場にいないが、もしもいたとしたら伊邪那岐と同じように膝から崩れ落ちていただろう。


 須佐之男命はもう少し姉と兄を敬うべきではなかろうか。


 伊邪那美もそう思って苦笑しながら質問に答えた。


「きっかけは血筋じゃな。それに、今の日本を救って妾達を復活させてくれたのは藍大達じゃ。妾が恩返しをするのは当然じゃろう?」


「チッ、母ちゃんに気にいられやがって。でも勘違いするなよ! 母ちゃんの一番の子供は俺だ!」


「ん? 違うぞ。一番は藍大じゃ」


「え?」


 伊邪那美の口から信じられない言葉が出たので須佐之男命は訊き返した。


「一番の子供は藍大じゃぞ。料理が上手いし力もあるしのう」


『伊邪那美様もすっかりご主人に餌付けされてるね』


「仕方ないのニャ。あの料理には勝てないのニャ」


『パパの料理は世界一だもんね』


「確かにいつも美味しいよね」


 伊邪那美の発言に食いしん坊ズと気持ちを切り替えた伊邪那岐が頷く。


 その一方で須佐之男命は激しい憎悪の視線を藍大に向けていた。


「藍大、ワイの母ちゃんを誑かしたのか!?」


「誑かすなんて人聞きの悪い。俺は料理を作ってるだけだ」


「ワイの母ちゃんを誑かすなんて許さん! よく見れば母ちゃんの腹囲が前よりも3cmも大きくなってるじゃねえか!」


「「え?」」


 須佐之男命の爆弾発言で藍大と伊邪那岐の視線が伊邪那美に向いた。


「妾は頑張って体型を維持しとるのじゃぁぁぁぁぁ!」


 伊邪那美は真っ赤になって須佐之男命をビンタした。


 全盛期の力を取り戻した伊邪那美のビンタにより、須佐之男命は遠くに吹き飛ばされた。


『ホームランだね』


『良い感じのスナップだった』


「胸がスッとしたニャ」


『女の敵だもん。ビンタされて当然だよ』


 リル達は呑気に伊邪那美のビンタに感想を述べていた。


 吹き飛ばされた須佐之男命はゆっくりと立ち上がったが、その目には涙が光っている。


「なんで殴るんだよ母ちゃん! こうなったら、ワイが強くなって母ちゃんの目を覚まさせてやる!」


 須佐之男命がそう言った瞬間、神域が解除されて藍大達は元の場所に強制的に移動させられていた。


 伊邪那美と伊邪那岐は神域がなくなる前にシャングリラに戻っており、この場にいるのは藍大達だけだ。


『ご主人、あれ見て! 須佐之男命が八坂ダンジョンに向かってる!』


「何しでかす気だあの馬鹿は? 追うぞ」


 藍大達は光球形態の須佐之男命を追って八坂ダンジョンへと向かった。

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