第609話 ふつくしい

 月読尊を連れ帰ってきた日の午後、地下神域に藍大とリル、ドライザー、司、麗奈、未亜、健太が集まっていた。


 ”楽園の守り人”のメンバー全員が月読尊に挨拶をした後、藍大は昨日頼まれた武器の合成をこの場で一気に片付けることにしたのだ。


 現在、司達はシャングリラダンジョン地下12階のスフィンクスに苦戦している。


 スフィンクスのクイズ地獄を上手く脱せずに倒せないのだ。


 クイズが出るよりも早く攻撃できても、その攻撃がスフィンクスのHPを削り切れない。


 これはそろそろ今使っている武器では限界が来たと判断し、今日は新しい武器を作るために藍大達の時間を貰った訳だ。


 藍大は司の武器に視線を向けてから口を開く。


「司のゲイボルグ=レプリカだけじゃスフィンクスを削り切れないのか」


「うん。かなり削れてるとは思うんだけど、後もう一押し足りない感じ」


 ゲイボルグ=レプリカはIN国のヒマラヤダンジョンで司達が見つけた宝箱からサクラが引き当て、それが今では司の愛槍になっている。


 その効果は投擲時の分裂と触れた者のVITを30秒間30%カットするというものであり、本物には及ばないものの戦闘で役立つことは間違いない。


「それなら武器を強化するっきゃないな。素材に何を使う?」


「これ全部使って」


 司はそう言って収納袋から合成素材として提供する物全てを取り出した。


「なるほど。全部使わなきゃゲイボルグ=レプリカと釣り合う武器として二槍流ができないって考えてるのか」


「そういうこと」


 藍大達の前に取り出されたのはヴォルカニックスピアとフリージングスピア、ケルブスピア、クエレブレの逆鱗と牙だった。


 司の持ち物としてはゲイボルグ=レプリカを除いて価値のある物ばかりだ。


 これらを合成すれば、ゲイボルグ=レプリカに並ぶ武器になりそうだと藍大も納得した。


「ドライザー、頼めるか?」


『お任せあれ』


 ドライザーは<鍛冶神祝ブレスオブヘパイストス>で3本の槍とクエレブレの素材を合成し始める。


 光の中でそれらが重なって1本の槍のシルエットになった。


 光が収まった時に藍大達の前に現れたのはゲイボルグ=レプリカとは違ってトライデントだった。


 そのトライデントの柄はクエレブレの逆鱗のデザインであり、石突部分はクエレブレの牙が使われている。


『この槍はトリニティトライデントだって。穂先は炎属性と氷属性、雷属性の3つなら使用者が好きに切り替えられるよ』


「おぉ、3つも属性使えるなんて便利だな」


「これがゲイボルグ=レプリカに並ぶ僕の新しい武器。良い、実に良い」


「ふつくしい」


「健太、ちょっと黙ってろや」


 司が手に持ったトリニティトライデントを嬉しそうに眺める様子を見て、健太が余計なことを言う。


 そんな健太の頭に未亜がすぐチョップを入れるまでがお決まりだ。


 2人のやり取りは華麗にスルーして司がドライザーにお礼を言う。


「ドライザー、良い武器をつくってくれてありがとう」


『問題ない。それを使ってダンジョン探索に励んでほしい』


「そうさせてもらうよ」


「はい! 次は私ね!」


 司のターンは終わったんだと麗奈が手を挙げて主張した。


 麗奈が今使っているのはデュラハンWガントレットであり、シャングリラダンジョン地下9階のフロアボスの”希少種”だった白いデュラハンの素材を使った物だ。


 地下12階で使うにはやや不安があるものの、気に入っていたのでなかなか新しいガントレットに変えられずにいたのである。


「麗奈は何を素材にする?」


「このデュラハンWガントレットといくつかの素材を使ってほしいわ。デュラハンWガントレットを倉庫部屋の肥やしにするなんて勿体ないもの」


 麗奈は藍大に訊かれてデュラハンWガントレットに加え、予め用意していた複数の素材を司の収納袋から取り出してもらった。


 その素材とはリビングパラディンの籠手部分とクエレブレの鱗、ヒュドラフレームの頭部である。


 ドライザーは使うべき素材全てが出揃ったため、<鍛冶神祝ブレスオブヘパイストス>でそれらを合成した。


 白かったガントレットが紫がかった銀色に染まり、両腕ともクエレブレムの頭部の形に変わった。


『クエレブレヘッズ。耐久度が特に高いけど、殴った相手に30%の割合で毒状態にできるって』


 リルの鑑定結果を聞いて麗奈は首を傾げた。


「ヒュドラフレームの頭部を使ったのになんでクエレブレデザインなのかしら?」


『麗奈と言えば見様見真似のドラゴンブレスなのだろう? それを考慮したのだが』


「まだそのネタ引っ張るの!?」


「流石はドライザー! わかってるじゃないか!」


「ドライザーから見ても麗奈はネタ枠なんやなぁ」


「まあまあ。強そうなんだから良いじゃん」


 ドライザーの説明を聞いて麗奈がツッコむと、健太は喜び、未亜は笑いを堪え、司が慰めた。


「次は未亜だな。何を素材にする?」


「ウチはダハーカシューターをベースにクエレブレ素材で強化してもらえたらええわ。ドラゴン素材から急に全く違う性質の弓になったら感覚が全然ちゃうやろうから」


 藍大に対して未亜はシンプルな注文をした。


 未亜は強化した結果、新たな弓を十全に使いこなせない事態を避けたいのでできる限りシンプルな要望を述べたのだ。


 ドライザーはその注文に頷いた後、<鍛冶神祝ブレスオブヘパイストス>でダハーカシューターとクエレブレの素材を合成し始める。


 光の中で素材全てが弓のシルエットに重なり、光が収まるとクエレブレをモチーフにしたシンプルな弓が現れた。


 完成した弓を鑑定すると、リルが気の毒そうな表情で未亜を見た。


「リルその表情はどうしたんや? なんか不味いことでも起きたんか?」


『性能はすごいよ。魔力矢も普通の矢も闇属性を付与できるし、威力と命中精度に補正がかかってる』


「ええことやないか。それならなんで気の毒そうな表情でウチを見たん?」


『あのね、弓の名前がクエレブレブレスだったの。放たれる矢がクエレブレのブレスみたいだからそう名付けられたみたいだよ』


 リルの表情の理由が分かった瞬間、麗奈と健太がとても良い笑顔になった。


「私のことを笑ったからそうなるのよ。ようこそこちら側へ」


「やったな未亜! 今日から君も見様見真似のドラゴンブレスだ!」


「じゃかあしいや!」


 未亜が荒ぶるのでリルが<仙術ウィザードリィ>でその動きを封じる。


『落ち着いて』


「離すんやリル! この馬鹿共に一撃ずつかまさんと気が収まらへん!」


 無理に動こうとする未亜だが、リルによる拘束から抜け出せるはずがない。


 藍大はリルが怒鳴られるのはおかしいと思って切り札を口にした。


「未亜、パンドラ呼ぶぞ?」


「落ち着いたわ」


「俺も。揶揄ってごめんな」


「私もごめんなさい」


「さすパン過ぎる」


 パンドラの名前を藍大が読んだ途端、未亜と健太、麗奈が急激におとなしくなった。


 3人共パンドラの説教だけは避けたいようだ。


 リルは助けてくれた藍大に頬擦りする。


『ご主人、助けてくれてありがとね』


「気にするな。悪いのは未亜達だから。リルは何も悪くないぞ」


「クゥ~ン♪」


 藍大に顎の下を撫でられてリルは嬉しそうに鳴いた。


 そんなリルを見て司が藍大を羨ましそうに見ていたけれど、藍大はその視線に気づいてもスルーした。


「ほら、健太。さっさと武器の要望を言え」


「俺だけ扱い雑くね?」


「気にすんな。それで、リクエストは?」


「リクエストなぁ。俺のHFコッファーは割と最近強化したばかりだから、道場ダンジョンの各種グリモアで属性強化とかのマイナーチェンジだな」


 そう言って健太は道場ダンジョン11階に出る各種グリモア素材を1つずつ用意した。


『健太、テラーポッド素材はないか?』


「あるけどなんで?」


『その方が良い感じの武器になりそうだ』


「OK。これも使ってくれ」


 健太はドライザーのリクエストに応じてテラーポッドの欠片を素材に加えた。


 それらをドライザーが<鍛冶神祝ブレスオブヘパイストス>で合成した。


 そして、銀色のボディの中心に赤青黄緑の4色が90度ずつ使われた円のマークのコッファーが完成した。


『マルチコッファー。弾丸やエネルギー弾を撃つ時に対峙する敵の嫌がる属性を付与してくれるって』


「何それすごい嬉しい。ドライザーさん流石っす! マジパねえっす!」


『それほどでもある』


 リルの鑑定結果を聞いて急に健太のテンションが上がると、ドライザーが得意気に応じてみせた。


 こうしてそれぞれ武器が強化されたので、これからスフィンクスを突破すべく司達はレンタル従魔と合流してシャングリラダンジョン地下12階へと向かった。

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