第608話 ボスの従魔ならこれぐらいできて当然だ

 11月5日、藍大はリルとゲン、エルを連れて山形県にある月山神社までやって来た。


 何しに来たかと言えば、三貴子の1柱である月読尊つくよみのみことを探しに来たのだ。


 伊邪那美と伊邪那岐、天照大神が揃って残りの三貴子の居場所探しの精度が高まり、今回は候補地を推理するまでもなく月山神社が目的地となった。


 月山神社がある月山は2025年の大地震のせいで一部崩れており、今では修験者しか登らない。


 そんな場所でも藍大は戦う魔皇帝フォームなら問題ないし、リルも道らしき道がなくてもすいすい進める。


『ご主人、見つけたよ』


「流石はリルだな」


 リルが修験者でも来ないだろう場所で点滅する白い光球を見つけると、藍大はよくやったとその頭を撫でる。


 そんな話をしている内に白い光球から光が溢れ出し、藍大達はそれに包み込まれた。


 眩しさのあまり目を閉じたが、しばらくして目を開ければ藍大達はお馴染みの白い空間の中にいた。


 いつの間にか伊邪那美と伊邪那岐が藍大達の後ろに現れた。


「ふむ、天照大神よりも状況は深刻なようじゃな」


「神域を展開するために無理に力を使ったようだね」


「いつ来たの?」


「藍大達がここに来た時に合わせて来たんじゃ」


「月読尊の負担を減らしたいからね」


「なるほど。それで、肝心の月読尊は?」


 伊邪那美と伊邪那岐は無言で同じ場所を指差した。


 藍大がその方向に振り返ると、ナイトキャップにパジャマ姿の青年が若干透けながら現れた。


「すごい存在感がするって起きてみれば、父上と母上じゃないですか。それ以外も豪華なメンバーですね。フェンリルと魂が3つあるロボット?」


 藍大が戦う魔皇帝フォームだったため、月読尊は藍大とゲン、エルの存在を1つの体から感じ取って首を傾げた。


 その様子を見て藍大は自分の顔が月読尊に見えていないことを思い出した。


「ゲンもエルもアビリティ解除してくれ」


 藍大の指示に従ってゲンとエルがアビリティを解除して藍大の両隣に現れた。


「最近の日本人はこんなこともできるのですね。僕は長く寝過ぎたようです」


「いや、こんなことできるのは藍大や一部の者だけじゃぞ」


「そうだよ。藍大を一般的な日本人だと思うのは良くない」


 月読尊が最近の日本人は進んでるなんて感想を述べるものだから、伊邪那美も伊邪那岐も即座に否定した。


 もしも藍大のような実力者が日本に溢れていたとしたら、海外派遣の任務もとっくに終わって世界が平和になっているだろう。


 もっとも、”邪神代行者”や”大災厄”の恐怖が消え失せたとしたら、従魔同士の模擬戦をするテイマー系冒険者だらけになる可能性もあるのだが。


「そうなのですか? では、この藍大という青年が特別なんですね。よくよく感じ取ってみれば、藍大から父上と母上の力を感じます。両方の加護を受けられるなんて驚きです」


「俺の父さんが伊邪那岐様の巫女の家系で、母さんが伊邪那美様の巫女の家系だったんだ」


「そういうことでしたか。それは運命的あるいはすごい偶然ですね。おっと、そんな話をしてる時間はないかもしれません」


 月読尊がそう言った時には彼の透明度が増していた。


 神域もそれと同時に明滅し始め、月読尊には余裕がないことが明らかである。


 しかし、その明滅はすぐに止まって月読尊の透明度が最初に現れた時と同程度に戻った。


「まったく、やせ我慢するでないのじゃ」


「すみません母上。父上も神域を維持して下さりありがとうございます」


「これぐらいは問題ないよ。僕も伊邪那美も完全復活してるからね」


「そのようですね。一体どうやって復活したのですか? 今の今まで僕達はこのまま緩やかに滅びるものと思っておりましたが」


 月読尊は両親が完全な状態で復活していることに興味津々だ。


 つい先程消えかけていたというのに肝が据わっていると言えよう。


「藍大に協力してもらったのじゃ。料理を作ってもらったり、ダンジョンを掌握してもらったり、料理を作ってもらったりしたのじゃ」


「そうだね。料理を作ってもらったり、”邪神代行者”や”大災厄”と戦ってもらったり、料理を作ってもらったりしたよ」


「わざとですか? 母上も父上も料理を作ってもらったりを2回言ってますが」


「大事なことだから2回言ったのじゃ」


「実際、もっと言っても良いと思うよ」


「えぇ・・・」


 いつの間にか食いしん坊になっていた両親に月読尊が顔を引き攣らせた。


 そんなやり取りを見てリルとゲンが胸を張る。


『ご主人の料理は世界一なんだよ』


「主さん・・・料理・・・美味い・・・」


 (ゲンがわざわざ喋るぐらい喜んでくれて嬉しいぞ)


 ゲンは口数が少なくて自分から喋ることはほとんどない。


 藍大はゲンが喋って自分の料理を褒めてくれて嬉しかった。


 リル達食いしん坊ズに褒めてもらうのも勿論嬉しいけれど、無口なゲンがわざわざ料理の感想を口で伝えてくれたのだから喜ばないはずがない。


「まさかそれほどまでとは驚きです」


「天照大神も保護されてまだ2日しか経っておらぬが、すっかり藍大の料理の虜じゃよ」


「何よりもお供え物を楽しみにしてるね。食事の時間が近づくとソワソワするし」


「何やってるんですか姉上は」


 月読尊は自分の姉がお供え物を待つ姿を想像して苦笑する。


 それと同時に天照大神が力を失った割には元気でやっていると知って安堵している。


「天姉のことはさておき、このままだと月読尊も危なそうだからシャングリラに連れて行きたい。一緒に来てくれるか?」


「僕も消えたくないから行きたいのですが、僕を運べる物はありますか? 弱ってる今の僕じゃ情けないですけど自力での移動は無理でしょう」


「これじゃ駄目か? 天姉はこの刀に宿れたんだが」


 藍大は収納リュックからヒヒイロカネの太刀を取り出した。


 天照大神を運ぶのに使えたので神に宿ってもらえるだけの仕上がりであることは証明されている。


 これなら行けると思って取り出したのだが、月読尊は残念そうに首を横に振る。


「それはヒヒイロカネの太刀ですね。姉上が宿れたのも納得ですが、僕とは相性が良くありません。上質な桂の樹から作られた杖があれば助かります。もしくはそれと同等な樹から作られた杖でも構いません」


「ふむ。上質な桂の樹の基準がわからない。これはどうだ? 桂の樹じゃないが」


 そう言って藍大が撮り出したのは地下神域に植えてある黄金の林檎の樹の枝だ。


 メロが手入れをした時になんとなく気になって貰った物である。


「素晴らしいですね。この枝の樹を育てた方は立派な職人です」


 (メロ、良かったな。神様から褒められてるぞ)


 月読尊にメロが褒められたため、藍大はとても嬉しく思った。


「シャングリラに戻ったらその職人というか俺の嫁に直接言ってやってくれ。喜ぶからさ」


「わかりました。ただし、この枝を杖にできる技術が藍大にありますか?」


「問題ない。エル、ドライザーと代わってもらって良いか?」


『承知しました』


 藍大はエルに了承してもらうと、従魔士の従魔同士を入れ替える力を使ってエルとドライザーの位置を交換した。


『ボス、お呼びか?』


「呼んだ。この枝を使って杖を作ってほしい。月読尊、枝以外にも素材を使って良いか?」


「構いません」


「良かった。それならこれを使ってもらおうか」


 月読尊の承諾を得て藍大はラードーンの鱗を収納リュックから取り出した。


 黄金の林檎の樹を守るラードーンならば、その樹の枝と相性が良いだろうと判断した訳だ。


『了解した。すぐに作ろう』


 ドライザーは<鍛冶神祝ブレスオブヘパイストス>で枝と鱗を合成し、鱗状のデザインの長杖を作り出した。


「月読尊、この杖に宿れるか?」


「大丈夫そうです。その従魔も素晴らしい腕の持ち主ですね」


『ボスの従魔ならこれぐらいできて当然だ』


 そのように言うドライザーは得意気である。


 月読尊は長杖に宿る前に藍大に思いついたように言う。


「藍大、僕のことも姉上のように愛称で呼んでくれませんか? 藍大が父上と母上の神子である以上、僕は君と兄弟みたいなものだからさ」


「じゃあ月兄つくにいで」


「わかりました。これから世話になりますよ、藍大」


「おう。食べ過ぎで太らないように気を付けてくれ」


「どう返して良いかわかりませんが、ひとまず承知したと答えましょう」


 その後、月読尊を連れ帰ったことで藍大達は月山神社に行った目的を無事に達成した。


 シャングリラに月読を連れ帰った報酬は神域の天候操作権が藍大に与えられたことであり、藍大は月見風呂を楽しめるようになったのだった。

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