第605話 だが断る

 11月4日の明朝、伊邪那美は現実には存在しない空間にいた。


 この空間は藍大とリルが3回呼び出された空間だが、今は藍大とリルがいない。


 その代わりにいるのは様々な二足歩行の動物の着ぐるみであり、神の正装に身を包む伊邪那美とセットで見ると子供向けの教育番組のようだ。


「やれやれ、今日はたくさん来たのう」


 伊邪那美が首を横に振るのに対して象の着ぐるみが口を開く。


「オ、オラ以外にも来るとはびっくりなんだな」


 象の着ぐるみの中身はガネーシャだ。


 藍大とリルに頼み事をした時と同じ着ぐるみの中にいる。


「まったくだニャ。みんなアタシの真似しないでほしいニャ」


「困ったなぁ。俺以外にも来てるだなんてよぉ」


「儂以外にもこんなにいたか」


 順番に猫と狼、隻眼のゴリラの着ぐるみが喋った。


 それぞれバステトとロキ、ヘパイストスである。


「みんなしてどうしたのじゃ? ガネーシャは別として覚醒の丸薬Ⅱ型は藍大がDMU経由で其方達の管轄の国に送ったじゃろう?」


「確かにもらったニャ。でも、あれだけじゃまだまだ足りないのニャ」


「その通りさぁ。俺んとこもこの局面を打破するには足りないんだよねぇ」


「儂も此奴等と同じだ。最悪の事態は脱したが、それでも依然苦しい」


 バステト達は覚醒の丸薬Ⅱ型をもっと融通してほしいと頼みに来たらしい。


「こ、困ったんだな。オ、オラと同じお願いをする神が多いんだな。か、覚醒の丸薬Ⅱ型が足りるか心配なんだな」


 バステト達はガネーシャとほぼ同じタイミングでやって来たため、ガネーシャはIN国用に覚醒の丸薬Ⅱ型を譲ってもらえるか不安そうである。


「一旦落ち着くのじゃ。今は日本の冒険者が依頼を受け、其方達の管轄する国に派遣されてるであろう? それでも足りぬのかや?」


「い、いずれは自国の冒険者達だけでどうにかしたいんだな。に、日本に力を借り続けてると彼等が頼るのが当然と考えてしまうんだな」


「ガネーシャはルドラに加護を与えられるぐらい力があるからまだ良いニャ。アタシなんてそのレベルまで回復できてないのニャ」


「俺も同じだねぇ。スキルに名前を貸す程度しか回復で来てないなんて、なんとも情けない話じゃないかぁ」


「儂も同じだ。ドライザーはなかなか筋が良いみたいだが、儂の担当する国の従魔ではない。儂等が力を取り戻すには戦力が足りぬのだ」


 ガネーシャは先を見据えてIN国の冒険者を独立させるために力を借りたいようだが、バステト達はそれよりも前の段階に留まっている。


 焦りという点で考えればバステト達の方が大きいだろう。


「各国の状況はわかったのじゃ。そもそも其方達の主神はどうしたんじゃ? 其方達よりも力を持ってるであろう者がまさか力を保持できんかったのかえ?」


「オ、オラは力を失うスピードが父様達よりも緩やかだったんだな。き、脅威と見做されてないんだな」


「アタシは踊って幸せパワーを纏ってたから父上達よりも力が残ってたニャ」


「俺はほらぁ、お得意のイカサマで凌いだみたいなぁ? 他にも神はいるけどぉ、交渉なら俺じゃん?」


「儂はお袋から嫌われとったんでな。小物扱いされて手抜きされたんだろ」


 どの神も決して有名じゃない訳ではないが、それぞれの事情があって自身の所属する神話内の主神を差し置いて力を残していた。


「色々あるようじゃな。それはさておき、ギブアンドテイクという言葉はわかっておろうな?」


「も、もちろんなんだな」


「か弱いアタシ達から毟ろうというのかニャ?」


「そりゃきついぜ伊邪那美ぃ」


「できることはするができることが少ないぞ」


 ガネーシャは力を借りる以上、ちゃんとお返しをする用意がある。


 バステトはプルプルと震えてか弱い猫アピールをして覚醒の丸薬Ⅱ型の対価を値切ろうとしている。


 ロキは余裕なのかそうでないのかわからないが笑みを浮かべている。


 ヘパイストスは実直ゆえに貰った分返すのは当然だと思っているが、返せるものが少ないと予め宣言している。


 ガネーシャとヘパイストスならば将来のことも含めて等価交換が成立するだろうが、バステトとロキはごねて値切る気配がするというのが伊邪那美の抱いた印象である。


「覚醒の丸薬Ⅱ型を輸出を望むなら藍大の願いを叶えるのが筋だとは思わぬか?」


「お、思うんだな」


「そりゃそうだろうな」


「藍大はもう十分持ってるニャ~。これ以上強くしてどうするニャ?」


「そうだなぁ。彼なら現時点でどこかの神話体系を乗っ取れるじゃないかぁ」


 伊邪那美の言葉にガネーシャとヘパイストスは頷く。


 その一方でバステトとロキは首を傾げる。


「バステトとロキは勘違いをしておるのじゃ。藍大は料理好きで人や従魔、神から好かれる青年じゃよ。どれだけ力を持っても他国を手中に収めようとはせぬぞ」


「それはまあそうニャ。建国しようと思えばできるのにしてないとは思ったニャ」


「あれだけの力を持てば増長すると思うけどぉ、してないのは面白いねぇ」


「しかも、宝箱があっても調理器具や食材になる植物の種を求める思考の持ち主なのじゃ。藍大の妻や従魔達も宝箱に力を求めてないのは知っておろう?」


「もったいないけどその発想は嫌いじゃないニャ」


「俺はもっと欲を出せよと言いたいけどその通りだなぁ」


 バステトとロキは伊邪那美の話を言いて藍大に対する警戒心が薄らいでいた。


 2柱が値切ろうとするのはできるだけコストを抑えたいというのもあるが、藍大が力を持ち過ぎないようにするためでもあった。


 絶大な力を持った人間がやらかした史実は数あれど、そうならないことだってあると伊邪那美は思っている。


 その考えにバステトもようやく納得したらしい。


「藍大が間違った方向に行ったら伊邪那美が止めるならちゃんと対価を払うニャ」


「うむ。わかってもらえて良かったのじゃ。ロキも良いかのう?」


「伊邪那美が責任をもって止めるなら安心できるねぇ」


「それなら」


「だが断る」


「なんじゃと!?」


 良い感じの流れができたというのにロキは意地悪そうな笑みを浮かべて拒否した。


 これには伊邪那美も驚きを隠せない。


 そんな伊邪那美を見てロキはポーズを決めながら拒否した理由を述べ始める。


「俺が最も好きなことの一つは相手を説得したと思ってるやつにNOと断ってやることだ」


「さ、最低なんだな」


「クズだろ」


「これはアタシもどうかと思うニャ」


 ガネーシャとヘパイストス、バステトがロキの言い分に白い目を向けた。


 ロキの理由を聞いた伊邪那美は無表情になった。


「では、覚醒の丸薬Ⅱ型の話はロキを除いて話をするのじゃ」


「わ、わかったんだな」


「儂は一向に構わん」


「賛成ニャ。取り分が増えて万々歳ニャ」


 これにはロキもしまったという表情になる。


「ちょっと待ったぁ。待っておくれよぉ。お願いだから待ってぇ」


「きっちり送り返してやるから安心するのじゃ」


「さ、さよならなんだな」


「じゃあの」


「バイバイニャ」


 ロキが伊邪那美に縋りつこうとするが、完全復活した伊邪那美はロキを結界に封じ込める。


 ガネーシャ達はロキに同情する余地はないと別れの言葉を告げている。


 これにはもう後がないと察したロキがなりふり構わず土下座した。


「ごめんなさい。ノリで拒否しちゃいました。もうしないので許して下さい」


 ロキも流石に手ぶらで帰れないので謝るしかなかった。


 こうなってしまえば伊邪那美のターンである。


「ガネーシャとヘパイストスとバステトは其方達の神話の神から藍大の3体の聖獣のいずれかにその名前を冠するアビリティ1つくれれば覚醒の丸薬Ⅱ型を10個渡すのじゃ。被らないように調整を頼むぞよ」


「か、感謝するんだな」


「わかった。感謝する」


「ちゃんと説得するニャ」


「あのぉ、俺はぁ?」


 自分の名前だけ呼ばれなかったのでロキは媚びるように伊邪那美に訊ねる。


「ロキは相場の3倍じゃな。3つのアビリティで覚醒の丸薬Ⅱ型を10個渡すのじゃ」


「そんなぁ」


「其方に許される選択肢は”Yes”か”はい”か”喜んで”じゃ。バステトのように考え直してくれたなら等価交換で良かったんじゃが、其方は妾を怒らせた。そして、妾達の時間を無駄にした。それぐらいの報いは当然受けて然るべきじゃろう」


「あ、諦めるんだな」


「自滅したお前が悪い」


「馬鹿な奴ニャ」


「わかったよぉ。ちゃんと条件は守るから丸薬くれよなぁ」


 ロキは伊邪那美の提示した条件に応じた。


 こうして神々の集いはロキの自滅こそあったが、神同士が争わずに終わりを迎えた。

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