第604話 私のことをナチュラルに忘れないで下さい

 天照大神の呼び名が天姉に決まったところで藍大は本題とも呼べる質問に移る。


「天姉、シャングリラに移住しない?」


『伊邪那美様と伊邪那岐様も地下の神域で暮らしてるよ』


「大変魅力的なお誘いですが、私にはここから移動するだけの力が残っておりません。何か私を運べる器があれば移動できるのですが・・・」


 天照大神はそんな物はここにないだろうと困ったように笑った。


「どんな物ならば器になるんだ?」


「ヒヒイロカネの太刀が良いのですが、そんな物はここにないですよね?」


「なければ作れば良い。ドライザー、力を貸してくれ」


『OKボス』


 藍大は収納リュックから大量のヒヒイロヘッジホッグの針を取り出した。


「ドライザー、量はこれで足りるか?」


『十分だ』


「そうか。それなら早速頼む」


『承知した』


 いきなり作業し始めた藍大とドライザーを見て天照大神は首を傾げた。


「一体何をしようと言うのです?」


『ご主人達はここでヒヒイロカネの太刀を作るつもりだよ』


「妾と伊邪那岐がこの神域に来たことで現実と幻想の境界が薄らいでおる。それを利用して幻想に現実の品を持ち込んだ訳じゃよ」


「まったく、思い付きでこんなことをしでかすんだから智仁の息子は大したものだよ」


「何を言うか。巫女として歴代最高レベルの実力の涼子の血を引くからであろうに」


『伊邪那美様と伊邪那岐様、仲良くしないとご主人にご飯抜きって言われるよ?』


「それは困るのじゃ!」


「僕達は仲良しだよ!」


「えぇ・・・」


 天照大神はツッコミが追い付かずに困惑するしかなかった。


 両親の神子になれる存在ならば、藍大は間違いなく由緒正しい血筋なのだろうと予想していたけれど、リルが仲裁したことや両親をおとなしくさせる藍大の料理のことも気になったのだ。


「ご飯抜きだけは嫌なのニャ」


『パパの料理をお預けなんて嫌だよね』


「それほどの食事とは気になりますね」


 天照大神も両親の血を引いているようだ。


 そんな話をしている一方、藍大はドライザーがヒヒイロカネの太刀を作るところを見ていた。


 <鍛冶神祝ブレスオブヘパイストス>もすっかり使いこなしており、ドライザーの手際はDDキラーを作り出した時よりも格段に上がっている。


 光の中であっという間に太刀が形成され、光が収まればそこにはヒヒイロカネの太刀が現れた。


 藍大は太刀を鞘から抜いて確認し、満足できる完成度だと判断して頷く。


「ドライザー、見事な仕上がりだぞ」


『それは良かった』


「嘘でしょう・・・」


 両親が嘘を言うとは思っていなかったけれど、天照大神は自分の目の前で起きたことをすぐに信じられなかったらしい。


 納刀した藍大が天照大神に太刀を差し出したことで正気に戻り、天照大神はそれを受け取ってじっくりとそれを観察した。


 観察し終えて天照大神はその太刀をギュッと抱き締めた。


「間違いありません。問題もありません。これがあれば私はシャングリラに移動できます」


「やったなドライザー!」


『ボス、最高にクールだぜ』


 藍大とドライザーは拳同士を合わせた。


「では早速お邪魔しますね。そろそろ限界が近づいてたので」


「おう。消えちゃう前に入ってくれ」


 天照大神は頷いて太刀を藍大に渡し、その直後に天照大神の体が光になって太刀に吸い込まれていった。


『ご主人、天姉がちゃんとヒヒイロカネの太刀に宿ったよ』


「チェックありがとな、リル」


「クゥ~ン♪」


 モンスター相手なら鑑定できる藍大だが、物体の鑑定はモンスターが触っていないとできない。


 それゆえ、リルが太刀の状況を鑑定してくれたことはありがたかったのでお礼にリルの頭を撫でたのである。


 天照大神が太刀に宿ったことにより、この神域が維持できなくなったらしい。


 その証拠にこの空間全体が明滅し始めた。


「藍大よ、妾達は先に地下神域に戻っておるのじゃ」


「ここから出たら真っ直ぐ帰って来るんだよ」


「わかった」


 伊邪那美と伊邪那岐の姿が消えて数秒後には藍大達の意識が遠くなった。


 再び藍大達が目を開くと、そこは天岩戸神社の白い球を見つけた場所だった。


「戻って来たか。さて、寄り道せずに帰ろう。リル、よろしく」


『任せて』


 リルの<転移無封クロノスムーブ>で藍大達はシャングリラに戻った。


 帰宅してドライザーは門番の業務に戻り、ミオとフィアは子供達に捕まって遊び相手をすることになった。


 ゲンも<絶対守鎧アブソリュートアーマー>を解除してリビングのお気に入りのスペースで寛ぎ始めたので、藍大とリルだけで地下神域まで移動した。


『おめでとうございます。逢魔藍大が天照大神をシャングリラの地下神域まで護衛することに成功しました』


『報酬として地下神域に極楽の湯エリアが追加されます』


 (温泉ゲットだぜ?)


 突然聞こえて来た伊邪那美の声に藍大は困惑した。


『どうしたのご主人?』


「天姉連れて帰って来たら神域に温泉ができたらしい」


『温泉!? やったね!』


「後で入ろうな」


『うん! みんなで入ろう!』


 リルは雨に濡れるのは好きではないが、お風呂に入るのは好きだ。


 その理由は簡単で、藍大に体を洗ってもらえるからである。


 幼女獣人形態のリュカもお風呂は好きであり、その子供であるルナもお風呂に苦手意識はない。


 逢魔家でお風呂を苦手とする者はおらず、広い温泉があればみんなで入ろうとするのは自然な流れだった。


 この流れのまま行くと自分の存在が放置されてしまうと焦り、ヒヒイロカネの太刀から天照大神が現れた。


「私のことをナチュラルに忘れないで下さい」


「あっ、ごめん天姉」


『ごめんね』


「頼みますよ、もう」


 頬を膨らます天照大神だが、藍大とリルが素直に謝ったのでそれ以上は言わなかった。


 そこに伊邪那美と伊邪那岐が現れる。


「うむ。無事に来れて良かったのじゃ」


「そうだね。天照大神、安心して良いよ。ここは世界中のどこよりも安全だから」


「そのようですね。ここにいるだけで少しずつではありますが、私の力が回復しているようです」


「地下神域がここまでになるまで色々あったのじゃ」


「僕もこの神域については途中参加だからね。伊邪那美と藍大達には本当に頭が上がらないよ」


「そうだったんですね。藍大、改めてお礼を言います。私だけでなく、お父様とお母様を救ってくれてありがとうございました」


 天照大神は最初に出会ったジャージ姿が嘘のような気品のある態度で頭を下げた。


「頭を上げてくれ。元はと言えば、伊邪那美様が俺を従魔士にしてくれたおかげだし、伊邪那美様と伊邪那岐様を助けたのも父さんと母さんが巫女の家系だって知ったからだ。俺だけじゃここまでのことはできなかった。みんなの力を借りたからここまで来れたんだ」


『違うよご主人。僕達はご主人がいたからここまで頑張れたんだよ』


「そうだよ藍大! 私達の元気は藍大の料理があってこそだよ!」


「主がいなかったら私の世界は灰色のままだった。主に出会えたから今の私がいる」


 いつの間にか舞とサクラが地下神域に来ていた。


「・・・そんなことを言っても今日の昼食が豪華になるだけなんだからな」


「やったねリル君!」


『やったね舞!』


 藍大が照れてそんなことを言うものだから、舞とリルは大喜びである。


 その隙にちゃっかりサクラは藍大の隣に来てその腕を抱き、天照大神を一瞥した。


 どうやらサクラは新しい女が来たことを察し、舞と一緒に藍大は自分達のものだとアピールしに来たらしい。


 もっとも、そんなことをしなくても伊邪那美と伊邪那岐がお祝いの料理を催促した可能性は高いのだが。


「今日は天照大神が見つかったお祝いじゃな。楽しみじゃ」


「断言するよ天照大神。お供え物に貴賎なしと言えど、ここのお供え物を知ったら他の物じゃ物足りなくなる」


「先程もそのような話がありましたが、藍大の料理はどれだけ美味しいのでしょうか?」


「僕や伊邪那美の復活が早く済んだのも藍大の料理があってこそだよ。試しにほら、藍大が作った栗饅頭」


 伊邪那岐は小腹が空いたら食べようとしていた栗饅頭を取り出し、それを天照大神に渡した。


 その栗饅頭に舞とリル、伊邪那美の視線が集まる中、天照大神はゴクリと唾を呑み込んでから一口食べた。


 神域以外では実体化できないため、天照大神は今のところここでしか物を食べられない。


 それがどれだけ辛いことなのか、藍大の作った栗饅頭を食べたことで悟ってしまった。


 二口で栗饅頭を食べ終えると、天照大神は藍大の手を握った。


「藍大、私のお供え物も絶対に忘れないで下さいね!」


 (天姉も堕ちたか)


 そんなことを思いながら藍大は首を縦に振った。

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