第600話 ご主人、いっぱい食べるルナは好き?

 夜に藍大は魔王軍改め魔皇帝軍のWeb会議を行うため、パソコンを立ち上げていた。


 その膝の上にはリルではなくルナがいた。


 普段ならばリルがそのポジションを占有しているのだが、今日はルナがどうしても譲ってほしいとリルに頼み込んだのでそれが実現したのである。


「ルナ、会議中はちゃんとおとなしくしてるんだぞ?」


『は~い』


「よろしい。さて、そろそろ時間だな」


 Web会議アプリのミーティングルームに入ると、既にマルオと睦美の2人が揃っていた。


「待たせたか?」


『俺達も今入った所です』


『その通りです。おや、今日は魔皇帝のお膝の上にはルナ様がいるんですね』


『ルナだよ~。今日はお父さんに代わってもらったの~』


「そーいうことなんでよろしく。マルオは洞爺湖近くのホテルに泊まってるんだっけ?」


 時間に余裕があるのでアイスブレイクがてら藍大がマルオに話を振る。


『そうですよ。花梨と一緒に来てるんですが、花梨はローラ達と温泉に入ってます』


『私も温泉のあるホテルにしました。ちょっとした観光気分です』


「あれ、神田さんは泊まりに変えたんだ? 日帰りで行くって聞いてたけど」


『思ってたより鳴門ダンジョンのクセが強くて日帰りするには疲れちゃいまして』


「そうだったのか。無理せず自分のペースで探索してくれ」


『わかりました』


 睦美はメリエルを装着してクランホームとダンジョンを行き来する予定だったが、思いの外ダンジョン探索が難航しているらしい。


 サレオスの一件のように相性の問題があるから、藍大はこの会議で2人から洞爺湖ダンジョンと鳴門ダンジョンの状況をしっかり訊き出さなければと気を引き締めた。


「ダンジョンの話も出たしその話をするか。神田さんから報告頼む」


『承知しました。鳴門ダンジョンは洞窟と聞いていましたが、実際に出向いたら大橋を進むだけのダンジョンに変わっておりました。画面を共有しますね』


 睦美は鳴門ダンジョンのビフォーアフターを2枚の写真で説明する。


『なんということでしょう。洞窟だったダンジョンが波の迫る大橋になってしまいました』


『マルオさんの言う通りです。今回のダンジョンマスターは結構なやり手ですね』


 マルオのボケに睦美が乗ってみせたが、それだけ睦美も驚いたのだろう。


 事前情報が役に立たない時点でダンジョン探索の難易度は跳ね上がるのだから無理もない。


「出現するモンスターも大きく変わってたのか?」


『そうですね。無機型モンスターが多いと聞いていたのですが、出現したのはいずれも水棲型モンスターでした』


『それは酷いですね。四国を管轄する”グリーンバレー”も何も知らなかったんですか?』


『寝耳に水という感じでした。”グリーンバレー”の挑んでる宇和島ダンジョンは事前情報通りだったようです。ただし、四国では今治ダンジョンで私と同じように事前情報との食い違いが発生したようです』


「うわぁ。瀬奈さんと麗華さんがまた喧嘩しそう」


 藍大は仲の悪い瀬奈と麗華がダンジョンの事前情報に誤りがあったら喧嘩するのではと顔が引き攣った。


『ご懸念の通りだと思います。私が緑谷クランマスターと話をしておりましたが、その後ろから麗華さんの言い争う声が聞こえておりましたので』


『青と緑にはもうちょっと仲良くしてほしいですね』


『そうですね。他所で喧嘩する分には止めませんが、その喧嘩に巻き込まれるのは嫌ですから』


 (理人さんが止めても無駄だったんだろうな)


 瀬奈は理人が宥めても怒りが収まらなかったのだろうと思うと、藍大は理人の苦労に同情した。


「あの2人の喧嘩は放っておこう。それで、鳴門ダンジョン探索の進捗はどんな感じだ?」


『一応今日だけで1階から地下2階まで踏破しました。最高レベルは地下2階のフロアボスだったアンモナイトLv60でしたね』


「アンモナイト? 化石の?」


『化石で知られるアンモナイトは盾になってましたが、鎧には巻貝や藻がびっしりと着いた騎士です。写真はこんな感じですね』


『海底に沈んだリビングアーマーに海の生物が色々と付着したみたいに見えます』


『本当にその通りでした。私はメリエルのおかげで全身覆われてたからマシだったんですが、それでもかなり生臭いと感じました』


 眉間に皺を寄せる睦美を見て相当臭ったのだろうと藍大は苦笑した。


「生臭いのは大変だな」


『ルナも臭いの嫌なの』


『そうなんです。明日から地下3階ですが、アンモナイトよりも生臭いモンスターが出てこないのを祈るばかりですね。できれば明日このダンジョンを掌握します。私からの報告は以上です』


「了解。神田さん、ありがとう。次はマルオに報告してもらおう」


 睦美の報告が終わったから藍大はマルオに報告を求めた。


 この報告の内容によっては、明日の奥尻島ダンジョン探索の後に洞爺湖ダンジョンの様子を見に行くことも考慮しなければならないから聞き漏らしは避けねばなるまい。


『了解です。洞爺湖ダンジョンはまさかの森でした。今のところ鳥型と虫型、植物型モンスターがバランスよく出現してますね』


「花梨はちゃんとやれてる?」


『ばっちりです。以前に比べてダンジョン探索に同行する頻度が増えましたから、最近じゃローラと討伐数で勝負してます』


『頼もしい限りですね。流石は魔皇帝の従姉です』


 藍大は花梨がマルオ達に迷惑をかけずに探索できていると聞いて安心した。


 マルオとその従魔の実力は既に藍大が心配するまでもないレベルになったけれど、花梨だけは冒険者デビューしたのが遅い。


 花梨がマルオの足を引っ張っていないか心配したが、そんな事態になってないと聞いて藍大はホッとしたのである。


「出現するモンスターのレベル帯はどうだ?」


『今日は1階から3階まで進みましたが、3階のフロアボスがLv75でしたね。その時のフロアボスはクレタブルでした』


「クレタブルが洞爺湖にも出たのか」


『はい。狩って今日の夕食として美味しくいただきました。主に花梨が』


「・・・食費がかかってごめんな」


『いえいえ。俺はいっぱい食べる花梨が好きですから』


 花梨も結婚して逢魔家で食べることはなくなったが食いしん坊ズの一員だ。


 ダンジョン探索でいっぱい動いた後の花梨ならすごい食欲を発揮しただろう。


 マルオ達の夕食を取る所がイメージできたため、藍大は申し訳なく思った。


 実際のところ、花梨の食べる量にローラ達は驚いていたが、マルオだけはニコニコしながら見ていた。


 マルオはなんだかんだで器の大きい人間と言えよう。


『ご主人、いっぱい食べるルナは好き?』


「よしよし。好きに決まってるだろ?」


『クゥ~ン♪』


 愛い奴だと藍大はルナの頭を撫でてからしまったと藍大はマルオに話しかけた。


「すまん、脱線したな。洞爺湖ダンジョンの探索で懸念事項はあるか?」


『ルナちゃんが可愛いから仕方ないですよ。洞爺湖ダンジョンの探索は順調です。上手くいけば明日には掌握できます』


「了解。報告ありがとな。じゃあ奥尻島ダンジョンについて報告しよう」


 藍大は奥尻島ダンジョンであったことを順番に共有した。


『ルナちゃんもしっかり活躍したんですね』


『ワッフン♪』


『魔皇帝が奥尻島ダンジョンを掌握したら私もそちらに伺わせて下さい。私の知らない無機型モンスターがいたので見てみたいです』


 マルオはルナが褒めてほしそうな目でカメラを見ていたので、それを察してルナを褒めてあげた。


 ルナは我が意を得たりとドヤ顔を披露し、藍大に顎の下を撫でられて気持ち良さそうにしている。


 その一方、睦美はガーディアンドール等の初めて耳にするモンスターに興味を持ったらしく、鳴門ダンジョンの掌握が終わったら奥尻島ダンジョンに足を運ぶことを決めたようだ。


 そんな睦美を見て藍大は思い出したように付け足す。


「そうそう、これは今日の探索と直接関係ないんだけど、今日の戦利品も使ってドライザーにエルの武器を作ってもらったんだ。この写真のDDキラーって武器だ」


『ふつくしい・・・。これはラストリゾートとは違った良さがありますね。この武器も変形するんですよね?』


「正解。デフォルトが大剣形態だけど、デスサイズに変形させられるんだ」


『変形! ロマンです! これは良い武器ですね!』


「神田さん、どうどう。落ち着いてくれないとエルの演武の動画を見せられない」


『・・・落ち着きました』


『神田さんマジパねえっす』


 マルオも驚くぐらいの感情のコントロールだったようだが、エルの演武の動画を藍大が流すと睦美のテンションは急上昇した。


 最後は完全に脱線していたものの、魔皇帝軍の探索はおおむね順調だった。

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