第601話 伊邪那岐様、予想外したってよ

 翌日25日、藍大はゲンとエルの力を借りて戦う魔皇帝フォームに変身し、リルとモルガナを連れて奥尻島ダンジョン4階にやって来た。


 4階はいきなりボス部屋の扉があり、フロアボスかもしくは”ダンジョンマスター”が待っているに違いない。


『ご主人、扉を開けるよ』


「ああ。よろしく頼む」


 リルが<仙術ウィザードリィ>で扉を開くとそこは宝物庫と呼ぶべき金庫部屋だった。


「貴様等が我の部屋にやって来るであろうことはわかっておった」


 開口一番で自分の予想通りだと言う存在はガチョウの頭と脚、兎の尻尾、悪魔の翼を持つ二足歩行の獅子の見た目だ。


「俺はお前のような珍妙な存在がいるとは知らなかった」


「貴様がそのような軽口を叩くことは最初から知っておった」


 (何こいつムカつく)


 そう思ってもグッと堪えて藍大は目の前の珍妙な存在をモンスター図鑑で調べた。



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名前:なし 種族:イポス

性別:雄 Lv:95

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HP:2,500/2,500

MP:3,000/3,000

STR:2,500

VIT:2,000

DEX:3,000

AGI:2,500

INT:2,000

LUK:2,000

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称号:ダンジョンマスター(奥尻島)

   観測者

アビリティ:<過去視サイコメトリー><千里眼クレヤボヤンス><未来予知プレディクション

      <起爆泡罠バブルトラップ><魔力地雷マジックマイン><突風槍ガストランス

      <紫雷鎖サンダーチェーン><全半減ディバインオール

装備:なし

備考:愉悦

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 (マジで予知してたのかよ)


 藍大はイポスが自分達の訪問を本当に察知していたと知った。


「我は貴様が我の能力値を覗くのを最初から知っておった」


「なんでも言うじゃん。まあ、倒せば変わらないけどさ」


 そう言って藍大はエルの力を借りて<氷河時代アイスエイジ>を部屋全体に発動した。


 藍大が部屋全体を攻撃対象としたのには2つ理由がある。


 1つ目は”ダンジョンマスター”であるイポスが部屋の外に出られないからだ。


 部屋全体に影響のあるアビリティを使えば、大小問わずイポスに影響を与えられるだろう。


 2つ目はイポスの仕掛けた罠を壊すためである。


 MPは全回復した状態だけれど、イポスは<起爆泡罠バブルトラップ>と<魔力地雷マジックマイン>を使えるから事前に罠を仕掛けている可能性が高い。


 しかも、藍大がこの部屋に来ると<未来予知プレディクション>で予知しているならば、どこに何を仕掛けておけば藍大を嵌め殺しできるか考えているはずだ。


 それを一旦リセットするために<氷河時代アイスエイジ>を発動した。


 藍大の選択は正しかった。


 地面や空中に仕掛けられていた<起爆泡罠バブルトラップ>と<魔力地雷マジックマイン>が爆発してボス部屋の罠が解除されたからだ。


 そして、寒さに慣れていないイポスは体を小刻みに振るわせている。


「未来が変わっただと?」


「余裕ぶってた態度はどうした?」


「貴様がそのような軽口を叩くことは最初から知っておった」


「それはもう聞いた」


 藍大はゲンの<自動氷楯オートイージス>と<強制眼フォースアイ>を連続して発動した。


 DDキラーの試し切りをするにしても、イポスがまだ何か仕掛けている可能性は残っている。


 それゆえ、反撃されても対応できる準備とそもそも反撃されないような準備をした訳だ。


「ぐぬぬ、貴様がそのような」


「さっきから煩い」


 藍大は地面に押し付けられたイポスに接近し、DDキラーで翼を切断した。


「ぐぁぁぁぁぁ!」


 イポスが痛みに叫んだ直後、ボス部屋の床に積み上がっていた金貨の山が爆散した。


 いくつもの金貨がイポスを斬りつけた藍大に向かって飛ぶが、<自動氷楯オートイージス>によって藍大は無傷で済んだ。


 (うん。やっぱり俺に接近戦は向いてないわ)


 今日のダンジョン探索が始まる前、藍大はリルとモルガナにDDキラーで試し切りしたいと伝えていた。


 リルもモルガナも藍大に接近戦をさせたくなかったけれど、ゲンとエルのVITが加算された藍大がダメージを負うとも思えなかったので一度だけならと条件を出した。


 その条件が達成されたので、藍大はおとなしくリルとモルガナの待機する場所まで後退した。


『ご主人、試し切りはどうだった?』


「切れ味は良かった。でも、俺には接近戦は向いてないかな」


『安心して。僕達がご主人の代わりにガンガン戦うから』


「そうでござるよ。戦闘は拙者達に任せるでござる」


 リルとモルガナにバトンタッチしていたことにより、藍大の意識がイポスから逸れた。そのタイミングにイポスは素早く立ち上がって反撃した。


「貴様等ぁぁぁぁぁ!」


「遅いでござる」


 余裕ぶった口調を忘れて必死の形相でイポスが<突風槍ガストランス>を放つが、それをモルガナが<竜巻飛斬トルネードスラッシュ>で打ち消す。


 その隙があれば、リルがイポスの死角まで移動するには十分である。


『バイバイ』


 リルは<風精霊砲シルフキャノン>でイポスを壁に叩きつけるように吹き飛ばした。


『掌握完了でござる』


 リルがイポスを倒した直後にモルガナが奥尻島ダンジョンの支配権を奪ったようだ。


「リルもモルガナもお疲れ様」


『ご主人もね』


「殿も立派だったでござる」


「そうかそうか」


 藍大は試し切りの間、ずっとリルとモルガナに見守られていたのを思い出して心配させて悪かったとお詫びの気持ちを込めて優しく2体の頭を撫でた。


 その後、イポスの解体を済ませて魔石はリルに与えられた。


 魔石を飲み込んだ直後、リルから神々しい雰囲気が増した。


『リルのアビリティ:<天墜碧風ダウンバースト>がアビリティ:<雪女神罰パニッシュオブスカジ>に上書きされました』


『リルの称号”風聖獣”が称号”風神獣ふうしんじゅう”に上書きされました』


『初回特典として伊邪那岐の力が100%まで回復しました』


『報酬として逢魔藍大の収納リュックに神桜桃しんおうとうの種が贈られました』


 (伊邪那岐様、予想外したってよ)


 藍大は伊邪那美の声が告げた内容を聞き、伊邪那岐の復活を祝うよりも先に伊邪那岐が予想を外したことに気づいた。


 伊邪那岐は日本の全ダンジョンを掌握することが自分を完全復活させるのに最も実現性が高いと述べたが、現実はそうならなかった。


 リルの<雪女神罰パニッシュオブスカジ>は<天墜碧風ダウンバースト>が純粋に強化され、任意の座標に強烈な吹雪をぶつけるアビリティだ。


 北欧神話において雪の女神と呼ばれるスカジがリルの力に興味を示した結果、リルがまたしてもパワーアップすることになった。


 モンスター図鑑で”風神獣”の称号について調べてみた結果、藍大はその称号を会得する2つの条件を特定した。


 1つ目は能力値平均が3,000以上の”風聖獣”であること。


 2つ目は神の名を冠するアビリティを3つ以上会得すること。


『ご主人、僕も神様の仲間入りしたよ!』


「そうみたいだな。リルは本当に立派になったよ」


『ドヤァ』


 藍大にわしゃわしゃと撫でられて幸せそうなリルを見て、置いていかれた感のあるモルガナが訊ねる。


「殿、リル先輩が神様ってどういうことでござるか?」


「イポスの魔石を飲み込んだ結果、リルの<天墜碧風ダウンバースト>が<雪女神罰パニッシュオブスカジ>に強化された。それによってリルの称号が”風聖獣”から”風神獣”になったんだ」


「むぅ、拙者が”アークダンジョンマスター”になっただけでは足りぬでござる。せめてブラド先輩のように”ダンジョンロード”にならないと見劣りするでござる」


 モルガナは自分もたっぷり甘えたいが、リルの称号に比べて自分の称号が見劣りするから悔しそうにしている。


 それを見て藍大はモルガナの頭もわしゃわしゃと撫でる。


「見劣りとか考えなくて良いんだ。リルの”風神獣”だって狙って得たものじゃないんだし。俺は甘えたい気持ちを我慢してほしいだなんて思ってないぞ」


「殿ぉ!」


 モルガナはひしっと藍大に抱き着いた。


 逢魔家でなければ”アークダンジョンマスター”は間違いなくチヤホヤされる対象だ。


 しかし、逢魔家では格の高い称号を持つモンスターばかりであり、その辺りの常識がおかしくなっているのは否めない。


 藍大は決して格の高い称号がなければ甘えて来てはいけないなんて言うつもりがないので、モルガナが甘えたいなら好きに甘えても良いと言った。


 モルガナとリル、ついでに憑依していたゲンとエルもアビリティ解除して甘え始めたため、藍大達が奥尻島ダンジョンを脱出したのはそれから20分後のことだった。

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