第596話 ルナも遠吠えの美学がわかって来たね

 翌日24日、藍大の号令によって日本のトップクランが掌握できていないダンジョンの攻略を始めた。


 北海道は奥尻島ダンジョンと洞爺湖ダンジョン、阿寒湖ダンジョン、羅臼岳ダンジョンが残っており、それぞれ”楽園の守り人”と”迷宮の狩り人”、”レッドスター”、”ブラックリバー”が担当する。


 四国は今治ダンジョンと宇和島ダンジョン、丸亀ダンジョン、鳴門ダンジョンが残っており、それぞれ”ブルースカイ”と”グリーンバレー”、”ホワイトスノウ”、”近衛兵団”が対応する。


 藍大はリル一家とゲン、モルガナを連れて朝から奥尻島ダンジョンにやって来た。


『ルナ、今日も大事な探索だから頑張ろうね』


『うん!』


 リルが声をかけたことでルナは気合を入れた。


 それぞれのトップクランが今回のダンジョン探索を無事に終わらせれば、日本は今度こそ確実にスタンピードが起きる可能性を潰せる。


 テイマー冒険者がいるトップクランが日本のダンジョンを牛耳ることになるが、それでもダンジョンを掌握できずにスタンピードが起こるよりもずっとマシだ。


 また、モンスター素材を安定的に供給するにも”ダンジョンマスター”をトップクランのテイマー冒険者が使役していた方が良い。


 中堅中小クランや無所属冒険者の縄張りはなくなってしまうけれど、完全に管理できていない現状で問題が発生した時に責任を取れないので彼等は文句を言えない。


 縄張りがなくとも拠点はそのままでダンジョン探索できるのだから、負えない責任を負わずに済む点で彼等は納得している。


 それはさておき、奥尻島ダンジョンはだまし絵屋敷と呼べる内装のダンジョンであり、遠近感や傾斜がわかりにくくなっている。


 リルがルナに頑張ろうと言ったのは冒険者を騙す仕掛けを見抜くことも含めてだった。


『お父さん、あの壁に何か張り付いてるよね?』


『ルナ、よく見破れたね。あそこにはフェイクリザードがいるよ』


 フェイクリザードとはカメレオンによく似た爬虫類型モンスターであり、背景に溶け込んだまま接近して奇襲するのが得意なのだ。


 その反面、接近途中でバレると遠距離からの攻撃ができないので冒険者が有利に戦うなら遠くから攻撃するのが鉄板とされている。


 (最初の雑魚モブモンスターがLv50ってまあまあレベル高い)


 藍大は既にモンスター図鑑でフェイクリザードを調べており、そのレベルから奥尻島ダンジョンをこれ以上放置できないと判断した。


『えいっ』


 ルナは<十字月牙クロスクレセント>でフェイクリザードを倒した。


『討伐確認。よくやったね』


「ルナも着々と強くなってるね」


『ドヤァ』


 リルとリュカに褒められてルナはドヤ顔を披露した。


 フェイクリザードはこの後もあちこちで背景に紛れて現れたので、ルナが敵の居場所を察知する訓練に丁度良かった。


 敵を見つけては倒すを繰り返していた結果、藍大達の前にフェイクリザードは現れなくなった。


 その代わりにLv50のメイズバットと呼ばれる迷彩柄の蝙蝠が現れた。


 メイズバットも背景に隠れて奇襲を仕掛けるモンスターだが、フェイクリザードと異なるのは近接攻撃が苦手で遠距離攻撃が得意なことだろう。


 加えて言うならば、単独で動かず必ず複数体で行動するのが特徴的だ。


『まとめて倒すよ!』


 ルナは<暗黒嵐ダークネスストーム>でメイズバット達を倒した。


「ルナ、よくやったな」


「クゥ~ン♪」


 戦いを終えたルナを藍大が褒めたことにより、もっと褒めてほしいとルナが藍大に体を擦りつけて甘える。


「殿、そろそろ拙者も戦いたいでござる」


 ルナが甘えているのを見てモルガナも藍大に甘えたくなったらしい。


「よしよし。それなら”掃除屋”が現れたらモルガナに任せよう」


「わかったでござる」


 モルガナが納得したことにより、メイズバットが現れた時はルナが応じて隠れた敵を探す実践訓練にした。


 何度か戦闘を終えて絵画が両脇の壁に飾られる広間に到着した。


 美術の教科書に載っていそうなシチュエーションの絵画ばかりだが、本来人が描かれるべき所にモンスターが描かれている。


「これもリドリザみたいに持ち帰れるかな?」


『ちょっと外せるか試してみるね』


 リルは藍大の思い付きを実践すべく<仙術ウィザードリィ>で青いターバンのインプの絵画を壁から剝がそうとした。


 その結果、絵画は特に何も起こらずに壁から取り外せた。


「外せたな」


『取れちゃったね。持ち帰る?』


「持って帰れる物はできるだけ持って帰ろう。こういう絵は茂が面白がって調べるだろうし」


『わかった~』


 藍大の指示通りにリルは壁に飾られた絵画を次々に剥がした。


 最後の絵画を回収していると、天井に穴が開いて警備員の装備をしたのっぺらぼうの銀色のマネキンが落ちて来た。


「ガーディアンドールLv55。近接戦闘も遠距離戦闘もできるぞ」


「どーんでござる!」


 モルガナは<破壊滑走デストロイグライド>でガーディアンドールの着地した瞬間を狙った。


 踏み込んで移動しようとしていたガーディアンドールは何をすることもできず、両手足と頭が胴体から外れながら後ろに大きく吹き飛ばされた。


 それからパーツ同士が合体することもなく、ガーディアンドールは完全に沈黙した。


『ルナがLv69になりました』


『ルナがLv70になりました』


『ルナがアビリティ:<闇沼ダークスワンプ>を会得しました』


「豪快に倒したな」


「偶にはこういうのもありだと思ったでござるよ」


「そうだな。遠距離攻撃だけが全てじゃないもんな」


「フフンでござる」


 藍大に頭を撫でてもらってモルガナはご機嫌になった。


 モルガナが満足した後、藍大はガーディアンドールの魔石を拾ってルナに与える。


「ルナ、おあがり」


『いただきま~す』


 魔石を飲み込んだことでルナの毛並みがツヤツヤになった。


『ルナのアビリティ:<闇沼ダークスワンプ>がアビリティ:<暗黒沼ダークネススワンプ>に上書きされました』


「ルナ、綺麗になったね」


『お母さん、本当!?』


「本当よ」


『わ~い!』


 ルナが無邪気に喜ぶ姿はまだまだ幼い。


 フェンリルの姿になっても子狼なのは変わらないのだろう。


 ガーディアンドールのパーツを全て回収し終えてから藍大達は通路の先へと進む。


 そこから先は通路の両脇に絵画が等間隔に飾られていたが、広間とは違って全てが同じアーチャーの絵だった。


「リル、気づいてるか?」


『勿論だよご主人。この絵がモンスターなんだよね?』


「正解。アートアーチャーLv50。絵から矢を放って来るぞ」


「髪の毛の相談はできないでござるか?」


「モンスターに髪の相談をしてどうする」


 モルガナのボケに藍大が冷静にツッコんだ。


 名前がよく似ているが全くの別物なのだから当然だろう。


『僕も戦うね』


「私も戦う」


 リルとリュカが戦うと宣言し、左側はリルが<風精霊砲シルフキャノン>で倒して右側はリュカが<剛脚月牙グレートクレセント>で倒した。


『ご主人、見える範囲のアートアーチャーは倒したよ』


「私も」


「リルもリュカもお疲れ様」


「「クゥ~ン♪」」


 藍大に頭を撫でられたリルとリュカの反応が一致した。


 夫婦になると似て来るものもあるようだ。


 戦利品回収を済ませて通路を進めば、1階のボス部屋の扉が見えて来た。


 藍大達は特に疲れていなかったこともあり、休むことなくそのままボス部屋に突入する。


 ボス部屋の中で待機していたのは藍大達にとって見覚えのあるモンスターだった。


「フォォォォォ!」


「その鳴き声って国内共通かよ!?」


 奇声を上げたのは月曜日のシャングリラダンジョン地下3階でフロアボスのザントマンだった。


 シャングリラダンジョンで遭遇した時はその個体が変なだけだと思っていたが、シャングリラの外でもこの鳴き声であることがわかって藍大がツッコむ。


 ザントマンの鳴き声を聞いてムッとした者がいた。


 ルナである。


『鳴き声が美しくない!』


 ルナは<暗黒沼ダークネススワンプ>でザントマンが自由に動けないようにした後、<竜巻槍トルネードランス>を直撃させた。


 身動きが取れない状態でルナの怒りの一撃を受ければ、Lv60のザントマンのHPでもあっけなく尽きてしまった。


『ルナがLv71になりました』


『ルナも遠吠えの美学がわかって来たね』


『うん! あいつは失格なの!』


『シチュエーションも大事だよね。良い感じの場所があったら家族みんなで遠吠えしよう』


「楽しそう」


『賛成!』


 リル一家が遠吠え談義で盛り上がっている間に藍大とモルガナがザントマンの解体を終わらせた。


 手に入れた魔石はルナに与えられ、ルナのモフ度が少し上がった。


『ルナのアビリティ:<暗黒嵐ダークネスストーム>がアビリティ:<深淵嵐アビスストーム>に上書きされました』


 藍大達はやり残したことがないのを確認して2階に移動した。

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