第582話 彼氏って彼女をチヤホヤするためにいるんじゃないの?

 8月16日の木曜日、”グリーンバレー”のクランハウス内にある結衣の部屋には結衣と従魔達の姿があった。


「MOF-1グランプリ当日の私とマロンの衣装は何にしようか?」


「チュ・・・」


 結衣は本番で自分がコスプレするだけでなく、マロンにも衣装を着せようとしている。


 その衣装は自分とお揃いにしようと考えているため、候補を絞り込んだ中でどれにするか悩んでいた。


 マロンは衣装に興味があるらしく、難しい顔をしてベッドの上に並べられた衣装を見比べている。


 ロトはサイズの問題で一緒の部屋にいないが、ポチとタマは同じ室内にいる。


 しかし、どちらも結衣とマロンがMOF-1グランプリで何を着るのか興味がなく、各々好きな場所で昼寝している。


 そこに部屋のドアをノックする音が響く。


「おっす。呼ばれたから来てやったぞー」


「ん。鍵は開いてる。入って」


 結衣の許可を得て室内に入って来たのは剣士の菊田楽だった。


 楽は結衣に呼ばれて部屋に来た訳だが、いざ部屋に入ってみると結衣とマロンが難しい表情で衣装を見比べているものだからジト目になった。


「用事があるって言うから来たのに何やってんだ?」


「MOF-1グランプリで着る衣装を考えてる。マロンとお揃いにする予定だけどどれにしようかなって」


「俺にその意見を求めても参考にならなくね? 俺が意見を言うまいと結衣が最後に何を着るか決めるんだし」


「楽には衣装を着た私達を見てチヤホヤしてもらうために呼んだ」


「俺はチヤホヤ要員じゃねえっての」


「彼氏って彼女をチヤホヤするためにいるんじゃないの?」


「なんてことを言うんだ!」

 

 結衣が純粋な目をしながら首を傾げると、楽は自分が本気でチヤホヤ要員だと思われていることに驚いた。


 楽と結衣は大輝クランマスター麗華サブマスターが結婚してからしばらくの間、互いに付き合うことなくパーティーメンバーの関係でいた。


 ところが、最近知り合いの冒険者達がどんどん結婚して子供まででき初めて焦り、困った2人は身近な所でくっついたのだ。


 元々一緒のパーティーメンバーだったから、お互いに相手のことを命を預けられるぐらいには信頼できる。


 以上の理由から楽と結衣はくっついた訳だが、付き合ったからすぐに仲が良くなるのかと訊かれればそうではない。


 なんだかんだ付き合い方は付き合う前とほとんど変わらない。


 変わった点を挙げるならば、結衣が楽の好きなコスプレを定期的にするようになったことと楽が結衣のわがままを以前よりも聞くようになったことぐらいだ。


 多少なりともお互いに歩みよる姿勢を見せているため、大輝と麗華は2人の関係にあれこれ口を出さずに温かく見守っている。


「コスプレは私にとって戦闘服。MOF-1グランプリはマロンにとって戦場。ならば、マロンに私とお揃いの戦闘服を着てもらって士気を高めてもらうのは当然」


「・・・はぁ。しょうがないな。悩んでる衣装全部見てやるからさっさと着替えろ」


「感謝。感想は褒め言葉だけでよろしく。反論は受け付けない」


「そこは譲らねえのな。やれやれ」


 楽は一旦部屋を出て結衣とマロンの着替えを待った。


 準備ができたと聞いて楽が部屋の中に入ると、そこにはチアリーダーコスのコンビがいた。


「背伸びした中学生と見てて元気が出るマロンだな」


「私のことも褒めろ」


「痛い! 結衣、クッションでも、角は危ない!」


 結衣は自分だけ馬鹿にされたことで苛立ち、近くにあったクッションで楽の頭を何度も叩いた。


 柔らかいクッションとはいえ、その角が目に当たれば危険だから楽は言外に止めてくれと頼んだ。


「褒める気になった?」


「なった! 現役JKって言っても誤魔化せるぐらい可愛い!」


「仕方ないから許す」


「チューチュー」


 マロンは主人と楽のやり取りを見てやれやれと首を振る。


 最初から褒めとけば良いものをと言わんばかりである。


 チアリーダーコスのお披露目時間は終了し、次の衣装に着替えるために再び楽は部屋の外に移動する。


 次に楽が部屋に入ると、今度は結衣とマロンが海賊コス姿だった。


「おお、海賊のキャプテンだ。俺のイメージに近いド直球なやつ」


「及第点」


「チュ」


 楽はクッションを叩きつけられずにホッとした。


 褒めているか褒めていないかで言えばギリギリ褒めているというのが結衣のジャッジである。


 結衣達が最後の衣装に着替えるため、楽はまたしても部屋の外に出る。


 そして、準備ができたことを確認してから部屋に入ると結衣達は女教師コス姿だった。


 それを見たところで楽はハッと気づいたことがあって口を開いた。


「なあ、今回ってMOF-1グランプリでモフモフの日本一を決めるんだよな?」


「そうだよ」


「それならマロンのモフモフボディをコスプレの衣装で隠しちゃ駄目じゃね?」


「しまった」


「チュチュ・・・」


 結衣は冷静な反応だったけれど、今までノリノリでコスプレしていたマロンは四つん這いになって崩れ落ちた。


 楽の言い分に納得したからこその反応である。


「やっぱりいつも通りが一番だろ。結衣がポ〇モントレーナー姿でマロンがありのままの姿。これに勝るものはないって」


「楽、私はそーいうのを求めてた」


「チュ!」


 結衣とマロンが自分のコメントに喜ぶのを見てホッとした反面、今までの時間はなんだったんだろうかと楽が思うのは仕方のないことだろう。


 結衣とマロンが一番最初の服装に戻るのを待ってから、楽はMOF-1グランプリに向けた仕上がり具合について結衣に訊ねてみる。


「結衣、MOF-1グランプリはどうよ? 勝てそう?」


「コスプレという武器を失ったことでアドバンテージを早くも1つ失った」


「それはアドバンテージじゃないから気にすんな。コスプレ以外でどうなんだよ。毛並みとかルックス、賢さとか色々な観点で競うんだろ?」


「それについては一旦マロンのステータスを一緒に見て」


 結衣はビースト図鑑のマロンのページを開いてそれを楽に見せた。



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名前:マロン 種族:アークプリースリス

性別:雌 Lv:80

-----------------------------------------

HP:1,500/1,500

MP:2,500/2,500

STR:1,000

VIT:1,000

DEX:2,000

AGI:1,500

INT:1,750

LUK:1,750

-----------------------------------------

称号:結衣の従魔

   ダンジョンの天敵

   物乞い

二つ名:コスモフの欲しがり

アビリティ:<上級回復ハイヒール><上級治癒ハイキュア><魔力吸収マナドレイン

      <生命接続ライフコネクト><魔力半球マジックドーム

      <道具箱アイテムボックス><自動再生オートリジェネ

装備:なし

備考:期待

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「戦闘勝負は1対1なら厳しいけど、チーム戦なら貴重な回復役だ。物乞いってのも可愛くおねだりする点では補正が働きそうだな」


「よく見てる。褒めて遣わす」


「チュチュ♪」


「ははぁ、じゃねえよ。ステータスは見たけど結衣はどう思ってんの?」


 結衣とマロンが偉そうに言うせいで、自然と楽もその流れに従ってしまったがすぐに話を元に戻した。


「正直なところを言えば、能力値で他の参加者に負けてるから可愛さ一点集中するつもりだった」


「チュ!?」


 結衣に褒めてもらえると思ったマロンだが、期待していた物とは異なる現実的なコメントを聞いて驚いた。


 そんなマロンを横目に楽は先程の茶番の意味を理解した。


「あぁ、だからコスプレしようとしてた訳だ」


「うん。可愛いは正義。可愛いゴリ押せば良い勝負ができると思ってた」


「それはまあ真理なんだろうけどさ、魔皇帝にはリルさんがいるんだぞ?」


「リルさんはマジで手強い。ガルフさんは包容力があるけど草臥れた感じが滲み出る時あるし、ニンジャさんは主人への独占欲が強過ぎて引く時がある。だけど、リルさんには非の打ち所がない。カッコ良いだけじゃなくて愛らしいとか強過ぎ」


 結衣の頭の中ではリルが飛び抜けていて、ガルフとニンジャにはアピールポイントだけでなく欠点もあるからそこにマロンを食い込ませるには可愛さゴリ押しが必要という結論が叩き出されていた。


「まあ、その、なんだ。変にリルさんを意識せず楽しむのを最優先にしろよ。結衣が緊張してたらマロンにもそれが伝わる。結衣が笑ってたらマロンも肩の力が抜けて良い感じになるさ」


「・・・ありがとう」


 最後のアドバイスで結衣の楽に対する好感度が上がった。

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