第581話 大変だわ。カームが真奈さんに狙われちゃう

 8月5日の日曜日、有馬白雪は従魔達を連れて自然溢れる養老ダンジョンに来ていた。


 養老ダンジョンは岐阜県にある養老の滝付近で発見されたダンジョンであり、白雪達は昨日収録した旅番組の場所から近かったのでやって来たのだ。


 以前に来たこともあったため、今日は地下2階から探索を再開する。


「ヨナ、今日はカームのレベルアップに協力してね」


「クワ」


 白雪の言葉に応じてカームがペコリと頭を下げると、ヨナが返事をする。


 ヨナはテイマー系冒険者の合宿で自分の弱さを見つめ、白雪と触れ合う時間が増えたことで白雪にとっては頼りになる相棒に成長した。


 ハンサからエルダーハンサに進化したことで、美しく強い白鳥へと姿を変えた。


 フィアのことは忘れていないらしく、料理をどうにか覚えたいと思っているものの人化関連のアビリティを中々会得できていないから、今はひとまず強さを求めている。


 そんなヨナにサポートしてもらい、コッコベビーのカームはMOF-1グランプリで優勝できるように絶賛育成中だ。


 MOF-1グランプリに参加するカームだが、実は魔熱病騒動後にモフランド本店のお仕事を辞めて白雪の営業活動や戦闘に参加するようになっていた。


 その理由はカームがそれを望んだからだ。


 自身は魔熱病に罹患しなかったけれど、モフランドで何かあった時に白雪が傍にいないのは嫌だったらしい。


 最近ではマイペースではあるものの白雪の後を付いて行くことが増えた。


 カームは今、Lv47までレベルを上げているが一度も進化していない。


 Lv30になった時に進化できるようになったのだが、白雪が進化するか訊いても首を横に振った。


 なんで進化するのが嫌なのか白雪が訊ねたところ、どうやらフィアみたいに特殊進化を狙っているらしいことがわかった。


 普通の進化ではなく特殊進化を狙うあたりがカームらしいと言えよう。


「さて、情報通りストーンクラブが出て来たわね」


 白雪達の視界には川があり、そこから大きな石に擬態できそうな蟹のモンスターが5体現れた。


「ヨナは先に4体倒しちゃって。カームは残った1体をよろしく」


「クワッ」


「ピヨ」


 白雪はカームに極端なパワーレベリングをする気がない。


 パワーレベリングばかりでは実戦の経験が積めないから、ちゃんとカームにも戦ってもらうつもりなのだ。


 ヨナはあっという間にストーンクラブを倒してしまい、残るは1体だけである。


 カームは目を細めてストーンクラブと対峙する。

 

 ストーンクラブは横歩きのまま<硬化突撃ハードブリッツ>を発動した。


「カーム、避けて」


「ピヨ」


 カームは普段のマイペースでやる気のない動きから想像できない大きな跳躍を披露し、ストーンクラブの体を踏みつけてその突撃を躱した。


 それだけではなく、振り返ってストーンクラブの脚に<尖氷弾アイシクルバレット>を放つ。


 体は石のように固いけれど、脚の守りが弱い部分を攻撃することでストーンクラブがバランスを崩して転んだ。


 敵が転べばチャンスなので、カームは不敵な笑みを浮かべながら<硬化刺突ハードスタブ>を使って嘴でストーンクラブを追撃する。


 ストーンクラブはカームの攻撃に苛立って鋏を振り回すけれど、カームはひょいひょい避けながら攻撃するので当たらない。


「カームって嫌がらせが上手いよね」


「クワァ」


 ストーンクラブが力尽きて動かなくなると、カームはその上に飛び乗ってから白雪達に勝ったとアピールする。


「ピヨ」


「お疲れ様。よくやったわね」


 白雪が近寄ってカームを撫でれば、カームはそれを気持ち良さそうに受け入れた。


 カームは舞や真奈に抱き着かれたりモフられても動じないが、白雪に撫でられた時のように気持ち良さそうな表情を見せない。


 マイペースでも白雪に褒めてもらえるのが嬉しいのはヨナ達と変わらないのだろう。


 戦利品回収を済ませた後、白雪達は何度かストーンクラブの群れと遭遇しては倒すのを繰り返した。


 川の反対側に渡れる橋が視界に入ったが、そこには橋だけではなく背中から土管を背負った灰色の蟹が待ち構えていた。


「掲示板に遭った通りならパイプハーミットLv50ね。敵は1体だけだし格上だけど、カームだけで戦ってみる?」


「ピヨ」


 カームはやる気十分だった。


 パイプハーミットはカームが前に出たのを見て口からブクブクと泡を吐き始めた。


「ピヨ」


 カームは<尖氷弾アイシクルバレット>を放って直線上に並ぶ泡を潰す。


 それだけでは<尖氷弾アイシクルバレット>の勢いは止まらず、カームの攻撃がパイプハーミットの口に命中する。


 パイプハーミットは自分の泡の攻撃のせいで<尖氷弾アイシクルバレット>が見えていなかったらしく、明らかに避けるのが遅れていた。


 格下のカームに攻撃を当てられてパイプハーミットは怒ったらしく、灰色だった全身が土管を覗いて赤くなった。


 そして、体を屈めて土管から<魔力砲弾マジックシェル>を発射した。


「カーム、反射して!」


「ピヨ!」


 カームは<風鎧ウインドアーマー>と<回転反射スピンリフレクト>を発動する。


 この組み合わせにより、風を纏ったカームが回転してパイプハーミットの攻撃を反射してみせた。


 パイプハーミットは<魔力砲弾マジックシェル>で勝負が決まると思っていたのか、反射された自分の攻撃への対処が遅れた。


 土管に<魔力砲弾マジックシェル>が命中して壊れ、パイプハーミットは大きいだけの蟹になってしまった。


「ピヨヨ~」


 カームがその姿を見て馬鹿にするように笑うと、パイプハーミットは怒りのままに口から泡を吐き出す。


 カームはそんな攻撃が当たるかとパイプハーミットの周りをグルグルと走り回る。


 そんなカームに攻撃を当てようとパイプハーミットも方向転換しようとするが、背中の土管がなくなって体のバランスが変わったせいで転んでしまった。


「ピヨピヨ」


 おやおやチャンスじゃないですかと笑みを浮かべ、カームは守りが薄い部分に<尖氷弾アイシクルバレット>を集中して当てる。


 変わってしまったバランスに慣れて立ち上がることもできず、そのままパイプハーミットは力尽きた。


 必死に立とうとしていたパイプハーミットがドサリと音を立てて倒れると、カームは白雪達の方を見てドヤ顔を披露する。


「ピヨ」


「カーム、やったわね! 格上相手に完勝したわ!」


「ピヨピヨ」


 いやいやそれほどでもないと言わんばかりのジェスチャーで応じるカームには人間味があった。


 その後、白雪はパイプハーミットを解体して魔石をカームに与え、それによってどんなアビリティを会得したのか確認しようとバード図鑑を開いた。


 カームのページを開いてみると、白雪はカームのアビリティ欄よりも先に特殊進化の文字が加わったことに目がいった。


「カーム、特殊進化できるって! 特殊進化する?」


「ピヨ~」


 よろしくと言わんばかりにカームが鳴いたのを見て、白雪は特殊進化の文字に触れた。


 その直後にカームの体が光に包まれ、光の中でそのシルエットに変化が生じた。


 元々はバスケットボールサイズだったが、光の中でシルエットはそのままでもサイズが幼稚園児並みになった。


 光が収まった結果、そこには黄色くて丸っこい雛のカームの姿があった。


「ピヨ」


 白雪は再びバード図鑑でカームについて確認した。



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名前:カーム 種族:レッサーモフトリス

性別:雌 Lv:50

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HP:600/600

MP:1,200/1,200

STR:600

VIT:500

DEX:1,200

AGI:1,000

INT:800

LUK:700

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称号:白雪の従魔

   ダンジョンの天敵

二つ名:白雪姫のふてピヨ

アビリティ:<硬化刺突ハードスタブ><尖氷弾アイシクルバレット><竜巻鎧トルネードアーマー

      <回転反射スピンリフレクト><口笛ホイッスル

装備:なし

備考:ご機嫌

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「大変だわ。カームが真奈さんに狙われちゃう」


 レッサーモフトリスという種族名を見て白雪が最初に思ったのはそれだった。


 新しく会得したアビリティよりも重要なのはカームの安全だからである。


 それから、白雪達はボス部屋でフロアボスを倒してから次の階へと進む。


 こうして白雪はカームをMOF-1グランプリで優勝させるべく、時間を有効活用して育成に励むのだった。

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