第577話 宴席、大好物です!

 5階は4階と同じく夜空のような色合いだったが、最初からボス部屋の扉があったことから最上階なのだろう。


「ここが最上階みたいだね」


「ちゃっちゃと倒して脱出しようぜ」


「ここに長居する理由はなかろう。私も賛成だ」


「拙者もサクッと仕事を終えて家でゴロゴロしたいでござる」


『皆さん余裕ですね。いや、その方が僕としても安心できるんですけど』


 ルドラが苦笑するけれど、司達に焦る理由もなければ緊張するような理由もないからそのまま扉を開けて部屋の中に足を運ぶ。


 ボス部屋の中にいたのは黒い毛皮の鎧と熊の顔を模った帽子を被る悪魔だ。


 その悪魔の顔は雄のライオンのようであり、青白い肌だがムキムキの体をしている。


 手に持っているのは蛇を模ったトランペットに見えるが、そのサイズはバットと同じぐらいである。


「貴様等、よくも我の邪魔をしてくれたな」


「知らないよそんなの。他人に迷惑をかけるから僕達が討伐に来たんだ」


「異なことを言う。我はプルソン。偉大なる”ダンジョンマスター”にして地上の支配者になる者だ。我がそれを黒と言えば白でも黒くなるのが道理。控えろ下郎」


 プルソンの言い分を聞いてモルガナがカチンと来た。


「下郎とは貴様のことでござる。拙者が、拙者こそが”アークダンジョンマスター”のモルガナでござる。たかが”ダンジョンマスター”風情が拙者に歯向かおうなんて片腹痛いでござる」


「くっ、貴様が”アークダンジョンマスター”だと? 馬鹿な!」


「馬鹿は貴様でござる。身をもって貴様の愚かさを知るが良いでござる」


「クソが!」


 プルソンが蛇型のトランペットを吹いた瞬間、ベルから紫色の吹き矢が飛び出す。


「無駄でござる!」


 モルガナが<熔解吐息メルトブレス>を放って吹矢はドロドロに熔けて落ちた。


 それだけでなく、同一直線上にいたプルソンも慌てて躱すも革鎧の右肩の部分に掠って熔けていた。


「おのれ、よくも我の鎧を熔かしてくれたな!」


「戦場で防具を壊されるのは装備者が鈍いからでござる。拙者のせいにするとは情けないでござるな」


「ド畜生がぁぁぁ!」


 プルソンは完全にキレており、冷静な判断ができなくなっていた。


 モルガナだけは絶対に倒してやるという気持ちが強過ぎるせいか、司達のことを完全に意識から外してしまっている。


 モルガナがヘイトを稼いでくれているならば、司達は安全な所から攻撃をするのは当然である。


 司はヴォルカニックスピアとフリージングスピアを連続して投擲し、それらがプルソンの両腿に突き刺さった。


「ぐぁっ!? 一体何が!?」


 プルソンは自分の両腿に突き刺さった2本の槍を引き抜いて投げ返そうとしたが、その瞬間にそれらが司の手元に戻る。


 司がヘイトを稼いでプルソンの視線を集めると、今度は健太が岩の刃を連射する。


「おいおいおいおい! 俺達のことを忘れちゃ困るぜ!」


「はぁ、黙って攻撃すれば奇襲になるというのに健太は仕方のない奴だ」


 やれやれと首を横に振るマージはプルソンの死角の位置から<暗黒沼ダークネススワンプ>で足止めし、健太の攻撃がプルソンに届く前にプルソンの動きを制限した。


 マージのアシストのおかげで岩の刃が全て命中し、プルソンにダメージが蓄積されて行く。


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


『ひっ!?』


 怒声がボス部屋の中に響き渡り、その衝撃でプルソンは強引に暗黒の沼から脱出する。


 プルソンの怒声には威圧する効果もあったようで、この中で最弱のルドラはその声にビビって体の震えが止まらなくなってしまう。


 ルドラは今すぐ助けなければならない状態ではないため、司達が助けに動くことはない。


「ふざけてるのは貴様でござる」


 モルガナは<幾千雨槍サウザンズランス>で攻撃し、その内の1つが空を飛んで躱そうとするプルソンの翼に突き刺さる。


 翼を傷つけられてバランスが崩れたプルソンを見てチャンスと思わない者はいない。


 司の投擲と健太のエネルギー弾、マージの<紫雷光線サンダーレーザー>がプルソンに命中して墜落させる。


「辞世の句も詠ませないでござる」


 プルソンが墜落したタイミングでモルガナが容赦なく<氷結吐息フリーズブレス>が追撃してプルソンのHPを0まで削り切った。


 氷漬けになったプルソンの表情は苦悶に満ちており、とてもではないがこれを飾りたいと言い出す者はいないだろう。


「掌握完了でござるよ」


 プルソンを倒して空席となった”ダンジョンマスター”の座をモルガナが引き継ぐことに成功した。


 テイマー兼冒険者が初めて国外のダンジョンの管理をすることになる訳だが、モルガナに特に変化はなかった。


 プルソンの魔石が取り出されると、それは司からモルガナに手渡される。


「モルガナ、お望みの物だよ」


「頂戴するでござる」


 モルガナは司からプルソンの魔石を貰って飲み込んだ。


 魔石を飲み込んだことでモルガナから放たれるプレッシャーの質が高まる。


 モルガナ曰く、<剛力滑走メガトングライド>が<破壊滑走デストロイグライド>に上書きされたらしい。


 プルソンの死体の回収を終えた頃になってようやくルドラの体の震えが落ち着いて来た。


「ルドラさん、そろそろ動けますか?」


『ええ、もう大丈夫です。お恥ずかしい所をお見せしました』


「恥ずかしい所?」


「健太、静かにしてろ。パン」


「何も言ってません!」


 マージがパンドラの名前を言いかけたことにより、健太の背筋がピンと伸びる。


 健太のことを放置して司は話を続ける。


「とりあえず、ヒマラヤダンジョンの踏破という目的は達せられましたし外に出ましょう」


『そうですね。自分ばかり迷惑をかけてしまって申し訳ございませんでした。それでは脱出します』


 司達はやり残しがないことを確認してからヒマラヤダンジョンを脱出した。


 外に出てからルドラがヘリコプターに迎えに来てもらうように手配し、それから30分程度でヘリコプターが見えて来た。


 司達が乗り込んだのを確認してヘリコプターが空港に向かって戻って行く。


 その途中で行きに通った戦場を通ると、後続が来なくなったことで勢いづいたIN国の冒険者達がどうにか目に見える範囲のモンスターを倒して疲れている様子が見えた。


「司、ここは勝ったって報告して安心させてやった方が良いよな?」


「何をする気?」


 司が疑問をぶつけたところで健太はニヤリと笑い、眼下で休んでいる冒険者達に声をかける。


「諸君! 勇敢なる戦士諸君! 俺達はヒマラヤダンジョンを踏破した! この戦いは俺達の勝利だ!」


『『『・・・『『うぉぉぉぉぉ!』』・・・』』』


『勝ったぞぉぉぉぉぉ!』


『俺達は祖国を守り抜いたぞぉぉぉぉぉ!』


『疲れたぁぁぁぁぁ!』


『ありがとぉぉぉぉぉ!』


 戦場にいる冒険者達から達成感溢れる声が次々に聞こえて来る。


 そんな状態を演出して満足したような健太を司とマージ、モルガナがジト目で見る。


「何かな? なんでそんなジト目なのかな? 俺悪いことしてなくない?」


「「「別に」」」


「悪いことしてないんだからそんな目で見ないでくれよ」


 今度は無言のジト目が向けられて健太が居心地悪そうにしていると、ルドラがその会話に割って入る。


『皆さん、ガネーシャ様のお言葉をお伝えしたいのですが構いませんか?』


「勿論OKだ」


 ジト目に耐えられなくなった健太がルドラの介入を天の助けと言わんばかりに乗っかる。


 ルドラは健太の反応に苦笑しつつ、ガネーシャの言葉を司達に伝え始めた。


『こ、この度はIN国の危機を救ってくれてありがとうなんだな。そのお礼として、司と健太には”ガネーシャの感謝”を授けたんだな。以上です』


「なんで喋り方が大将風?」


「健太、そこは触れなくて良いから」


「すまん」


『ガネーシャ様は恥ずかしがり屋なのです。それも個性だと思って下さい。それで、”ガネーシャの感謝”はINTとLUKが強化される効果付き称号です。今後の探索にお役立て下さい』


「「ありがとうございます」」


 司と健太はルドラを経由してガネーシャに感謝の言葉を告げた。


 その後、ヘリコプターが空港に到着したらIN国のDMU本部長が司達を笑顔で迎え入れた。


『”楽園の守り人”の皆さん、この度はIN国の危機を救って下さりありがとうございます! ささやかではございますが、宴席の場を設けておりますのでご参加いただけませんか?』


「宴席、大好物です!」


「マージ、僕達で健太が羽目を外し過ぎないように注意しないとね」


「見様見真似のドラゴンブレスみたいなことは避けなければなるまい」


 テンションの高い健太を見て司とマージが警戒したのは言うまでもない。

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