第576話 モルガナさんの黙れ小童入りまーす

 4階は夜空を彷彿とさせる色合いの洞窟であり、通路は4階の入口から見て上り坂だった。


「通路が坂道になってるってだけで嫌な臭いがプンプンするぜ」


「と言うと?」


「転がる岩球」


「あぁ、確かに」


 司が健太の考えに納得したタイミングでゴロゴロという音が遠くから聞こえて来る。


「おっと、フラグを立てちまったか」


「破壊よろしく」


「わかってるって」


 視界に捉えた岩玉を健太がコッファーで撃ち抜いて壊した。


 岩玉のサイズは通路の幅ギリギリであり、壁際に寄ってやり過ごすのは難しそうだ。


『また来たようです』


「ほう、今度はモンスターか」


「マージ、あれは鉄球じゃないの?」


「違うと断言できる。あれはメタルリザードが体を丸めて転がって来てるのだろう」


「なるほど。マージ、あれの処理は頼んでも良い?」


「任せ給え」


 マージは<吹雪鞭ブリザードウィップ>で転がるメタルリザードを壁際に弾き飛ばした。


 メタルリザードが転がる威力よりも鞭を模った吹雪の方が威力が高く、メタルリザードは壁にぶつかった衝撃でHPが尽きていた。


 その後もメタルリザードの襲撃は何度かあったけれど、司達がそれで負傷することはなかった。


 上り坂が途切れて広場のような場所に到着すると、司達にとって見覚えのあるモンスターが待機していた。


「チタンリザードマンだね。4階で”掃除屋”なんて偉くなったね」


「ウチじゃ土曜日の地下2階で”掃除屋”やってるぐらいなのにな」


「ちゃちゃっと終わらせて来るよ」


「いってらー」


 シャングリラダンジョンで何度か戦ったことのある相手だったこともあり、レベルが上がっていくつか新しいアビリティを会得していても司の相手にはならなかった。


 司の二槍流もかなり形になってきており、近接戦闘は全くの素人である健太の目で見ても流派を名乗れるのではないかと思う仕上がりである。


「お疲れ様でござる。回収は拙者に任せるでござる」


「そう? それならお願いしようかな」


 モルガナの申し出を受け入れ、司は回収をモルガナに任せた。


『あの硬そうなモンスターに攻撃を通せるなんてすごいですね』


「あれぐらいスポンジケーキを切るのと変わらないのが司クオリティなんだ」


「なんで健太がドヤるのさ」


「司がドヤらないから代行してみた」


「ドヤるのに代行なんていらないと思うけど」


 健太の言い分に司は何を言ってるんだと苦笑する。


 そこにマージが話しかける。


「司、チタンリザードマンの魔石を貰っても良いかね?」


「モルガナが要らなければ良いけどモルガナは欲しい?」


「拙者には不要でござる。もうちょっと強いモンスターの魔石でないと拙者は強くなれないでござるな」


「そっか。それならマージにあげるよ」


「司とモルガナに感謝する」


 お礼を言ってからマージは魔石を口に運んだ。


 リビングジェネラルの魔石で<影沼シャドウスワンプ>が<闇沼ダークスワンプ>になったが、今度はそれが<暗黒沼ダークネススワンプ>になった。


 相手の影を起点に暗黒の沼が広がり、そこから足を動かせないだけでなく持続ダメージを与えるというのはなかなか厄介なアビリティだろう。


 マージの強化が済んだら探索を再開するが、明らかに今までよりも勾配が急になった。


 勾配が急になったことで、転がり落ちて来る岩球やメタルリザードのスピードが上がる。


「上るのに時間をかけると罠とメタルリザードが面倒だね」


「マージとモルガナに俺達を運んでもらうか?」


「私が2人抱えよう」


「拙者も1人くらい運べるでござるよ」


「よっしゃ! 決まりだな!」


 マージは健太とルドラを抱えて飛翔し、モルガナは司を掴んで空を飛び始めた。


 これによって移動速度が大幅に上昇し、あっという間にボス部屋に到着した。


 ボス部屋の扉を開けてみると、そこには道場ダンジョンでお馴染みのモンスターがいた。


「先輩! ワイバーン先輩じゃないですか!」


「ウィアァァァァァ!」


 健太のわざとらしい発言を受け、ワイバーンが自分の存在をアピールするように吠える。


『これが生ワイバーンですか。こんな強大な敵が待ち受けてるだなんて思っても見ませんでした』


「「「「え?」」」」


 司達はルドラの言葉に耳を疑った。


「今、ルドラさんがワイバーンを強大な敵って言ってなかった?」


「俺の聞き間違いじゃなきゃ言ってたな」


「彼は疲れてるんじゃないか? 疲れてるから頭が働かないのだと思いたい」


「寝言は寝て言うでござるよ。ドラゴン擬きの分際が強大な敵だなんて笑えないでござる」


 司と健太はルドラに配慮して言葉を選んでいるが、マージとモルガナはオブラートに包むことなくズバズバと言ってのける。


 ここまで言われてしまうとルドラも自分の常識が間違っている可能性を疑い、司達にその疑問をぶつけた。


『司さん達にとってワイバーンは強敵じゃないのですか?』


「ワイバーン? 手頃な食材だよね」


「藍大に料理してもらいてえな」


「私も偶にはワイバーン肉を食べたいな」


「殿にワイバーンのハンバーグを作ってもらいたいでござる」


『なんですって?』


 雑魚どころか食材という表現にルドラは戦慄した。


 こうなってしまったのも仕方のないことだろう。


 何故なら、ルドラが言うようにIN国ではワイバーンを生で見た者がいないからだ。


 二次覚醒止まりではスタンピードにならないようにダンジョンの比較的浅い階層を探索するのがやっとであり、今はそれに加えてヒマラヤダンジョンを起点としたスタンピードの対応をしている。


 そんな状況ではとてもではないがワイバーンを見るような機会はなく、世界のニュースで日本ではワイバーンが道場ダンジョンで登竜門扱いされていることはIN国にとって質の悪い冗談にしか思えなかった。


 ところが、それは真実なだけでなく、それどころかただの食材として扱われていると知ればルドラが驚かない訳がない。


 それはそれとして、最初は注目されていたのに途中から自分を放置して話をしている司達にワイバーンはご立腹のようだ。


「ウィアァァァァァ!」


 翼を大きく広げて自分は強いのだからもっと怯えろと言わんばかりにアピールしている。


 その動作がモルガナの癇に障ったらしい。


「黙るでござるよ小童!」


「モルガナさんの黙れ小童入りまーす」


「健太、お前も少し黙っておけ。今のままだと遠征中落ち着きがなかったとパンドラに報告するしかないぞ」


「黙ります」


 モルガナが<氷結吐息フリーズブレス>でワイバーンを氷漬けにして倒すと、健太が調子に乗ってふざけたことを口にする。


 それを見たマージがやれやれと首を横に振りながら魔法の呪文を唱えれば、健太はお仕置きが怖くて黙り込む。


 全く緊張感のない状況ではあるものの、4階のフロアボスであるワイバーンが瞬殺されたのは事実だ。


 その事実を脳が受け止められないのかルドラは口をパクパクしている。


「ルドラさん、大丈夫ですか?」


「・・・」


「返事がない。ただのしか・・・なんでもありません! 魔石の回収に移ります!」


 健太は呼吸するようにボケてしまうが、マージのジト目に気づいてなんとか途中で踏み止まった。


 司は健太と協力してワイバーンの死体から魔石を取り出してモルガナに声をかける。


「モルガナ、ワイバーンの魔石はどうする?」


「要らないでござる。このダンジョンで拙者が欲しいのは”ダンジョンマスター”の魔石だけでござる」


「わかった。マージ、これあげる」


「ありがたくいただこう」


 ワイバーンの魔石を飲み込むことで、マージの<岩棘ロックソーン>が<鋼棘アイアンソーン>に上書きされた。


 マージはこの遠征でどんどんアビリティを強化しており、日本で待機しているアスタが今のマージを見たら驚くに違いない。


 ちなみに、T島国遠征を終えて帰って来たアスタを見た時、マージはアスタの鬱陶しさが一段と増して驚いていた。


 マージの強化が終わったところでルドラが正気に戻った。


『はっ、僕は状態異常で寝てたんでしょうか? ワイバーンが一撃で倒されるなんてそんな都合の良いことありませんよね』


「ルドラさん、それは現実だよ。ほら、そこに凍ったワイバーンの死体があるでしょ?」


『もう司さん達さえいればIN国は大丈夫ですね。この調子で最後までよろしくお願いします』


 ルドラの脳は再びフリーズしないように深く考えるのを拒絶し、彼は何が起きても”楽園の守り人”クオリティだからを合言葉に開き直ることにした。


 ワイバーンの回収を終えた後、司達は5階に繋がる階段を上った。

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