第574話 パンドラには健太が何をやるかお見通しなんだね

 入口付近のキョンシー達を倒してから先は、キョンシーが1体も現れることはなかった。


「スニークマンティスにアームドセンチピード、スポイトモスキートって虫型モンスターばかりだね」


「ゲテキングが来た方が良かったんじゃね? 俺達の場合、素材を逢魔家の女性陣に見られないように捌かなきゃゴミを見るような目で見られちゃうし」


「それは健太だけだと思う」


 逢魔家の女性陣は虫嫌いが多い。


 その筆頭はサクラであり、バンシーだった頃にマネーバグに襲われたことがトラウマになっていることから虫即斬の姿勢を取っている。


 あらゆるモンスターをテイムできる藍大が虫型モンスターをテイムしないのも、サクラを考慮してのことだ。


 舞と仲良しトリオは虫型モンスターを苦手としていないが好きでもないため、敵だったら容赦しない。


『まだ1階とはいえスタンピードを起こしたダンジョンでこうも簡単に進むとは想定外です』


「司、変わった甲虫が接近してるぞ」


「ビルビートルだね。シャングリラダンジョン以外にも存在したんだ」


「いい加減食べられるモンスターに現れてほしいでござる!」


 モルガナは<竜巻飛斬トルネードスラッシュ>を放ってビルビートルを切断した。


 薄く伸ばされた竜巻を帯びた斬撃できられたことで切断面がすごいことになっている。


 切断面がグロ注意なのは棚上げするとして、ビルビートルはモルガナの一撃であっさり倒れた。


『”掃除屋”が一撃とは流石ですね』


「やっぱり”掃除屋”だったんですね」


『その通りです。ヒマラヤダンジョンの1階に出て来る”掃除屋”はビルビートルなんですよ』


 金曜日のシャングリラダンジョンで1階のフロアボスだったビルビートルならば、場所が違えば強くなって有名になっていたとしても不思議ではない。


 もっとも、ルドラに褒められても司達から見てビルビートルはLv30程度の実力しかないから大した相手だと思っていないのだが。


 司達は戦利品を回収して進むとボス部屋までは2回戦闘を挟むだけで到着した。 


 ボス部屋に入ってみると、自転車サイズの蜘蛛が待ち構えていた。


『バインドタランチュラです。1階のボス部屋の個体はLv35と聞いております』


「次は私がやろう」


 マージが<吹雪ブリザード>で凍り付かせることで、バインドタランチュラは反撃する暇もなく力尽きた。


『これがレベルの暴力というやつなんですね』


「これでも手加減したのだがね」


『嘘じゃないのはこれまででわかってますけど凄まじいです』


 ルドラはマージの言い分を聞いて苦笑するしかなかった。


 IN国ではテイマー系冒険者がおらず、人口が多いせいでつい最近冒険者全てが二次覚醒したばかりだから、二次覚醒者の自分とLv100のマージの実力差に笑うしかないのだ。


 司達は戦利品回収を済ませてから2階に進む。


 2階で司達が最初に遭遇したのはデッドリーサーペントの群れだった。


「拙者が終わらせるでござるよ」


 モルガナが<氷結吐息フリーズブレス>を薙ぎ払うように放てば、デッドリーサーペント達は氷のオブジェと化した。


 司に自分がサボっていたとチクられたくないから、モルガナは自分だってちゃんと仕事をしているんだと胸を張ってアピールする。


「その調子で頑張ってね。そうしてくれれば僕も藍大達に良い報告ができそうだ」


「わかったでござる」


 必死さを演出せずとも結果を出せば良いのだから、モルガナは消費するMPを抑えて戦う所存だ。


『僕の出番は全くありませんね』


「ルドラさんは戦力というよりもガイドとして期待してますから、無理に戦おうとしないで下さい。僕達だけで戦った方がきっと早く片付きますから」


『わかりました。今はIN国のピンチを脱出することを最優先にします』


 自分が全く戦えていないことに焦るルドラだったが、司に諭されて落ち着きを取り戻した。


 デッドリーサーペントの死体を回収して通路の先へと進むと、壁や天井を這う灰色の蜥蜴のモンスターの群れが現れる。


『アッシュゲッコーです。天井や壁を歩いて灰を振り撒き目潰しするのが得意です』


「ヒャッハァァァッ! ここは俺に任せてくれぇぇぇ!」


「舞をリスペクトしてるの?」


 HFコッファーでエネルギー弾を乱射している健太の耳に司の疑問は届いておらず、撃たれたアッシュゲッコーがどんどん地面に落ちていく。


 IN国ではコッファーを使う冒険者がいないため、ルドラにとって健太の戦い方はとても不思議なものに見えた。


 全てのアッシュゲッコーを撃ち落としてようやく健太は止まった。


「ふぅ。良いアッシュゲッコーは倒れたアッシュゲッコーだけだぜ」


「健太はMPを無駄遣いし過ぎだな。パンドラからの注意事項にある通りだ」


「パンドラには健太が何をやるかお見通しなんだね」


 パンドラの引継ぎが正確なものなのでマージも司も苦笑いだ。


『アッシュゲッコーの灰は薬の材料になります。回収しないと勿体ないですよ』


「そうなんですね。回収は散らかした健太に任せるよ。僕達はアッシュゲッコー本体を処理しとくから」


「え゛っ? 手伝ってくれたりしないの?」


「勝手にヒャッハーした健太が悪いと思うんだ。反論はある?」


「ありません。やらせていただきます」


 悪ノリした自覚があったため、健太はすぐに折れて散らばっている灰の回収を始めた。


 回収に思いの外時間がかかってしまったが、どうにか灰を掻き集め終えて司達は探索を再開する。


 1階にはなかった広場に到着し、そこにはゴツゴツした岩に覆われた亀が待機していた。


『ロックトータスです。硬いので刃物で攻撃すると、武器の方が駄目になることもあります』


 ロックトータスは司達の方をじっくり見た後、デフォルメのぬいぐるみに見えるモルガナを敵集団の中で一番弱いと判断して<岩槍ロックランス>を放った。


「拙者、舐められたでござるか?」


 モルガナは尻尾の貝で岩の槍を弾き落すと、ムッとした表情で<剛力滑走メガトン>でロックトータスに突撃する。


『えっ、ちょっ、あれ、良いんですか?』


「問題ありません。モルガナの方が硬いですから」


「どーんでござる!」


 モルガナがロックトータスにぶつかると、その衝撃で甲羅が割れてロックトータスのHPが尽きてピクリとも動かなくなった。


「ご覧の通りです」


『あんなぬいぐるみみたいな見た目なのに・・・』


 ルドラが目をぱちくりしているところにモルガナが帰って来た。


「まったくプンプンでござるよ」


「よしよし。モルガナの方が強いよね」


 コミカルに怒るモルガナが可愛らしく思えてしまい、司がモルガナを抱き締めてその頭を撫でる。


「は、離すでござる」


「離せって言う割にはじたばた暴れてないよね? 撫でられて気持ち良いの?」


「止めるでござる! 確かに一般人よりは撫で方が上手いでござるが、殿には敵わぬでござる!」


「モフランドではそこそこ評判だったんだけど、モルガナには満足してもらえないかぁ」


 司は藍大が魔熱病で苦しむモフランドの従魔達を救ったことにより、”楽園の守り人”メンバー限定のモフランド永久フリーパスを貰った。


 それを使って広瀬家3人で時々モフランドに行っており、司はモフモフ従魔を相手に撫でる力をコツコツと高めていった自負があった。


 それでも藍大には遠く及ばないとわかり、これが従魔士との経験値の差なのかと司はがっくり項垂れた。


 司がしょんぼりしていると、モルガナも少し言い過ぎたかもしれないと思い直したのか慌ててフォローする。


「しょ、しょうがないでござるな。もうちょっとだけなら撫でても良いでござるよ」


「あっ、モルガナがデレた」


「健太は黙ってるでござる。帰ったらパンドラにビシバシ指導してもらえば良いでござるよ」


「俺と司への扱いが違い過ぎる! やり直しを要求する!」


「生物の一生にやり直しなんて存在しないでござる」


「モルガナさんまじかっけえ」


 健太とモルガナの言い合いもやがて収まり、司達はそのままルドラの案内でボス部屋まで進む。


 ボス部屋の中に入った途端、マージが<紫雷光線サンダーレーザー>で開幕ぶっぱを決めてフロアボスのメタルリザードを瞬殺した。


「悲しい戦いだったな」


「健太は戦ってないよね?」


「こんな雑魚相手に時間をかける意味もなかろう。一撃で十分だ」


『IN国最強って言われる僕達でも3分はかかるんですが、これが”楽園の守り人”クオリティなんでしょうね』


 マージの発言に地味にルドラが傷つく一面もあったが、司達は2階も楽々突破した。

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