第568話 何処に逃げても無駄なんだからねっ

 6月11日の月曜日、藍大が出かける前に茂から入電があった。


「おっす、朝からどうした?」


『まだ探索に出てなかったようだな』


「何かあったのか?」


『冷静なまま聞いてほしいんだが、C国が滅んでC半島国になった』


「ふーん」


 藍大にとって特に興味のない話だったから、茂に冷静なまま聞いてほしいと釘を刺されなくても反応は鈍かっただろう。


『どうでも良さそうだな』


「その通り。別にC国がどうなろうが知ったこっちゃない。C半島国ってことは元NK国と元SK国に逃げた生き残り連中がC半島国を名乗ってC国は滅んだとでも発表した?」


『まだニュースじゃ報道してないけどそうらしい。なんでわかった?』


「ゴルゴンがいずれそうなるって言ってた」


『ゴルゴンさんは相変わらず良い読みしてる』


 ゴルゴンがそう判断したのは日々のニュース番組で知り得た情報からだ。


「それじゃC国はグシオンの領地になっちゃったってことか」


『そうなる。グシオンはブエルがいなくなった後のC国を駆け回り、スタンピードでダンジョンの外に溢れ出たモンスター達を支配下に収めたようだ』


「グシオンって猿っぽい見た目なんだっけ? 猿の帝国の完成か」


 藍大は過去にやっていた映画のタイトルをもじって冗談を言った。


 魔熱病で多くの人間が弱り果て、死亡者数が世界で断トツなC国はグシオンに乗っ取られた。


 これから先にグシオンがモンスターを率いてC国だった土地を縄張りにするならば、それは猿の帝国と呼んでも過言ではない。


『R国も今は治安が最悪だから、C国とR国に挟まれたM国が悲鳴を上げてる。全世界に向けてC国のグシオンとR国のウァレフォルに懸賞金を設定したぐらいだ。グシオンについてはC半島国も懸賞金を設定してる』


「C半島国に貨幣なんて流通してるのか?」


『さあな。M国に便乗してグシオンの討伐を外注しようとしてるのは間違いない。その後に報酬を払うかどうかは怪しい』


「そんなんで誰が討伐しようとするんだよ?」


 藍大の言い分はもっともである。


 グシオンとウァレフォルの討伐に明確なメリットがなければ、国外に出てわざわざ”大災厄”と戦う意思を表明する者はいないだろう。


『A国は貸しを作ろうとするんじゃないか?』


「NK国とSK国の南北戦争に介入して国内の探索を疎かにした結果、CN国に”大災厄”を擦り付けてたなぁ」


『程度こそわからんけど世界レベルで動きがありそうだな』


「他所は他所、ウチはウチ」


『オカンルール万能説持ち出すなよ。そりゃ確かにそうなんだが』


「まあ、日本はそんなことに首を突っ込んでないで国内のダンジョン全てをテイマー系冒険者の支配下に収める作業を進めた方が良い」


 藍大が口にしたオカンルールは決してふざけた訳ではない。


 伊邪那美と伊邪那岐よりも上位の神がダンジョンを操作できる可能性がある以上、国内のダンジョンは潰すか支配しておくべきなのだ。


 藍大達は5月末に不人気だった花巻ダンジョンを踏破し、モルガナが”アークダンジョンマスター”になるまであと1ヶ所というところまで来た。


 ついでに言えば、今ははあと少しで秦野ダンジョンを踏破できそうな段階だ。


 この状況ならモルガナが”アークダンジョンマスター”になるのを優先したいと思うのが自然だろう。


『それもそうだな。伊邪那美様の結界が絶対安心できるものとも限らない以上、優先順位は国内のダンジョンを支配することの方が高い。今日も頑張ってくれ』


「あいよ。それじゃ」


 藍大は電話を切った。


 そんな藍大の前にはつい先程話題に上がったゴルゴンがドヤ顔で待機していた。


「ドヤァなのよっ」


「よしよし。愛い奴め」


 電話が終わるまでずっと仁王立ちで待っていたゴルゴンが愛らしかったので、藍大はゴルゴンの頭を優しく撫でた。


 そこにメロとゼルがやって来る。


「ゴルゴンだけ狡いです」


『(/∇\*)。o○♡私もやって♡』


「しょうがないな。こっちおいで」


 藍大はメロとゼルもゴルゴンと同様に頭を撫でる。


 仲良しトリオが満足すると、藍大はそれに加えてリルとゲン、モルガナを連れて秦野ダンジョンに移動した。


 秦野ダンジョンは白笹稲荷神社近くにある森を模したフィールド型ダンジョンで、出現するモンスターは植物型と獣型が多い。


 前回の探索では3階のフロアボスを倒したところで終わったので、今日は4階から探索を再開する。


『ご主人、ソーンディアーがいるよ。茂みにはローズデコイもいる』


「どっちもLv75か」


 ソーンディアーは多摩センターダンジョンにもいるが、ローズデコイは薔薇の花を囮にして近づいた生物を捕食する初見のモンスターだ。


「アタシが燃やすのよっ」


「待つです。素材が駄目になるから私がやるです」


 メロはゴルゴンが全部燃やしかねないので<植物支配プラントイズマイン>で硬い種をいくつも創り出し、それらを散弾のように射出した。


 ソーンディアーとローズデコイに種の散弾が命中して力尽きており、藍大達は手分けして回収した。


「森は私に任せるですよ」


『僕にも頼ってね』


「勿論だ。メロもリルも頼りにしてるぞ」


 ここぞとばかりにアピールするメロとリルを撫でてから探索を再開する。


 獣型モンスターはソーンディアー以外にドルイドホースも現れ、植物型モンスターはローズデコイの他にマッシュグラップラーが現れた。


 雑魚モブモンスターが豊富なフロアで珍しいなんて思いつつ、藍大達は現れる敵を片っ端から倒していった。


 そうしている内に今までに出会った4種類のモンスターとは別の種類のモンスターが藍大達を待っていた。


「バトルトレント、お前出世したなぁ」


 藍大達の前に現れたのはバトルトレントLv80だった。


 シャングリラダンジョンならば地下6階に出て来るモンスターだったけれど、秦野ダンジョンでは4階で”掃除屋”になっている。


 そう考えると藍大の言う通り出世したと言えよう。


『(=゚ω゚)ノ ---===≡≡≡ 卍 シュッ!』


 ゼルが<暗黒支配ダークネスイズマイン>で暗黒の手裏剣を大量に創り出し、それを一斉にバトルトレントに射出する。


 バトルトレントはAGIの高いモンスターではないから、ゼルの攻撃を避けられずに全て受けてしまった。


 ゼルのINTが高かったこともあり、バトルトレントのHPは瞬く間に尽きた。


「ゼルには弱過ぎたか」


『(艸*>3<*)∵チョーヨユー』


「よしよし。頼りになる奴め」


 ゼルが満足するまで頭を撫でた後、バトルトレントの魔石は誰も欲しがらなかったため、解体をササッと済ませてから藍大達はフロアボスを探すために移動し始めた。


 道中で襲い掛かって来る雑魚モブモンスターを倒して回ること数回、藍大達はようやく4階のフロアボスに遭遇した。


 その見た目はオルトロスそっくりだが、尻尾が蛇ではなくて植物の蔓になっている。


「ヴァインオルトロスLv85。水属性と土属性を使うから気を付けるように」


「今度こそアタシのターンなんだからねっ」


 ゴルゴンは先手必勝だと<爆轟眼デトネアイ>でヴァインオルトロスを攻撃する。


 ヴァインオルトロスは爆発に触れてはいけないと悟り、必死になって爆発を避けた。


 しかし、行動の読み合いではゴルゴンに分がある。


「何処に逃げても無駄なんだからねっ」


 ゴルゴンはヴァインオルトロスの避けた先を爆破してダメージを与えた。


 ヴァインオルトロスが岩のドームを展開して爆破に耐えようとしたが、一重のドームでゴルゴンの爆破を止めることなんてできない。


 尻尾の蔓が燃えた瞬間、ヴァインオルトロスはへなへなとその場に座り込んでしまい、<緋炎支配クリムゾンイズマイン>の餌食になった。


 ヴァインオルトロスを倒してもモルガナに関するリザルトは聞こえてこない。


 それもそのはずで、モルガナは4ヶ所目の花巻ダンジョンでLv100に到達しているからだ。


 ヴァインオルトロスの解体を始め、藍大は取り出した魔石をゼルに差し出す。


「ゼル、この魔石が欲しいか?」


『\(^o^)/Yes!』


 ゼルが喜んで藍大から魔石を受け取って飲み込むと、ゼルの髪がツヤツヤになった。


『ゼルのアビリティ:<上級回復ハイヒール>がアビリティ:<超級回復エクストラヒール>に上書きされました』


「回復能力が上がったか」


『せやでヾ(´∇`。*)ノ』


「何かあったらよろしくな」


『了━d(*´ェ`*)━解☆』


 ゼルは藍大に撫でられてニパッと笑った。


 ヴァインオルトロスがいた付近に宝箱もなかったため、藍大達は戦利品回収を済ませて5階へと進んだ。

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