第560話 わかりみが深い

 ダンジョンの2階は1階よりも暑い。


 それは所々に溶岩溜まりがあるからだ。


『『「暑い」』』


「融けるでござる」


 リル達は種族的に暑さが苦手であり、モルガナは快適な環境で過ごし続けていたせいで暑さにぐったりしている。


 藍大は伊邪那岐に与えられた加護の影響で生命力が強化されたから、着ているラドンローブの効果との相乗効果でそれほど暑く感じていない。


『ご主人、このフロアを涼しくしても良い?』


「勿論だ。リル達が動きやすいようにしてくれ」


『ありがと~』


 リルは藍大から許可を取ってから<天墜碧風ダウンバースト>をこのフロアに向けて放つ。


 それにより、溶岩が冷え固まって2階の気温がリル達にとって過ごしやすい程度まで下がった。


「リル、ありがとう」


『お父さんすごい! ありがと!』


『ワッフン♪』


 リュカとルナに感謝されてリルはドヤ顔になった。


 そのドヤりっぷりはリルの背景に立体文字でドヤァと幻視できそうなぐらいである。


「よしよし。本当に愛い奴だ」


「クゥ~ン♪」


 藍大はリルのドヤ顔が可愛くてその頭を優しく撫で、リルは気持ち良さそうにそれを受け入れた。


 リルが満足した後、周囲をよく見てみると溶岩が冷え固まる前に脱出しようとして失敗した巨大な二枚貝のモンスターがあちこちにいた。


 それらは冷え固まった溶岩に体を拘束され、中身が無防備な状態のまま動けずにいる。


「ルナ、今ならマグシェルを狩り放題だ。行っておいで」


『うん!』


 二枚貝のモンスターはマグシェルであり、藍大が調べた限りではどの個体もLv55だった。


 ルナにとってはレベルが上のモンスターではあるものの、能力値では負けていないから一方的に攻撃して次々に倒していく。


『ルナがLv53になりました』


 周囲のマグシェル全てを倒した時にはルナのレベルが1つ上がっていた。


『ご主人、いっぱい倒したの!』


「そうだな。ちゃんと見てたぞ」


 ルナが褒めてほしそうに近づいて来れば、藍大はその期待に応えてルナを撫でながら褒める。


 ルナが褒められている間、リルは気になる所を掘り返してある物を見つけて待機していた。


『ご主人、今日もあったよ!』


「あったのか! リルはマジで探し物の天才だ!」


 リルが見つけたのは宝箱であり、これは今までに探索して来た冒険者達が溶岩の中を探せずに放置されていたものだった。


 藍大がルナから離れてリルを褒めると、ルナがリルに悔しそうな視線を向ける。


『むぅ、いつかお父さんよりも先に見つけるもん』


 親に勝ちたいと思う子供らしいところを見て藍大は温かい目をルナに向ける。


『僕はルナが相手でも負けないよ。親子でも手加減はしないからね』


 その一方でリルは誰が相手でも負けないと応じた。


 リルにも物探しのプロとしてのプライドがあるので、相手がルナでも簡単に価値を譲る訳にはいかないのだ。


 宝箱を回収してから、藍大達は先へと進む。


 少しでも熱く感じると、今度は自分も良いところを見せようとモルガナが<氷結吐息フリーズブレス>で溶岩を凍らせた。


 そうすれば藍大に褒めてもらえるので、モルガナもできれば働きたくないと思いつつ褒めてもらいたいから自ら進んで行動した。


 マグシェルが現れればリュカとルナが戦い、順調に進んで行く途中で藍大達の前方から叫び声と何かが駆け寄って来る音が聞こえて来た。


「ブモォォォォォ!」


 叫び声の主は背中がドロドロの溶岩でコーティングされた猪だった。


「マグボアLv60。物理攻撃主体で触れると火傷しそうな溶岩を纏う”掃除屋”だ。ルナ、やれるか?」


『頑張る!』


 ルナは元気良く返事をしてからマグボアの正面に<暗黒竜巻ダークネストルネード>を放つ。


 マグボアは急に止まることも進路変更をすることもできず、暗黒に染め上げられた竜巻に突撃してしまった。


 小柄なモンスターならば竜巻に吸い込まれて空に舞い上がってしまっただろうが、マグボアの体は馬並みに大きくてそうはならなかった。


 しかし、竜巻の反対側に突入した時には速度は大幅に落ちており、その上背中の溶岩も冷えてしまってマグボアには最初に叫んでいた時の勢いはなかった。


「ルナ、畳み掛けるんだ」


『わかった!』


 藍大の指示を受けてルナは<竜巻矢トルネードアロー>を連続して撃ち込む。


 マグボアはそれらに当たり続けて力尽き、バランスを崩して大きな音を立てながら地面に倒れた。


『ルナがLv54になりました』


『ルナがLv55になりました』


 マグボアを倒したルナはご機嫌な様子で藍大の前に戻って来る。


『ご主人、ルナが倒したんだよ』


「そうだな。単独で倒すなんて偉いじゃないか」


『ワッフッフ~ン♪』


 ルナもリルに負けじとドヤ顔で応じる。


 そのドヤ顔がリルとルナで似ているのはやはり親子だからなのだろう。


「殿、そろそろ拙者も戦うでござる。フロアボスは拙者にやらせてほしいでござるよ」


「わかった。モルガナにも戦ってもらおう」


「任せるでござる」


 モルガナがやる気になっているならそれを止める訳にはいかないから、藍大はモルガナの申し出を快諾した。


 マグボアの解体を済ませた後はルナにその魔石を与える時間だ。


 ルナはマグボアの魔石を飲み込んで毛のツヤが良くなった。


『ルナのアビリティ:<竜巻矢トルネードアロー>がアビリティ:<竜巻槍トルネードランス>に上書きされました』


 ルナのパワーアップは順調である。


「強く美しくなれたな、ルナ」


『でしょでしょ~』


 今日は褒められることが多くてルナは本当にご機嫌だ。


 その後、フロアボスらしきモンスターが出てくるまではリルとリュカが交互に戦った。


 リルとリュカがLv55の雑魚モブモンスターに後れを取るはずもなく、戦闘時間よりも戦利品回収にかかった時間の方が長いに違いない。


 マグシェルの見当たらない開けた場所には溶岩のたっぷりかかったゴツゴツした岩の甲羅がポツンと存在した。


 これがオブジェな訳がないだろうと藍大はモンスター図鑑で調べてみた。



-----------------------------------------

名前:なし 種族:マグトータス

性別:雌 Lv:65

-----------------------------------------

HP:1,000/1,000

MP:1,000/1,000

STR:700

VIT:1,500

DEX:700

AGI:500

INT:1,500

LUK:700

-----------------------------------------

称号:2階フロアボス

アビリティ:<火炎槍フレイムランス><火炎雨フレイムレイン><火炎壁フレイムウォール

      <防御形態ディフェンスフォーム><滑走突撃グライドブリッツ

      <睡眠回復スリープヒール><全耐性レジストオール

装備:なし

備考:睡眠

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 (初期のゲンを思い出すスキル構成だ)


 扱えるアビリティの属性が水と火で異なるが、甲羅の中に閉じ籠ってから突撃したり眠って回復したりは初期のゲンとやれることが似ている。


 藍大が寝ているマグトータスを見て懐かしく思っていると、ゲンの声が藍大だけに聞こえる。


『わかりみが深い』


 (ゲンってそんな言葉知ってたのか)


 ゲンはマグトータスのステータスを確認できる訳ではないので、ダンジョンで寝ていることに対して自分も最初はそうだったと共感しているようだ。


 それに対して藍大はゲンがそんな言葉を使ったことに衝撃を受けていた。


 だが、ゲンの言葉と藍大の心の声は他の誰にも届いていないから、モルガナが藍大に声をかける。


「殿、やっつけて良いでござるか?」


「やっておしまい」


 藍大は気持ちを切り替えてモルガナにGOサインを出す。


 モルガナは<氷結吐息フリーズブレス>の一撃で寝ているマグトータスを倒した。


 マグトータスは寒さによって目が覚めた直後には力尽きてしまった。


 不憫なのか間抜けなのか表現に悩むところである。


『ルナがLv56になりました』


『ルナがLv57になりました』


 マグトータスによって得た経験値は多かったらしく、ルナは一気に2つもレベルアップした。


「モルガナ、一瞬だったな」


「これは戦闘とは呼べぬでござる。ただの作業でござるよ」


「確かに」


 モルガナの言い分に藍大は苦笑する。


 マグトータスの魔石の解体を済ませた後、その魔石はモルガナがユノにお土産として持ち帰りたいと言ったので藍大はマグトータスを倒したモルガナの意思を尊重した。


 ルナのペースに合わせていたこともあり、3階の探索をすると昼食が遅くなるので藍大達はダンジョンを脱出した。

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