第556話 止すのだ! 絶対に止すのだ!

 午後になって藍大はリルとゲン、ブラド、モルガナを連れて桂浜ダンジョンにやって来た。


 当初はモルガナを連れて来るつもりはなかったが、外出するならモルガナの引き籠りを予防するのに丁度良いとブラドが連れて来たのだ。


 ブラドは後輩が引き籠りのニートになるのは同族として許せないらしい。


「拙者、家でゴロゴロしたかったでござる」


『わかる』


 モルガナの怠惰な発言にゲンも藍大にしか聞こえない声で賛同した。


「甘ったれたことを言うのは許さんぞ。大体、怠惰なお主を見て優月が失望しても良いのか?」


「それは困るでござる! 優月に失望されるのは嫌でござる! ユノに鼻で笑われるのも嫌でござる!」


 モルガナは優月のことを好いており、好きな相手に失望された目線を向けられたくないと思っている。


 また、ユノは自分以外の雌のドラゴンを優月に近づけさせまいとしており、モルガナが近づくと警戒して優月の注意が自分に向くように仕向ける。


 ユノはまだ幼いけれど、雌であることには変わらない。


 現時点で自分より強いモルガナを優月が気に入ってしまえば、自分といる時間が減ってしまうのではないかと恐れている。


 それゆえ、直接モルガナを蹴落とすような真似はしなくとも優月への好き好きアピールが激しくなっているのだ。


 そんなユノがだらけているモルガナを見れば、ここぞとばかりに馬鹿にするに違いない。


 そう考えているからこそ、モルガナは優月とユノの前ではだらけた姿を見せていない。


 どうしてもだらけたくなった時は貝殻の中に引っ込んで瞑想するふりをしている。


 ぶっちゃけてしまえば貝殻の中で寝ているだけだが、鼾が聞こえないので寝ているのか本当に瞑想しているのかパッと見てわからないのだ。


 それはさておき、ブラドに活を入れられてモルガナがやる気になったから藍大達は桂浜ダンジョンの探索を始めた。


 桂浜ダンジョンはフィールド型ダンジョンで1階の内装は浜辺だ。


 砂浜の上で藍大達の探索を邪魔しようと現れたのは客船ダンジョンでも出現するウェブカマーだった。


『ご主人、大味な蟹だね』


「そうだな。四国でも出るらしいな」


 ウェブカマーは海に関するダンジョンなら地方を問わず出現する。


 リルにとってウェブカマーは大味だったことしか覚えていない雑魚モブモンスターだ。


 藍大にとっても取るに足らない相手という認識である。


「ふむ。しばらくはモルガナに戦わせるのだ」


「任せるでござる。拙者、雑魚モブ相手に無双してみたかったでござる」


 (これってゼルの影響だよな)


 藍大がそう考えるのはモルガナがゼルから情報を仕入れている場面にちょくちょく出くわしているからだ。


 ゼルの偏った情報に影響されて変なことをしないか注意しようと藍大が思うのも当然だ。


 モルガナは<剛力滑走メガトングライド>で視界に映るウェブカマーを全て蹴散らした。


「無双って楽しいでござるな♪」


 弱い者いじめのように思えて仕方ないが、Lv30のウェブカマーの群れを倒してモルガナはご機嫌である。


 ウェブカマーを倒しながら先へと進んで行くと、”掃除屋”としてバレルクラブが現れた。


 客船ダンジョンではフロアボスだったけれど、桂浜ダンジョンでは”掃除屋”のようだ。


「茹で蟹にしてやるでござる!」


 モルガナはバレルクラブに<蒸気吐息スチームブレス>を放ち、あっという間に倒してしまった。


「殿、茹で蟹一丁でござる!」


「大儀であった」


 モルガナは藍大に頭を撫でられて体に電気が走るような感覚を覚えた。


 藍大の洗練された撫でスキルに衝撃を受けたらしい。


「拙者、殿に撫でてもらえるならもっと頑張るでござる」


『モルガナがご主人に撫でてもらってやる気出してる』


「仕方あるまい。主君は撫でるのが上手いのだ」


 モルガナが尻尾を揺らして喜びを表現しているのを見て、リルもブラドもモルガナは藍大の虜になったと確信した。


 それからボス部屋までの道のりも順調であり、フロアボスのウェーブライダーもモルガナがサクッと倒した。


 ウェーブライダーはウェブカマーの色違いの見た目でそれ以外に特に目立つものはなかった。


 ウェーブライダーを倒して地下1階に進むと、1階と変わらない浜辺が続いた。


 地下1階の雑魚モブモンスターはチェイスボニートという鰹にそっくりなモンスターだ。


『ご主人、お魚だよ!』


「チェイスボニートLv40だ。土佐鰹でも意識してるのか?」


『美味しい?』


「美味いぞ。刺身も良いしたたきでも良い。カルパッチョ、生姜煮なんかもありだな」


『僕がやる!』


 リルは藍大が告げた料理にゴクリと喉を鳴らし、<天墜碧風ダウンバースト>で海面から姿を見せていたチェイスボニートの群れを一気に冷凍保存する。


「すごい威力でござる。殿達に早々に降伏して本当に良かったでござる」


 モルガナはリルのアビリティの威力を目の当たりにして過去の自分によくやったと褒めた。


 リルの攻撃を受ければタフなアビリティ構成のモルガナでも大ダメージは避けられない。


 改めて藍大の従魔になるべく早々に降伏したことは英断だったと思ったのだ。


 チェイスボニートを回収した藍大は期待する目で待機してるリルの頭を撫でる。


「リル、お疲れ様。お昼は鰹料理にしような」


「クゥ~ン♪」


 撫でてもらった嬉しさと昼食への期待でリルはご機嫌になった。


 チェイスボニートが現れては倒しを繰り返して行く内に、藍大達の前にワンサイズ大きなチェイスボニートが現れた。


「リターンボニートLv45。HPが残り2割を切ると自分の縄張りに逃げる習性がある」


『一撃で倒せば問題ないよね?』


「その通り」


「わかった!」


 リルは<雷神審判ジャッジオブトール>を海面に放った。


 その攻撃が海水を伝って海中に潜むモンスター全てに届き、リターンボニートどころかフロアボスのジャイアントボニートまで倒してしまった。


『僕にかかれば一網打尽だよ』


「よしよし、愛い奴め」


 ドヤ顔のリルが可愛いので藍大はその頭をわしゃわしゃと撫でた。


「ブラド先輩、拙者はどんなに強くなってもリル先輩には勝てる気がしないでござる」


「そうであろうな。吾輩も主君の従魔になってから上には上がいると考えるようになったのだ」


 モルガナは自分が強くなった時の姿を想像したが、リルに勝てるビジョンが見えなかった。


 自分よりも強いブラドならばリルに勝てるのだろうかと気になって話しかけたところ、ブラドもリルには敵わないと考えているようだった。


 実際、ブラドが戦力的に勝てないと思っているのは舞とサクラ、リル、ゲンである。


 舞とサクラ、リルは自分が倒されてしまうという意味で勝てないが、ゲンの場合は自分の攻撃がゲンに届かないから勝てないのだ。


 テイムされるまではいつかシャングリラダンジョンで全員倒してやると思っていたけれど、今のブラドはシャングリラダンジョンでも驚かすのがやっとだと考えている。


 もっとも、藍大を怒らせればブラドはご飯お預けという恐ろしい罰を受けるかもしれないから、自分が一番になるために手段を選ばずに強くなる選択肢を捨てているのだが。


 リルは満足するまで藍大に撫でてもらった後、砂浜に異動させたジャイアントボニードの前に移動した。


『ご主人、ジャイアントボニードの中に宝箱があると思う。解体しようよ』


「わかった。ブラド、頼めるか?」


「任せるのだ」


 ブラドが<解体デモリッション>を使えば一瞬にしてジャイアントボニードの解体が終わる。


 可食部を丁寧に保存してから、藍大は骨や魔石の隣に置いてある宝箱を手に取った。


「海系のダンジョンって大抵宝箱が海中にあるよな」


「宝箱は設置しておるが冒険者に奪わせるつもりはないのだろう」


『ブラドがどこに隠しても僕は見つけちゃうけどね』


「ぐぬぬ・・・。いつか必ず隠し通してみせるのだ」


『楽しみにしてるね』


 ブラドとリルのやり取りを見てモルガナが興味を抱いた。


「拙者もいつかリル先輩から宝箱を隠し通してみせるでござる」


「止すのだ! 絶対に止すのだ!」


『僕と勝負したいの?』


「よくよく考えたら、リル先輩から配置した宝箱を守り切ったらブラド先輩よりもすごいでござるよな? それなら拙者も頑張ってみるでござる」


『僕は誰の挑戦も受けて立つよ』


「はぁ・・・。もう知らんのだ」


 ブラドは実体験からモルガナの勝率は0%だろうと思って溜息をついた。


 (ブラドも後輩の育成に苦労しそうだ)


 肩を落とすブラドに藍大は同情してポンポンとその肩を叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る